2024.07.01
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キーワードはウェルビーイングと探究学習 ―「PISA2022」が示す日本の教育改革の現状と課題 New Education Expo 2024 リポート vol.4

未来の教育を考えるNew Education Expo2024東京。vol.4では、基調講演の1つ、日本の教育改革の今とこれからを考えるセミナーの模様をリポートする。OECD教育スキル局Education2030ビューロー*メンバーでもある鈴木寛氏が、国際的な学習到達度調査「PISA2022」の結果から見えてきた成果や課題について語った。

*事務局

我が国の教育改革の現状と課題~PISA2022調査結果等を踏まえ~

東京大学 教授/慶應義塾大学 SFC 特任教授 鈴木 寛氏

「PISA2022」の結果は教員の努力の証

東京大学 教授/慶應義塾大学 SFC 特任教授 鈴木 寛氏

2023年12月、経済協力開発機構(OECD)による学習到達度調査「PISA(Programme for International Student Assessment)2022」の結果が公表された。

PISA は、義務教育修了段階の15歳の子どもを対象に、身につけた知識・技能を実生活でどの程度活用できるかを測定する調査。「数学的リテラシー」「読解力」「科学的リテラシー」の3分野調査(そのうち1分野は中心分野として重点的に調査)と、子どもや学校への質問調査を、2000年から3年ごとに実施している。PISA2022の中心分野は数学的リテラシーで、新型コロナウイルス感染症の影響により2021年に予定されていた調査を1年延期し、81カ国・地域から69万人が参加して行われた。

日本の結果はOECD加盟37カ国中、数学的リテラシー1位(前回1位)、読解力2位(前回11位)、科学的リテラシー1位(前回2位)と、いずれも世界トップレベル。コロナ禍における休校などの影響により、前回調査からOECD加盟国の平均得点は低下したにもかかわらず、日本は3分野すべてにおいて平均得点が上昇した。分野別にみると、習熟度レベル4以上の高得点層の子どもの割合は、数学的リテラシー48%、科学的リテラシー47%。前回、平均得点・順位を落とした読解力も、レベル1の低得点層の子どもの割合が有意に減少したことで改善した。

鈴木寛氏は、この結果を「教員をはじめとする教育現場の努力の証」であると高く評価し、一方で課題も口にした。日本ではデジタル人材の不足が叫ばれて久しい。これからのAI時代に求められる数学的リテラシーの育成は、15歳まではうまくいっていることがわかったものの、問題はこれをどう先につなげていくかだ。

「ある教育委員会の集めたデータから、日本では数学の問題を解く早さを重視しすぎる傾向があることが見えてきました。早く解けなくても正解を導き出せる子どもはたくさんいます。そういう子どもたちを急かし、不要な苦手意識を抱かせてはいないでしょうか。高校での文理選択そのものにも問題がありますが、そこで理系に進んで伸びる可能性のある子どもに『数学が苦手』という思い込みから文系を選択させてしまうのは、非常にもったいない」と鈴木氏は力を込めた。

最大の課題は「ウェルビーイング」

学力のみならず、日本は教育の社会経済的公正性や、ICTリソースの利用のしやすさでもOECD平均を上回っている。学校への所属感は大きく改善し、成長意欲なども良好で、日本は学力、公平性、ウェルビーイング(Well-being)の3側面において「レジリエントな(回復力がある)」国・地域と評価された。

ウェルビーイングとは、経済的な豊かさのみならず、精神的な豊かさや健康までを含めて幸福や生きがいを捉える考え方。2030 年に向けた学習の枠組み「OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」では、個人と社会のウェルビーイング向上を教育の目的としている。

しかしながら、このウェルビーイングについては課題もある。日本は「家族からのサポート」を受けられていると感じている子どもの割合が参加国中最低であるという、ショッキングな結果が示されたのだ。

「子どものウェルビーイングにとって大事なのは、学校生活よりもまず保護者との関係。例えば、家族そろって夕食をとることは子どもの心理的安全性の確保につながりますが、子どもが塾通いで忙しい面もあるとはいえ、保護者の仕事の都合で実現が難しいという家庭は多いのではないでしょうか。これは社会全体で解決していかなければいけない問題です」と鈴木氏。併せて、日本は「学校が再び休校になった場合、自律学習を行う自信がない」と回答した子どもが非常に多く、自己有用感、人生の意義・目的、人生に対する満足感について肯定的な回答をした子どもの割合も最低レベルにあるとして、警鐘を鳴らした。

さらに、鈴木氏は「全国学力・学習状況調査」児童生徒質問紙調査におけるウェルビーイング関係指標にも触れ、「学校に行くのは楽しい」と感じている子どもは8割、「友人関係に満足している」子どもは9割におよぶ一方、不登校の子どもの数は増え続けており、「二極化が進んでいる」と危惧した。

ウェルビーイングは日本の教育界でも注目されており、2023年6月に策定された第4期教育振興基本計画の柱の1つとして、日本社会に根ざしたウェルビーイングの向上が盛り込まれている。鈴木氏は、その実現に向けた教育活動の例として、公正で個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実、探究学習・STEAM教育の推進などを挙げ、「子どもたちのウェルビーイングを高めるためには、 教員、学校、家庭、地域社会というコミュニティ全体がウェルビーイングのフレーミング(枠組み)になることが重要です」と呼びかけた。

また、鈴木氏は2023年に行われた「教員の職業生活に関する定量調査」の結果から、「一般の正社員平均に比べて教員の『はたらく幸せ実感』は高く、『はたらく不幸せ実感』は低い」「中学校教員の約40%が部活動業務を負担に感じている一方で、好んで引き受けている教員も約40%(高校では約50%)いる」といった興味深いデータを提示。「教員のウェルビーイングは過重労働の改善だけで向上するものではなく、自己成長や他者貢献など、教員としてのやりがいを実感できる機会の確保も必要です。しかし、部活動については判断が難しい。地域移行を進めるとともに、さまざまな対応策を考えていかなくてはならないでしょう」と問題提起した。

「内発的動機づけによる探究」が学び続ける力を育む

鈴木氏は高校教育についても言及。高校2年生を10年間にわたって追跡した「学校と社会をつなぐ調査」(心理学者の溝上慎一氏と河合塾による共同実施)の結果を示し、「高校2年生から大学1年生にかけて、キャリア意識、他者理解、計画実行力、コミュニケーション、リーダーシップ、社会文化探究心といった資質・能力が成長した者は、わずか23~24%。こうした資質・能力は、高校2年生までに授業外学習を通して養っておかなくてはいけません」と述べた。

また、先進諸国の多くが大学進学率を上昇させる中、日本の大学進学率が鈍化していることを指摘。年度あたりの理学・工学部、学士号取得者の数が、人口比で見ると諸外国に比べて明らかに少ないことも問題視した。

「日本がDX化で世界に遅れをとった主な要因は、この理工系人材の不足にあると考えます。理系の教育には文系の4倍ほど費用がかかるため、台湾はこの25年間に政府主導で40もの科学技術大学を設立、韓国は教育税を導入して理系人材の育成に投資してきました。残念ながら、日本にはそれができなかったということです」と鈴木氏。

地方では女子の大学進学率が男子を大きく下回っていることにも触れ、「この問題を改善しない限り、真の男女共同参画社会は実現しません。経済的な負担の少ないオンライン学習を活用するなどして、能力ある学生たちに高等教育の機会を確保することが重要です」と訴えた。

こうした状況を踏まえ、大学入試改革においては、国立大学の入試で総合型選抜の入学定員を3割まで引き上げ、探究活動や課外活動も評価の対象とする取り組みが進められている。

「この先、マークシートで測れるような知識・技能は生成AIにとって代わられるでしょう。日本の教育は答える力ばかりを育んできましたが、これからの時代に求められるのは『生成AIを使いこなす力=問う力』。その力を養うものとして探究学習が重要視されています」と鈴木氏。とはいえ、「強いられた探究には意味はない」という。

「外発的動機づけがなくなった瞬間に人は学べなくなります。日本の大人は先進諸国の中で最も学習時間が少ないといわれますが、それがよい例です。学び続ける力は、外発的動機づけによる勉強ではなく、内発的動機づけによる探究の継続で身につくもの。入試で脅かして子どもたちを学ばせる時代は終わりました。探究学習と、それを支える知識・技能学習を行ったり来たりしながら、夢中になれるものを見つけ、心のエンジンを駆動させる。 このループを作っていきましょう」

記者の目

PISA2022が浮き彫りにした子どもたちのウェルビーイングに関する課題は深刻だ。学力調査の結果と、それを支えた先生方の頑張りは素晴らしいものだが、子どもたちのウェルビーイング向上のためにも、現場に即した働き方改革によって教員のウェルビーイングを高めていくことが必要だろう。それとともに、すべての大人が社会全体のウェルビーイングを高める方法を考え、実践していかなければならないと強く感じた。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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