2025.05.05
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哲学対話(p4c)で育む考える力(前編) 仙台市立国見小学校「特別の教科 道徳」授業リポート

小学校で2018年度から「道徳の時間」が「特別の教科 道徳」となって7年。教科化にあたって主眼とされていたのが、「考え、議論する道徳」への転換である。

そのような中、仙台市立国見小学校の齋藤祐佳教諭は、子どもの哲学対話(Philosophy for Children、通称p4c)を授業に取り入れ、子どもたちの思考力と対話力を育んでいる。教職2年目ながら、大学院時代から研究してきたp4cの知見を生かし、子どもたちが「考え、議論する」授業づくりに挑む姿をリポートする。

【授業概要】

学年・教科:小学校4年生・特別の教科 道徳
題材: 「花丸手帳とともに―池江璃花子選手のちょうせん」(東京書籍「新編 新しいどうとく4」)
ねらい:自分で決めた目標の実現を目指して、強い心を持ち、粘り強くやり抜こうとする心情を育てる。(価値項目:努力と強い意志)
使用教具:大型ディスプレイ、教科書、道徳ポートフォリオ・ノート(新学社)、コミュニティボール
授業者:齋藤 祐佳 教諭

児童が「問い」を立て、選ぶ

取材したのは2025年3月。競泳選手の池江璃花子さんが白血病を乗り越え、オリンピック再出場を果たした実話をもとにした説話を題材に対話を行う。

従来の道徳授業では、教師が設定した発問に児童が答えるという形式が一般的である。一方、齋藤教諭は、児童たちが自ら考えたい「問い」を立て、選ぶところから始め、黒板に次の5つの問いを提示した。

  • 池江選手は、どうしてあきらめなかったの?
  • 努力するってどういうこと?
  • 苦しいときこそ切りかえられる心ってどんなこと?
  • なぜ、努力をするのかな?
  • 池江選手はどうやってたくさん努力したのだろうか?

なお、児童たちは授業外のスキルタイムにあらかじめ説話を読んで、感想も書いている。児童の手が多く挙がったのは「池江選手は、どうしてあきらめなかったの?」「努力するってどういうこと?」の2つの問いだった。児童が自分自身の関心に基づいて問いを選ぶことで、学びへの当事者意識を高めることができただろう。

対話前に互いを尊重する安心感を醸成

ここからすぐに「対話」に入るわけではない。「アイスブレイク」として、輪になって名前を呼びながら全員にコミュニティボールを回す活動が行われた。コミュニティボールはp4cで重要な役割を持つ道具で、カラフルな毛糸でできており、柔らかい手触りで児童に安心感を与える。お互いの名前を呼び合いながらボールを回すことで、クラスの一体感を醸成し、これから行われる対話の場を安心・安全なものにしていく意図が込められている。

また、齋藤教諭はA3サイズのカードに書かれた4つの対話のルールを確認した。

  • コミュニティボールを持っている人だけが話せる。
  • まだ話していない人にボールを回す。
  • 話せない時はパスができる。
  • 相手を傷つけるようなことは言わない。

これらのルールは、哲学対話において最も重要な「互いを尊重する」精神を具現化したものである。特に「パスができる」というルールは、発言を強制されることへの不安を取り除き、自分のペースで参加できる安心感を保障している。

アイスブレイクを終え、いよいよ哲学対話のスタートである。齋藤教諭の「池江選手はどうしてあきらめなかったの?」という問いかけを起点に、コミュニティボールを受け取った児童が順番に意見を述べていく。

「水泳が好きだからだと思います。」
「諦めたくない大きな夢があったからだと思います。」
「今まで努力してきたことの意味がなくなってしまうからだと思います。」

コミュニティボールを回すことで、「今、話すのは誰か」が明確になる。「僕もー」「それってー」といった、発言に反応する児童が遮ってしまう場面は見られない。発言している児童の安心感とともに、授業の進行を円滑にする効果もありそうだ。

対話の質を高める「WRAITEC」の問い

5人ほどが発言した後、齋藤教諭はさらに問いを投げかけた。

「もし積み上げてきたものがなかったら、池江選手はどうしていたのかな?」

次にボールを受け取った児童は少し考えて、
「好きなことだったら、続けられると思います」と意見を述べた。

児童の主体性を重視するのがp4cとは言え、児童だけに任せると、意見は直前の発言に影響されるなどして、似通ったものばかりになりがちである。ここで、ファシリテーターとしての教師による問いかけが重要となる。

対話を深めるための7つの視点「WRAITEC(ライテック)」はディスプレイにも表示されている。

WRAITEC

  • What(意味:どういう意味かな?)
  • Reason(疑問:なぜそう思うの?)
  • Assunption(前提:それって当たり前かな?)
  • Inference/If then(仮定:もし~なら~ということになる?)
  • True(真実 事実性:本当にそうかな?)
  • Example/Evidence(事例 証拠:例えば?証拠は?)
  • Counter-Example(反例:でも、こういうこともあるのでは?)

先ほどの齋藤教諭の問いは、WRAITECにおける「I(仮定)」にあたるだろう。WRAITECの問いかけを組み合わせながら、様々な角度からの考察や気付きを促し、対話の質を高めていく。

コンフリクトが発生、でもボールは児童の手に

齋藤教諭はさらに、「I(仮定)」の問いを重ねた。

「好きじゃなかったら、諦められたということかな?」

ある児童がボールを受け取り、自身の経験をもとに話し始めた。
「自分もスポーツをやっていて、嫌になることがあっても続けられたので、池江選手もあきらめないでいられたと思います。」

ここでコンフリクトが起きた。次にボールを持った児童が、「自分の話をするのはルール違反だと思います」と強い口調で言ったのだ。もう一人も同調すると、糾弾された児童はすかさず反論。コミュニティボールも乱暴に行き交うようになった。

ついさっきまで穏やかだった教室に緊張が走り、他の児童らも困ったような、あるいは心配そうな表情を浮かべる。それでも齋藤教諭は、あえて仲裁に入ることはせず、一人ひとりの様子を観察しながら展開を見守っていた。

ほどなくして、別の児童がボールを受け取ると「ケンカになっているので、話を戻したほうがいいと思います。」と諭した。齋藤教諭は小さくうなずいてボールを受け取り、次の問いを投げかけた。当事者たちは釈然としない様子だったが、言い争いは無事に収束した。

「結論」を出さなくても児童に充実感

「努力って、そもそもどういうことかな?」

落ち着きを取り戻した教室で、児童たちは齋藤教諭の問いかけに、真剣な表情で意見を述べていく。

齋藤教諭も、対話の展開や児童の様子に注意を傾けながら、
「もし、目標がなかったら努力じゃないのかな?」
「途中で諦めてしまう人も多いと思うけど、どうかな?」
「池江選手は最初からすごい人だったから、努力できたのかな?」
「普通の人でも、池江選手のようになれるのかな?」
と、一つ一つ問いを重ねていった。

児童の意見も少しずつ、池江選手を称賛する内容から、努力を続けるためのアイデアや工夫など、「自分ごと」に引き寄せたものが増えていく。哲学対話は、一つの正解を出すことを目的としない。異なる角度の問いに児童たちは懸命に向き合い、一人ひとり少しずつ違う意見に触れて、考えを深めていく。

やがて、授業は終盤に差し掛かる。当日の対話は「どうやったら続けられるのかな?」という問いかけへの意見が一通り交わされたところで終了した。

結論を出して終わる授業のあり方に慣れきっていると、唐突なように感じるかもしれない。だが、児童たちの様子を見る限り、違和感を覚えているようには見えない。

最後に、「友達の話をよく聞きましたか」「考えを深めることができましたか」「安⼼して話すことができましたか」について、3 段階の腕の挙げ方で振り返った。

途中のコンフリクトや取材の影響か、今回は「安心して話すことができましたか」に対して腕を高く挙げない児童も散見された。それでも、齋藤教諭にせがんで冒頭のアイスブレイクをもう一度楽しむ児童たちの表情は、誰もが晴れやかに見えた。

机をもとの配置に戻し、ノートに振り返りを記入する。齋藤教諭はコメントしながら、シールを貼っていく。

後編では、教職大学院で教育心理学を専攻した齋藤教諭に、p4cの魅力や、若手教員として描く展望などをインタビューする。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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