2021.07.05
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認知科学の視点から考える深い学び New Education Expo 2021 リポート vol.8

6月3日~5日の3日間、東京・有明の東京ファッションタウンビルで開催された「New Education Expo 2021 東京」。6月5日にはセミナー「認知科学の視点から考える深い学び」が実施され、「学びを科学する〜ABLEの活動〜」について、慶應義塾大学 環境情報学部教授 今井むつみ氏と慶應義塾大学 S F C研究所 上席所員 山﨑智仁氏より紹介された。

認知科学の視点から考える深い学び~研究と実践の橋渡し~

慶應義塾大学 環境情報学部教授 今井 むつみ氏

慶應義塾大学 SFC研究所上席所員 山﨑 智仁氏

学びの理屈が理解できれば、教育の質も上がる

学びの究極の目標とは“自分の知識の状態を把握し、学び方を学ぶこと”

言葉の習得は、問題解決であり、思考力の養成そのもの

今井 むつみ 氏(慶應義塾大学 環境情報学部教授)

認知科学、特に教育心理学と発達心理学を専門とする今井氏。認知学会「Cognitive Science Society」に所属。言葉や学びについての書籍も数多く出版する。

「よい学びを実践し、よい教育を提供する」には学びの仕組みを理解することが大切であると強調する今井氏。「人はどのように記憶するのか」「知識は頭の中でどのように存在するのか」という理屈を知ることで、学習で躓く子どもへのサポートが効果的に行えるという。

「子どもの言葉の発達には、大人の支援が深く関わってくるのは周知の事実。一方で、2歳児と5歳児では言葉に対する知識が違えば、情報処理能力も異なるため、同じアプローチでは意味がありません。下手をすれば逆効果になってしまうことも」(今井氏)

教える側がどんなにわかりやすく伝えても、その内容が子どもの脳に移植されることはない。概念を言葉で教えることができても、その言葉をいつ、どのように使うかを理解することはできないのだ。例えば「うさぎ」を見て、子どもは小さいふわふわしたものが「うさぎ」であると知れるが、それだけで「うさぎ」という言葉を使えるとは限らない。どのような色や形の範囲までの動物がうさぎなのか、どこで境界が引かれるのかを知らなければ、「うさぎ」という言葉を使うことはできないのだ。さらに知った言葉を使う新たな場も必要となる。

「言葉を“どう使えるか”“いつ使えるか”判断するには、その言葉を取り巻く、他の言葉と区別する力が不可欠。つまり単語をやみくもに暗記しても、 語彙のシステムを作ることはできません」(今井氏)

子どもが自然に言葉を覚えることができるのは、自分自身で言葉の意味を考えているからこそ。言葉の意味を推論し、その背後にある言葉の仕組みを自分で発見していく。自分で発見した「言葉の仕組み」を知識として使い、すでに知っている言葉の知識も使う。さらに新しい言葉に出会いながら、自分でどんどん語彙を増やしているのだ。

「語彙が豊かになる程、仕組みもわかってきます。その言葉に関連する言葉も知るようになり、その対比で新しい言葉の意味を考えることができるのです。その流れで語彙はシステムとして成長していきます。一方で、推論して覚えた言葉は100%正しいわけではなく、勘違いの場合もあります。しかし勘違いも自分でチェックしながら直していく。自分の思っている意味が文脈に合わなければ、言葉の意味を修正していきます。新しい言葉を覚えることで、語彙全体をアップデートしているのです」(今井氏)

つまり言葉の習得は、推論を組み合わせて問題解決することであり、思考力の養成といえる。一方で、言葉が多いだけでは読解力が上がることはなく、推論の力にもつながらない。推論力や読解力を育てるには「情報処理能力」「実行力」の2つが重要となってくる。言葉の意味を深く考えれば考えるほど、知識も身に付き、情報処理能力と実行力は向上する。さらにそれらが磨かれると、新しい言葉をさらに覚えることができるという。

「学びの究極の目標とは“自分の知識の状態を把握し、学び方を学ぶこと”。それができれば、自分自身でいくらでも学べます。一方で、学習者が自ら自立してどこまでも深く学べるように、学習者を支援し“学び方の学びの発見”を助けることが、教育者の究極の目的と考えられます。その時の大きなポイントとなってくるのが『診断』『助言』『足場架け』です」(今井氏)

認知科学と教育実践をつなぐABLE

ABLE全体のネットワーク図

今井氏の研究室が主催する「ABLE」(Agents for Bridging Learning research and Educational practice)では、認知科学で得られた成果を教育実践につなげるための架け橋として、2012年より活動に取り組んでいる。国内外のさまざまな領域の研究者や教育実践者等を招き、これまで18回のトークイベントを開催。様々な分野の研究成果や知見が発表されてきた。

「ABLEは教育にイノベーションを起こすことを目的とした、志ある人々をつなぐ国際コミュニティです。学習や教育に関わる様々な問題を多角的・多層的な視点で根本から問い直します。“考える価値がある”という気づきや道筋を発信し、皆さんと一緒に考えることが何よりも大事であり、それこそがABLEのミッション。認知科学の知見は俯瞰することこそ有益であり、ABLEでも多種多様なテーマを扱ってきました」と今井氏は語る。

人の認知や思考、学びを一望できるネットワーク図

多彩なキーワードから活動を振り返る

山﨑 智仁 氏(慶應義塾大学SFC研究所上席所員/一般社団法人FutureEdu理事)

後半では、慶應義塾大学SFC研究所上席所員の山﨑智仁氏が登場。同氏はABLE事務局として活動する傍ら、一般社団法人FutureEduの理事も務める。

山﨑氏からは「ABLE eBook アプリケーション」を通したABLEの活動を紹介。ABLEでは認知科学に関する様々なキーワードをもとにイベントを実施しており、これまで取り扱ったキーワードを共起ネットワーク分析(大量の文章データから意味を抽出する分析の手法)し、人の認知や思考、学びを一望できるネットワーク図を作った。アプリケーションでは数多くのキーワードの中から2つを選び、それにまつわる過去イベント動画を視聴することができる。パソコン専用アプリやブラウザーからアクセス可能だ。顕著に出現する下記のキーワードをもとに、動画と共に紹介された。

本日一緒に考える3つの問い

1.私たちはどのように思考し行動すればよいのか?

  • 批判的思考(Critical Thinking)
    知ったことを鵜呑みにするのではなく、疑問を投げかけその正しさを、自ら評価・検討すること。科学における活動においては最も重要な思考方法の一つで、自分が立てた仮説が正しいかどうかを検証するために必要なプロセス。
  • 自己説明(Self Explanation)
    知ったことを自分で言語化し、説明する活動。どの程度理解しているのかを自ら説明することで、教師も生徒自身も理解度合いを知ることができる。

2.私たちがもつ知識とは、どのようなものか?

  • 既有知識(Prior Knowledge)
    人がある時点で、すでに持っている知識のこと。認知心理学ではスキーマと呼ばれている。子どもたちはもともと多くの知識を持っているため、注意しながら学びをデザインする必要がある。
  • 誤概念と知識(Misconception & Knowledge)
    既有知識のうち、科学的に誤りである概念のこと。素朴概念とも呼ばれる。誤概念は思考にこびりつきやすいため、外から教えられるだけではなかなか取り除くことができない。

3.私たちはどのようにすれば学びを更新できるのか?

  • 状況と相互作用(Situation & Interaction)
    学びにおいて、やり取りが生まれる状況をつくること。教師から生徒への一方通行に伝達する学びではなく、先生と生徒、そして生徒同士でのやり取りが生まれる状況を学校においてつくること。
  • Guided Play(ガイドされた遊び)
    プレイフルラーニングの中核をなす大人がはじめ子どもが主導する遊び。6Cs (Collaboration, Communication, Content, Critical Thinking, Creative Innovation, Confidence)を実践するプレイフルラーニングの中で行われる大人と子どもの関わり方。
記者の目

今井氏から語られた、認知科学の研究は子どもを軸としたものであったが、これらは子どものみならず、大人にも適用できるという。大人から新たな外国語の勉強を始めるのはそう簡単なことではないが、本日聞いた認知科学の仕組みを上手に活用すれば、効率的に学べる可能性があると感じた。年齢に関係なく、学びの仕組みを理解するのは人生を豊かにするヒントかもしれない。

取材・文:学びの場.com編集部/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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