2019.02.07
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「これならできる!」詩の創作指導(4)

第23期の連載では、『「荒れ」と向き合う詩の授業』というテーマで、私的な実践報告をさせていただきました。今回からの第24期の連載では、連載中に読者の皆様からいただいた「うちの教室でも実践できる方法はないか」とのお声に応え、より一般化した詩の指導の方策について、ご提案していきたいと考えております。引き続き、よろしくお願いいたします。

20年余りの私の教員生活の中で、詩のもつ力を最大限に感じさせてくれたのは、Dくんとの出来事でした。今回は、DくんとDくんの保護者の方に記事掲載のご承諾をいただきましたので、ここにご紹介したいと思います。

大阪府公立小学校 主幹教諭・大阪府小学校国語科教育研究会 研究部長 杉尾 誠

Dくんのこと

 Dくんは3年間、不登校の状態でした。学級開きであった、4月のにぎやかな始業式の日も、彼の席だけはひっそりと暗く、影を帯びているようにも見えました。前担任からの引継ぎでは、不登校になった理由が全く分からないとのことでした。「いじめ」についての認知もできなかったし、友だち同士のトラブルがあったわけでもないし(むしろ、放課後には友だちと会って遊ぶこともできる)、また家庭的に課題があるわけでもなさそうだし、いろいろ手を尽くしましたが、もうお手上げです…と、嘆いておられました。
 
 何を隠そう、実は私も小学校時代に長らく不登校を経験しており、非常に辛い日々を過ごした思いことで、そのような子どもを一人でも多く救いたいと、教職を志した経緯があります。Dくんを担任するにあたり、自分のことも振り返りながら、どのようなアプローチをすればよいのか、悩みに悩みました。

 本校では、欠席した児童には、当日の学習内容と翌日の時間割や持ち物などを伝える「連絡カード」を、近所の子がその子の家まで届けてくれていました。Dくんのところにも、不登校の3年間、毎日近所の子が届けてくれていたようです。

 不登校経験者の私からすれば、このカードは、「元気になって、早く学校に来てね!」というポジティブなメッセージには到底受け留められず、「何をしてるんだ、早く学校に来いよ…」といった無言の圧力のように感じていました。

 そこで、私はFくんになるべく心理的負担をかけずに、かつ登校刺激の一つになればと、子どもたちと相談し、あるものを届けるようにしたのです。

これならできる!その4「欠席者に『詩』で連絡を」


 朝の8時過ぎから夕方の4時前まで、学校生活は約8時間。たくさんの人が集まり、長い時間を共に過ごすわけですから、当然さまざまな出来事が起こります。担任として、なるべく細やかにそれらを把握しようと努めますが、気づかないことも正直あります。

 そこで、日直の子に、昼休みから帰るまでの間に、今日一日あった出来事について、気づいたことや考えたことなどを、簡単に詩に書いてもらうことにしました。教員目線でなく、子ども目線で学級の様子をDくんに知らせ、再登校への関心を少しずつ高めてもらおうという狙いでした。そのうちの一つを、ご紹介します。

「カレーライス」

 国語で「カレーライス」の話を勉強した

 最初、カレーライスって、なんの話やねんと思った

 お父さんが、ゲームの線を勝手にぬいて、子どもがおこって

 けんかする話だった

 ぼくも、そんなことがあったと思い出した

 めっちゃ言い合いしてけんかしたこともあった

 お父さんも、ひろし(※主人公の男の子)も意地をはってたけど

 けっきょくカレーライスを食べてなか直りする話だった

 カレーライスはまほうの食べ物だと思った

 今日の給食もカレーライスだった

 けんかもなく、みんな「おいしかった」と言っていた

 カレーライスはやっぱり、まほうの食べ物だ

 つたない表現でも、短いものでも構わないが、Dくんの再登校の妨げになるような内容は避けることだけを確認し、子どもたちの感性に任せて、綴ってもらいました。もちろん、「連絡カード」も一緒に届けてもらうのですが、「連絡カード」は4つ折りにして見えないようにし、詩のカードの方は大きな紙に書いてもらい、折らずにそのまま連絡ファイルに入れるようにしました。これで、登校していないDくんにも、クラスの日々の様子が何となく思い描けるのでは、と期待したのです。

 お母さんにお話を伺うと、「Dの部屋に連絡ファイルは届けているが、Dがそれをちゃんと見ていたかどうかはわからない」とおっしゃっていました。そこで、「詩の方だけでも食卓でお母さんに読んでいただき、家族で話題にしてほしい」とお願いをしました。「Dが一緒に食事をすることを拒否する日もあるので…」とおっしゃられたので、「無理なく、できる日だけで結構です」とお伝えしました。

転機となったGくんの詩

 それから数週間後、ある日直の子が書いた詩が、Dくんの気持ちを揺さぶったと、お母さんから連絡がありました。その詩がこちらです。

「もうすぐ運動会」

 運動会まで あと一週間とちょっと

 今日は 100m走の順番を決めた

 ぼくは DくんとEくんとFくんと走ることになった

 一番こわいのは Dくんだ

 Dくんは 1年生の時に一しょに走ったけど

 めちゃくちゃ速くて ぜんぜかなわなかった

 EくんとFくんとも走ったけど

 2人には勝ったことがある

 Dくんと走ったら また負けるかな

 小学校最後だから がんばって走って

 Dくんには勝ちたいな

 私の意図を汲んでくれたのかどうかはわからないのですが、日直のGくんは、Dくんのことをこのように詩に綴ってくれたのです。その詩を見て一瞬「Dくんがどう思うかな…」と躊躇しましたが、Gくんの素直な思いが綴られているので、変に誤解されないだけことを密かに願いながら、届けてもらいました。

 これを読んだDくんが、「絶対にGには負けない、100m走だけは出たい」と言い、そして「ランニングしてくる」と、近くの公園に出かけたそうです。そして、Dくんが心を許している隣の家のHくんと、運動会まで毎日早朝5時半から「朝練」と称して、走り込みの特訓をしていたそうです。

再登校できたDくん

 迎えた運動会当日、Dくんはそれまでの練習はおろか、学校にも全く来ていなかったので、入場行進や団体演技などには参加できませんでしたが、100m走の時間前にはお父さんと一緒に登校し、見事1位でトラックを駆け抜けていきました。

 その後は、クラスのみんなに「すげえなD!1位やん」「やっぱDは速いわ~!」などと自然に声を掛けられ、そのままDくんは学校に残り、4月からの願いだった「全員集合写真」を撮影することもできました。

 その後のDくんは、1時間だけ体育の時間に登校したり、一週間休んだり、別室指導を受けたりすることなどを緩やかに繰り返しました。その間も、休んだ日には「詩の連絡」を続けていき、2学期の修学旅行前にはクラスに自然に戻ることができ、卒業式も無事一緒に迎えることができました。

 中学校進学後は、身体能力の高さを活かし、好きなクラブに参加し汗を流すことが登校刺激となり、ほぼ休まずに学校に通うことができるようになったそうです。

詩が起こした「奇跡」的な「軌跡」

 不登校のタイプは千差万別で、一人ひとりがすべて、個々の事情を抱えています。もちろん、この手法がすべての子どもに通用するわけではありません。また、この実践以外にも、Dくん宅へは何度も家庭訪問をしたり、夕方以降に学校で個別指導をしたり、関係機関と連携を図ったりと、再登校へ向け、Dくんへのサポートはできる限り行いました。したがって、詩の力がすべてとは言いませんが、少なくとも、Gくんが書いた詩がDくんの再登校への大きなきっかけとなったのは、間違いありません。

 今回は私やクラスの子どもたち、そして何よりDくん自身の力で体現できた「奇跡」的な「軌跡」を、皆さまにどうしてもお伝えしたくて、この記事を書かせていただきました。

 この実践は今でも、欠席者がいた日には続けており、「休んだ日の学校の様子がよくわかる」と、本人や保護者の方から評価をいただいています。この記事をご覧の先生方にも、画一的な「連絡カード」に「温もり」を加える「詩の連絡」を、ぜひお勧めしたいと思います。

杉尾 誠(すぎお まこと)

大阪府公立小学校 主幹教諭・大阪府小学校国語科教育研究会 研究部長
子どもたちの「自尊感情」を高めるため、「綴方」・「詩」・「短歌」・「俳句」などの創作活動を軸に、教室で切磋琢磨の日々です。その魅力が、少しでも読者の皆様に伝われば幸いです。

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