2021.06.23
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心を動かす言葉との出会いをつくるー自分の心の動きを相手に伝えるー(No.3)

前回の記事では、言葉に対する「感性」を磨くために自分の心の動きを客観的に捉えることの大切さについてお話しました。「次回は自分で捉えた心の動きを伝える方法について考えてみます」と書いた後、第一子出産という初めての体験をし、少しお休みを頂いていました。
今回は今までとは違う角度になるかもしれませんが、自分の心の動きを相手に伝えることについて、今回の体験を経て改めて私が考えたことについてお話したいと思います。

小平市立小平第五中学校 主幹教諭 熊井 直子

ひとりでは乗り越えられないことだからこそ

担任として生徒と向き合うとき、生徒にどんな力をつけさせたいかを考えて授業を作っているとき、学校行事を作りあげていくとき、これまで学校現場で働いている中の全ての場面において、私は「他とつながる」ということを意識してきました。ひとりで抱えることも頑張ればできるかもしれません。むしろ、他の教職員と共に何かを行うことの方が、時間がかかったり手間がかかったりしてしまうこともあるかもしれません。でも、その時間やひと手間を面倒なことではなく大切なこととして捉え、他の人と協力することによって自分ひとりではできなかったことができる、という実感があります。

今回の出産、そして子育てもひとりで乗り越えられることではありません。子どもが生まれてから約2ヶ月、家族に支えられながら一日一日を過ごしてきました。その中で感じたのは、出産をして思うように動かない体で子育てを行うということは大きな喜びを感じることでもあると同時に、精神的な辛さがすぐ隣にあるということです。女性の場合は産後のホルモンバランスの影響もありますが、感情が非常に大きく揺れ動くのです。

仕事においては自分のそうした感情的な部分よりも、組織として必要な事柄を伝えることができれば概ねうまく回っていきましたが、家庭ではそうはいきません。特に精神的な辛さを伝えないまま日々を過ごしていると、次第に負の感情が積み重なり、最終的には小さなことをきっかけにその感情が爆発してしまうこともあるでしょう。こうした感情的な部分をコントロールすることや、それを必要な相手に伝えることが大切であると改めて感じました。そして、こうした力こそ国語科として生徒に身に付けてほしい力であると考えました。

思いついたことをとりあえず書いてみる、という練習

こうした感情的な部分をコントロールするために私がこれまで生徒にもすすめてきたのは、「思いついたことをとりあえず書いてみる」ということです。「文章を書きましょう」と先生に言われると、生徒は「何かきちんとしたこと=プラスのこと」を書かなければと身構えてしまいます。例えば「運動会の作文を書きましょう」と言われたとき、「待ち時間は長いし、暑いし、熱中症になりそうで最悪だった。」と書いてくる生徒はなかなかいません。でも、ある出来事や事柄に対する自分の感情の動きはプラスのときもあればマイナスのときもあります。でも、先生や友達に読まれる文章を書くとき、マイナスのことを書いたらあまり良くないのではないか、と感じてしまうのです。

この「マイナスのことを書いたら良くない」というのは、自然な感情ではないかと思います。プラスのことを書くよりもマイナスのことを書くほうが、相手に対して不快な感情を抱かせる可能性が高いからです。相手が先生なら「こんなことを書くなんて!」と怒られるかもしれません。友達なら「せっかくみんなが楽しんでいたのに・・・」と嫌われてしまうかもしれません。怒られたくない、相手を嫌な気持ちにさせたくない、そんな気持ちから、本当の自分の感情ではなく、「先生が喜びそうなこと」「友達が良い気持ちになりそうなこと」を書くということが、習慣になっている生徒は多いと思います。

もちろん、この「自分の本当の感情を隠したり薄めたりして文章を書く」というのも、「書く技術」ではあります。でも、この技術だけが正解だと考えていると、言葉のもうひとつの力を使いこなすことはできなくなると思います。

言葉のもうひとつの力とは、自分の心を客観的に分析する力です。プラスの感情もマイナスの感情も他の人にどう評価されるかも関係なく、とにかく今考えていることを書くことによって、心の中にもやもやと存在している形のないものに形を与えることができます。字がきれいかどうかや、文法がおかしくないか等を考える必要もありません。とにかく思いつくまま書いてそれを後から読み直しながら自分の感情や考えを捉え直すのです。

例えば先程の運動会の作文の例で行くなら、「先生に運動会の作文を書くようにと言われたけど、何を書いていいのかよくわからん。運動会では何やったっけ。最初はたしか50m走だった気がする。50m走ってやる意味あるのかな……」といったような具合です。こうして書いていくと、運動会のどんな点に対してどんな風に感じたのかが見えてきます。

言葉をこのように使うことができると、自分が本当はどんなことを感じているのかに迫ることができ、感情をコントロールすることができると考えています。また、感情だけでなく自分の考えをまとめなければならないときにも役立つので、授業で生徒に「何を書いていいかわからないならその自分の状況を書くように」と伝えています。

自分のことが理解できれば相手ともコミュニケーションが取りやすくなる。

今回、出産や子育てといった日常的であると同時に感情的になりやすい状況を乗り越えるにあたって、なんだか悲しくなったり家族に対してイライラしてしまったりする時には、自分の感情の原因をよく考えて相手に伝えるようにしてきました。なかなか時間がとれなかったりもしますが、自分が何についてどのように感じているのかを家族と共有することで、気持ちが楽になり、協力もしやすくなりました。言葉を使って自分の感情と向き合うことの大切さを改めて知り、今後の授業にもつなげていきたいと思います。

熊井 直子(くまい なおこ)

小平市立小平第五中学校 主幹教諭
英語もできる国語の先生を目指しています。2016年度に1年間フィンランドの高校で国語の授業を研究していました。英語教育に力の入る今だからこそ母国語教育のあり方を今一度よく考える必要があるのではないかと考えています。

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