2023.07.03
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子どもの命を守るために学校が、大人が変わらなければ。 New Education Expo 2023 リポート vol.5

「奇跡の公立小学校」と呼ばれる、大阪市立大空小学校。特別支援学級に通っていた子どもも、不登校に苦しんでいた子どもも、みんなが同じ教室で学び、お互いを認め合いながら成長していく。その姿は、2015年にドキュメンタリー映画「みんなの学校」として公開され、文化庁芸術祭大賞も受賞した。その大空小学校の初代校長を務めた木村泰子先生が、今、教育関係者そして大人たちに伝えたいこととは――。

「みんなの学校」が教えてくれたこと

大阪市立大空小学校初代校長 木村 泰子氏

すべての子どもに学習権を保障するために。

大空小の挑戦

大阪市立大空小学校初代校長 木村 泰子氏

大空小学校は、「誰も排除しない、誰もが自分らしく安心して学べる」学校だ。その評判を聞きつけ、全国から不登校などに苦しむたくさんの児童が転校して来るが、みな大空小に自分の居場所を見つけ、不登校はゼロ。そんな大空小も、2006年の開校当初は苦難の連続だったという。「最初の1年は、とても苦しかった。これまで培ってきた指導力がまったく役に立たなかった」と、木村先生は当時を振り返る。

「『わたしについておいで』と子どもたちに言ったら、今までは全員ついてきた。なのに大空小では、半分ぐらいしかついて来ない。床に寝転がる子、『いっしょに行こうや』と手を取って促す友だちに抵抗し、その腕に噛みつく子。あるベテラン教師は、こうつぶやきました。『先生の指示に子どもを従わせる力が、指導力やと思ってた。わたしらいったい、今まで何をしてきたんやろう』。教職員みんなが、どん底まで落とされました」

正直、もう教員を辞めたかった。でも生活があるから、みんな辞められへん。辞められへんのやったら、開き直ろう。学校を変えよう。教職員みんなが毎日話し合い、新しい学校に生まれ変わるために、不要なモノを次々と捨てたと、木村先生は言う。たとえば学級担任制も廃止した。学級の問題や悩みを担任一人が抱え込むのを止め、全教職員が全児童を「わたしの子どもだ」と思って接するように変えたのだ。

「すべての子どもの学習権を保障する学校を作る。この一点に、情熱を注ぎました」

「スーツケース」から「風呂敷」へ。

教員が変われば、学校の「空気」が変わる。

大空小では、ただ一つのルールがある。「自分がされて嫌なことは人にしない、言わない」。このルールを、破る子どももいる。むしろ「破るためのものだ」と、木村先生は言う。

「『学校はトラブルを起こしてはいけない場所、失敗してはいけない場所』と思っているから、先生は疲弊し、子どもは学校に来なくなるんです。自分のありのままを出したら、友達とぶつかるのが当たり前です。

トラブルは学びの宝庫です。子どものトラブルを、生きた学びに変える。これが教師の仕事です」

木村先生は校長として、率先して失敗することを心がけてきたという。そして失敗を教職員にも子どもにも見せて、助けを求めた。やり直す姿を見せてきた。校長が失敗するのだから、教職員も子どもも、安心して失敗できる。失敗したら、「助けて」と言えるようになる。失敗から「やり直せる」ようになっていく。

「学校を、『スーツケース』から『風呂敷』に変えました。スーツケースのように硬い、融通の利かない学校に子どもを詰め込むのではなく、風呂敷のように学校が形を変えて、子どものありのままを丸々受け入れるのです」

不登校で大空小に転校してきた子どもに、木村先生はこう尋ねたことがある。「前の学校には行かなかったのに、なんで大空には来るん?」するとその子は、「前の学校とは、空気が違う」と答えた。

Aさん「前の学校の空気は、刑務所だった。勝手に喋るな、動くな、逃げるなと命令された」
木村先生「じゃあ大空小の空気はどんなの?」
Aさん「普通」
木村先生「普通って、どんなん?」
Aさん「息ができる」

指導よりも、「環境(空気)」が大事と、木村先生は強調する。学校に多様な空気が流れていれば、子どもはみんなが安心して学校に来ることができる。そしてこの空気を作るのは、教職員だ。だから、「教職員が変わらなければ」と、木村先生は聴衆に訴えかけた。

「たとえば教員が教室に花を持って来て、『この花キレイやろ?』って聞いたら、ほとんどの子は『キレイ』と答えるでしょう。キレイと思ってないけど、空気を読む子もいるでしょうね。

でもそこで、1人だけ『おれはキレイやと思わへん』と言う子がいたら、みなさんはどう対応しますか? 聞こえないふりをしたり、『空気読めんやつやなぁ』と否定しますか? 『そうかぁ、おもろいなぁ、なんで?』と認めてあげたら、そこから対話が生まれる。子ども同士でツッコミ入れたり、つながりが生まれる。こういう『豊かな空気』を、学校に作るべきです」

そして木村先生は、ある子どもから送られてきたメールを見せた。学校に「息苦しさ」と「生きづらさ」をおぼえる、子どもからの訴えが、そこには綴られていた。

「みなさん、どの言葉が一番突き刺さりますか? こういう苦しみを抱えている子どもがいることを、知ってください」

会場の先生方は息を呑み、メールに書かれた子どもの「悲鳴」に、釘付けとなった。

最優先すべきは「子どもの命」。 学校が大人が変わらなきゃいけない

「子どもは、子ども同士の関係で育ち合います。周りの子どもとつながっていれば、子どもは学校に行くんですよ。なのに今、子どもがどんどん分断されています。『合理的配慮』の名の下に、『問題がある子ども』を隔離しています。

たとえば、こんな話をよく聞きます。今度入学してくる子どもは、『発達障害』で、椅子に座って授業を受けられることができない。こんな子が教室にいたら他の子の迷惑になるから、特別支援学級に行かせようと、校長が指示した。情けない話です」

事実、特別支援学級に在籍する児童生徒の数は、増え続けており、この10年で2倍にふくらんでいる。

「教員の指示を聞かない子ども、教員を困らせる子どもを、『発達障害』と決めつけていないでしょうか。『普通の子ども』を育てなければと思い込んでいるから、『普通でない子』に発達障害のレッテルを貼ってしまうのです。学校は、『普通の子ども』を育てるのが目的ではありません。『その子がその子らしく育つ』場で、あるべきです」

変わらなければいけないのは、教職員だけではない。大人が、社会が変わらなければと、木村先生は警鐘を鳴らす。2022年、児童生徒の自殺者数は514名と過去最多を記録した。不登校やいじめも過去最多となった。

「もし、自殺して亡くなった514名のうちの一人が、自分の子どもだったら他人事でいられますか? 学力向上も大事ですけど、命がなくなったら、いくら学力があっても意味がなくなります。優先順位の一番てっぺんに置くべきは、子どもの命です。

大空小には、苦しんでいる子どもたちが全国から転校してきました。『君に向いてる学校が大阪にあるから、そっちに行ってみたら』と、勧められた子もいます。でも、それでいいのですか? その子が住む地域の学校が、変わるべきではないですか? 大空小では、地域の人たちも『当事者』として、学校づくりに参加してくれました。我が子のような感覚で、子どもたちと向き合ってくれています」

最後に、木村先生は、こう問いかけた。
「流れる水に流されるのは、簡単です。流れに逆らって動くのは、困難を極めます。あなたは、どちらを選びますか?」

記者の目

みんなが自分らしく、生き生きと学べる学校を作り上げた木村先生は、胸を打つエピソードをいくつも語ってくれた。会場に詰めかけた先生方は前のめりで聴き入り、時にはすすり泣く声さえ聞こえてきた。特に、学校や社会に苦しむ子どもたちの「悲鳴」や「怒り」の声は、想像を絶するものがあった。こうした子どもたちの声に、我々大人は真剣に耳を傾けていただろうか。聞こうとさえせず、大人の都合を押しつけていないだろうか。「子どものために、大人が変わらなければ」との言葉が、胸に深く刺さった。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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