「キャリア教育」とは何か。 学校教育の日常で、何ができるか。 New Education Expo 2024 リポート vol.3
国内最大規模のセミナーと展示による充実の教育関係者向けイベントNew Education Expo 2024。6/6~8の3日間(東京会場)で8,000人、6/14~15の2日間(大阪会場)で5,000人を超える教育関係者が来場した。vol.3では基調講演の1つをリポートする。
現在の学習指導要領では、「キャリア教育」の実施が求められている。なぜ、キャリア教育が必要なのか。学校現場では、何をすればいいのか。そもそもキャリア教育とは何なのか。心理学者であり、桐蔭横浜大学教授及び桐蔭学園の理事長も務める溝上慎一氏が、満員の観衆に語りかけた。
活動から立ち上がるキャリア教育を目指して ~ウェルビーイングの視座から~
学校法人桐蔭学園 理事長/桐蔭横浜大学 教授 溝上 慎一氏
そもそも「キャリア」とは何か。
なぜキャリア教育が必要なのか。
「日本では『キャリア』という言葉は、『職業』のことだととらえられがちですが、違います。社会と関わりながら人生をどう生きるかが、キャリアです。職業すなわち『ワークキャリア』は、キャリアの一つに過ぎません」と、溝上氏。
特に現在は、「ワークキャリア」よりも「ライフキャリア」が問われる時代だと言う。
「1950年の男性の平均寿命は58歳で、多くの会社は50歳で定年でした。60歳が寿命の時代なら、定年後の第二の人生を考えなくてもよかったのです。しかし今の男性平均寿命は80歳を超えています。だから仕事だけでなく、社会とどう関わりながら人生を充実させていくかという、ライフキャリアが重要になってきているのです」
ワークライフバランスが重視され、働き方改革が進められているのも、その一例だ。しかし、こうしたライフキャリアの視点で就職や進路指導をしている学校はまだまだ少ないと、溝上氏は指摘する。
ここで溝上氏は、次のようなテストを観衆に示した。
「あなたは、自分の将来についての見通しを持っていますか? 持っているなら、今自分が何をすべきかわかっていますか? そのために日々実行していますか?」
溝上氏は、大学生を対象にこのテストを行って来たが、とても興味深い結果が出ているという。
「見通しを持っている」と答える学生は7割を超える。が、「そのために日々頑張っている」学生は約26%に止まる。そして、「見通しを持った上で、日々実行している」学生は、学習意欲が高く、課題解決能力やコミュニケーションスキルなど、様々な能力全般が、他の学生に比べて高い傾向にあるというのだ。
「将来のことを思い浮かべるだけではなく、そのために学習や部活動など、毎日を頑張っている。当然ですが、これが最強です。
一方で多くの学生が、将来のことは考えられても日々の努力につなげられていなかったり、見通しさえ持てていないのが現状です。こうした子供たちをどう導いていくかが、学校教育に求められています」
目の前の活動から、未来が立ち上がっていく。
そんな実践を学校で行おう。
ではどのようにして、「将来を思い描きながら、日々の努力につなげられる」ようにすればいいのか。ここで溝上氏は「マシュマロテスト」を紹介した。
これは、子供にマシュマロを2つ与え、「食べるのを10分我慢できたら、マシュマロをもう2個あげるよ」と指示して、子供を一人きりにするテストだ。すると子供たちは多様な姿を見せる。マシュマロを凝視してじっと我慢する子、匂いを嗅ぎながら思い悩む子。この実験動画はYouTubeにあるので、ぜひ見てほしい。
「将来を見通すと聞くと、何年後、何十年後の未来を思い浮かべがちですが、『10分後』も将来です。この子供たちは、10分後のために、今、何をすべきかを判断して、実行しているのです。
高校生や大学生に、『何年後、何十年後の未来を考えましょう。そのために今、何をすべきか考え、行動しましょう』と指南するのがキャリア教育ではスタンダードですが、急に言われても、そんな遠い未来のことは考えにくいし、行動しにくい。
だからこそ、マシュマロテストのような『日常の活動から未来が立ち上がる』活動を、強くお勧めします」
その例として、溝上氏は自身が桐蔭横浜大学で行っている「ノート作りの授業・セミナー」を挙げた。
学生たちに、何でもいいから毎日ノートに書きなさいと指示する。最初は3行ぐらいでもいい。桐蔭横浜大はクラブ活動が盛んなので、クラブについてでもいい。ただし、クラブのことだけではなく、他のことも書きましょうと、課題を与えるのだ。
「当初は語彙力や表現力を育てるのが目的だったのですが、毎日書いているうちに、学生たちに『ある変化』が生じて来ました。『今後はこうしたい。将来は、こうなりたい』と、将来の見通しを書くようになってきたのです。多くの学生が、そうなりました。
このように、目の前の日常から未来へつながるような活動を、学校現場で意図的に作り、取り組ませていきましょう」
その実践例として、溝上氏は「リフレクション」を挙げた。授業後の「振り返り」のことだが、もっと時間をかけてあげてほしいと、溝上氏は訴える。
「2、3分ではなく、10分ぐらいリフレクションの時間をあげてほしい。毎回でなくてもいいですから、たまにじっくり振り返る時間を取ってください。そして、『自分は今日の学びから、次に何をつなげるのか』を、しっかり書かせましょう。すべての教科で、行いましょう。すると子どもは『次に何をすべきか。自分はどうありたいのか』を考え、実行するようになっていきます」
このような、「未来を表象(頭の中で思い描く)して、日常につなげる力」は、「非認知能力」の一つである。OECDの定義でも、「目標達成のために我慢したり、セルフコントロールする力」が、非認知能力とされている。他にも、「他者との協働」や「感情処理」(自己肯定感や自信)が、非認知能力として定義されている。
こうした力を幼少期から育んできた子供は、高校生や大学生になった時に、学力テストの点数が高く、非行や犯罪に走らず、社会人になっても年収が高い傾向があることが明らかになっているという。OECDそして文部科学省が非認知能力の育成に力を入れているのには、こうした背景がある。
と、ここで、聴講者から質問が飛んだ。
「こうした能力は先天的なものなのか? それとも教育によって、後天的に育むことができるのか?」
鋭い質問に、溝上氏はこう答えた。
「教育によってすべての人がこういう力を持てるとは限りませんが、教育によって開花の可能性を高めることはできます。だから今の学習指導要領では、幼児教育の段階から、こうした非認知能力を育てていこうとしているのです」
主体的な学びとキャリア教育はつながっている。
学習指導要領で求められている「主体的な学び」も、実は「キャリア教育」と密接な関係があると、溝上氏は指摘する。事実、学習指導要領で主体的な学びは、こう説明されている。
――①学ぶことに興味や関心を持ち、③自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、②見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる学び――
この主体的な学びは、「3層構造で考えるとわかりやすい」と、溝上氏は図を提示した。
まず、土台となる第一層は、「課題依存型の主体的学習」。子供が興味関心を持つ課題を与えるために先生方は、教材研究や授業デザインに心血を注いでいるだろう。上記①が該当する。
しかし、学年・学校種が上がるにつれて学習内容の難易度も上がると、目の前の課題がおもしろいだけでは学習意欲を持続するのが難しくなってくる。そこで、自分なりに目標を立てて、セルフコントロールしていく「自己調整型の主体的学習」が必要になる。たとえば医学生は、たとえ自分が興味や関心を持てない分野でも学ばねばならない。学習目標を立てたり、メタ認知を働かせたりして、自分を方向づけ自己調整していくことが求められる。これが第二層で、上記②がそれだ。
ここまでは多くの先生方がが意識し、実行しているでしょうが、さらにその上の第三層「人生型の主体的な学習」が必要だと、溝上氏は説く。自分はどういう大人になりたいか、どういう仕事をしたいか。そういう視点から、学習を方向づけていく。上記③に該当する箇所だ。
そして、今よく使われる言葉「ウェルビーイング」も、主体性を追求するものだと、溝上氏は語る。
「ウェルビーイングを『幸福』と訳すのは、誤りです。幸福という意味なら、ハピネスでいい。ウェルビーイングには、もっと広い意味が含まれています。
まず、より良い『ライフ』を追求すること。『ライフ』には、『人生』そして『生活』という意味を含みます。さらに強調しておきたいのは、『自分の良いライフ』だけを追求するのではなく、『良い社会』を自身のライフの1つとして追求することも含まれる点です。
次の学習指導要領では、この『ウェルビーイング』が入ってくるかもしれません。子供たちがより良い『ウェルビーイング』を作っていくために、学校がサポートしてほしいと思います」
記者の目
溝上氏の講演を聴いて、「一般入試組よりも、推薦組の方が、大学入学後に伸びる」とのデータを思い出した。後者の方が、具体的な将来像を持ち、日々頑張ってきたから、伸び続けるのだろう。受験生は「何のために、こんな苦しい思いしてまで勉強してるのか」と自問自答しがちで、意味を見いだせず挫折してしまう人もいる。思えば、これまでの学校教育は「何のために学ぶのか、生きるのか」をあまり教えてこなかったのかもしれない。これからはそうした教育が、学校にも、大人にも、求められるのだろう。
取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局
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