2023.06.26
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各自治体の取組に学ぶ「教育データ活用」 New Education Expo 2023 リポート vol.4

未来の教育を考えるNew Education Expo2023 東京。vol.4では、教育データの活用について考えるセミナーの模様をリポートする。国が示すデータ活用方針を踏まえ、現場はどのような展望をもち、取組を進めているのか。埼玉県さいたま市、茨城県つくば市の事例紹介とディスカッションにより、これからデータ活用を始める自治体の参考になる多くのポイントが示された。

どう進める?教育データ活用〜各自治体の具体的な取組を通じて考える〜

【コーディネーター】
 園田学園女子大学 人間教育学部 教授……堀田 博史 氏

【パネリスト】
 さいたま市教育委員会 学校教育部 教育研究所 調査研究係 係長……大澤 貴史氏
 さいたま市教育委員会 学校教育部 教育研究所 ICT教育推進係 主任指導主事……大塚 秀和 氏
 つくば市立みどりの学園義務教育学校 教頭……中村 めぐみ 氏

趣旨説明

何のためにデータを可視化するのか

園田学園女子大学教授 堀田博史氏

はじめに、コーディネーターを務める園田学園女子大学教授の堀田博史氏が本セミナーの趣旨を説明した。

2021年の中央教育審議会答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」で示された「個別最適な学び」は、「指導の個別化」と「学習の個性化」に整理される。その実現には教育データの活用が欠かせないとして、文部科学省はデータ活用方法のパターンを示し、デジタル庁はデータ活用に向けたロードマップを策定している。

これを受け、全国の自治体はデータの活用に動き出しているが、すでにデータを集約・可視化する教育ダッシュボードの運用を始めている地域もあれば、いまだ検討段階にある地域もあり、進み具合は一様ではない。

「自治体によっては費用の問題でなかなかスタートできない側面もあるかと思います。いずれにせよ、これからデータ活用に取り組むのであれば、何のためにデータを可視化するのかを決めるところからスタートすることが必要です。さらに、データを可視化することで何ができるのか、どのデータを可視化すべきか、課題が出た際にどう対処するのか、というところまで考えておかないと、大量のデータを使いこなすことは難しいでしょう」と堀田氏は指摘し、「データ活用の先進地域であるつくば市と、本格的にデータ活用を始めようとしているさいたま市の事例から参考になる点を持ち帰り、データ活用に役立ててほしい」と呼びかけた。

講演(事例紹介)

①さいたま市スマートスクールプロジェクト

さいたま市教育委員会 学校教育部 教育研究所 (左)大澤貴史氏、(右)大塚秀和氏

さいたま市からは同市教育委員会の大澤貴史氏、大塚秀和氏が登壇し、事例紹介を行った。

さいたま市教育委員会では、GIGAスクール構想の次の施策として「さいたま市スマートスクールプロジェクト(SSSP)」を立ち上げ、「学び方」「教え方」「働き方」の改革に取り組んでいる。その大きな柱となるのが、データ活用のためのダッシュボードの開発だ。2022年度にダッシュボードのプロトタイプを開発し、市内10校でのテスト運用を経て、2023年度は全校展開に向けた本構築に着手している。

同市のダッシュボードでは、内田洋行の統合型校務支援システム「デジタル校務」と学習eポータル「L-Gate」のほか、学習支援サービス「ミライシード」やプログラミング教材「Life is Tech!」などを通じて蓄積された児童生徒のライフログやスタディログ、教員の指導記録などの多様なデータを、マイクロソフトのデータ活用基盤「Azure」で集約・分析し、一元的に可視化している。

プロトタイプでは教職員の利用を想定。データは「学校」「学級」「児童生徒」の3つのボードに分けて表示される。ここから学校全体や各学級、個々の児童生徒の状況を把握し、学校・学級経営の改善やきめ細かな指導・支援につなげることを目指している。

データ活用を始めるにあたっては、「ビジョン」「組織」「学校の声(ボトムアップ)」の3つを大切にしてきた。

「SSSP のビジョンである『一人ひとりの可能性を最大限に引き出し、新たな価値を創造していく力をはぐくむ教育の実現 』をデータ活用の目的として掲げ、教育委員会、学校で時間をかけてすり合わせを行ってきました。さらに、縦割りで所管しているデータを横断的に扱うためのワーキンググループを組織しました。また、学校現場の声を吸い上げ、可視化するデータの検討に役立ててきました」(大澤氏)

同市では最初から完璧なシステムの構築は目指さず、テスト運用中も学校現場の意見を取り入れて逐次改善を図ってきた。「協力校からは指導・支援に役立ったという声と共に、データの即時性を求める声なども寄せられました」と、大塚氏は本構築に向けての手応えと課題を語った。

今後はダッシュボードの全校展開に向けて、テスト運用中に蓄積された事例をもとにしたデータ活用モデルを公表するなどの情報発信を予定している。また次のステップとして、現在は多様なデータを集めただけの状態にあるプロトタイプのブラッシュアップも計画中だ。

「大学と連携してデータ同士を掛け合わせるなどの分析研究を行い、より指導・支援に役立つ情報として可視化していきたいと考えています」(大澤氏)

②つくば市の教育ダッシュボード活用

つくば市立みどりの学園義務教育学校教頭 中村めぐみ氏

つくば市からは、2022年度まで同市教育委員会で情報担当指導主事を務めた、みどりの学園義務教育学校教頭の中村めぐみ氏が登壇した。

「一人ひとりが幸せな人生を送ること」を最上位の教育目標とする同市では、15 歳未満の子ども人口が増え続け、教員不足が課題となっている。そこで、教員の負担を軽減しながら「個別最適な学び」と「協働的な学び」を実現するための手立てとして、ダッシュボードを導入し、教育データの活用に取り組んでいる。学校でのデータ活用は個別最適化を軸に語られることが多いが、協働的な学びにおいても、一人ひとり異なる学びのプロセスを評価するためにデータ活用は必要であるという。

「データの活用にあたっては、現場の納得を得るために、エビデンスベースでの資料提出などデータを使わざるを得ない状況を作ることや、先生方が実際に使って『これいいね』と感じる場面を作ることに注力しました」(中村氏)

同市のダッシュボードは、内田洋行の「L-Gate」 に、デジタル教材「スタディノート」や学習支援システム「インタラクティブスタディ」など3つのアプリケーションをつなげたシンプルなつくり。蓄積されたデータはマイクロソフトの「Azure」に集約し、同社のOS分析ツール「Power BI」でわかりやすく可視化している。 

このダッシュボードから、教員は子どもたちの健康や学習に関する日々のアンケート結果、デジタル教材の利用率や正答率などのデータを確認し、学習支援や生活指導、進路指導に活かすことができる。なお、「気分がよくない」「授業がわからなかった」と答えた子どもの割合はアラートとして赤で表示され、クリックすると個別の情報を閲覧できるようになっている。

「データを見ることが義務になると教員の負担になります。でも、アラートが発せれられていれば知りたくなり、自ら詳細を確認するので、負担には感じにくいと考えています」(中村氏)

このように利点の多いダッシュボードにも、入力したデータが反映されるまでにタイムラグが生じるという課題がある。そこで、日々の状況確認をフットワーク軽く行えるように、アプリケーションベースでの閲覧も可能にして即時性を担保している。こちらは教員だけでなく、子どもたちも閲覧できる。

「今後は市長部局とのデータ連携を目指しており、すでに支援を必要としている子どもや家庭の早期発見につながる情報の提供を受けています。このように教育データを活用しながら、子どもたち一人ひとりが幸せな人生を送れるようにしていきたいと思います」(中村氏)

ディスカッション

子どもたちがデータを活用して自己調整できるように

ディスカッションでは、これからデータ活用に取り組む自治体に向けて、中村氏が「『どのような子どもたちを育てたいのか』というビジョンと、それぞれの自治体が抱える課題感から、どのデータから活用すべきかを考える」ことを提案。大澤氏も「ビジョンを決めた上で、どのようなデータがあるのかを整理し、活用ケースを検討して、可視化するデータを決定する」ことが重要だとした。

また今後の展望として、つくば市、さいたま市共に、子どもたちが自己調整に役立てるためのダッシュボードの実現を挙げると、堀田氏は「子どもたちにも個人情報の取扱いについて理解を得る必要がある」と指摘した。

最後に堀田氏は、両市の報告から「スモールスタートの大切さが示された」とし、今からデータ活用を始めるのであれば「可能なものはアプリケーションベースで着手し、ダッシュボードで全体を網羅する」進め方を提案。端末更新のタイミングでシステムの構築が行えるように、補助金などの施策が講じられることへの期待を述べ、セミナーを締めくくった。

記者の目

データ活用に取り組むにあたり、予算の確保や学校現場の理解を得るために苦戦する自治体は少なくないという。できるところから小さく始めるつくば・さいたま両市の進め方や、日々の指導・支援に役立つデータ活用を具体的に示すつくば市のやり方を参考に、それぞれの地域に適したダッシュボードを構築していくことが期待される。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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