2023.07.17
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入学志願者を増やす学修者目線の教学マネジメント New Education Expo 2023 リポート vol.7

6月1日~3日の3日間、東京・有明にて教育関係者向けのイベント「New Education Expo 2023」が開催。アフターGIGA対応や教育データ利活用、最先端の自治体導入事例などが一挙に公開された。vol.7では初日に実施されたセミナー「教学マネジメント構築とミドルリーダーシップの重要性」を紹介したい。

教学マネジメント構築とミドルリーダーシップの重要性

共愛学園前橋国際大学学長 大森昭生氏
山梨学院大学 学習・教育開発センター センター長 成田秀夫氏
北陸大学 経済経営学部 教授 山本啓一氏
日本文理大学 副学長 吉村充功氏

趣旨説明

“ミドル教員”に着目した教学マネジメント

登壇したのは「大学リーダーシップ研究会」の主要メンバーの4名。同研究会は大学の組織開発を考える場として2018年に立ち上げられ、さまざまな研究者と連携しながら実践的な取り組みを続けている。

冒頭では山本氏からセミナーの趣旨が説明された。

「この10年間で学⻑のリーダーシップが発揮されやすい仕組みが整備されてきました。一方で『学部や現場の教員を動かすのは大変』という声もいまだにあり、トップダウン型改革の難しさが指摘されています。その理由として、日本の多くの大学は、教員・学生・カリキュラムが1対1で対応しつつ学部に所属する形になっており、分権的な構造が根底にあることが挙げられます。しかし、文部科学省の『教学マネジメント指針』の概要でも示されているように、大学全体レベル、学位プログラムレベル、授業科目レベルの3レベルがかみ合いつつ回っていかなければ、教学マネジメントは成り立ちません。

そこで我々が着目したのが、“ミドル教員”です。ミドル教員とは、大学の教育ビジョンを全学的に展開する役割を果たす副学⻑や共通教育センター⻑に加え、学位プログラムレベルの責任を担う学部⻑や学科長なども含まれます。こうしたミドル教員が3レベル間のつなぎ役や推進役を担うことで、組織的な教育改革が進み、理想的な教学マネジメントを行えると考えます」

続いて、大森氏、成田氏、山本氏、吉村氏からミニレクチャーが行われた。

講演①

学生一人ひとりが自らの学びの成果を自覚できるように

共愛学園前橋国際大学学長 大森昭生氏

共愛学園前橋国際大学学長 大森昭生氏からは教学マネジメントの理念を中心とした講話が行われた。同氏は文部科学省 中央教育審議会専門委員などを歴任し、「教学マネジメント指針」の作成に携わっている。

「教学マネジメントという理念が登場したのは、2018年の中央教育審議会答申『2040年に向けた高等教育のグランドデザイン』で掲げられたことがはじまりです。教学マネジメントとは、大学が教育目的を達成するために行うもので、内部質保証の確立にも密接に関わります。大学の時間構造を『供給者目線』から『学修者目線』へ転換するという視点が特に重視されています」と大森氏は解説した。

大学は3つのポリシー:①ディプロマ・ポリシー(DP/学位授与の方針)、②カリキュラム・ポリシー(CP/教育課程編成・実施の方針)、③アドミッション・ポリシー(AP/入学者受入れの方針)を策定し、運用する。

教学マネジメントのサイクルは「3つのポリシーによる学修目標の具体化」→「授業科目・教育課程の編成・実施」→「学修成果・教育成果の把握・可視化」→「情報公表」となる。たとえば、学修の成果が十分に表れていないなら、学修目標の見直しやカリキュラムの見直しを行うことになる。

「教学マネジメントの本丸にあたるのが学修成果の可視化。学生一人ひとりが自らの学びの成果として身につけた資質・能力を自覚でき、エビデンスとともに自ら説明できるようにすることが極めて大切なのです」(大森氏)

さらに共愛学園前橋国際大学の内部質保証と教学マネジメントの体制を事例に、教学マネジメントは内部質保証と同義ではないが、最も重要な一部であるという。同大学では、教学マネジメント本部の本部長は副学長が、カリキュラム編成部門は学部長が担う。

「副学長が全学ビジョンを各部署に共有するミドルリーダー、学部長や学科長がDPに責任を持つミドルリーダー、センター長や機構長が全学ビジョンを横展開するミドルリーダーとなります。各フェーズのミドルがそれぞれの役割を全うすることで、教学マネジメントは回っていくのです」(大森氏)

講演②

教員同士の相互支援を推進

北陸大学 経済経営学部 教授 山本啓一氏

続いて、北陸大学経済経営学部教授 山本啓一氏より「『コ・エージェンシーを発揮できる関係づくり』から始まる学部改革」をテーマとした講話が行われた。

同氏はこれまで九州国際大学と北陸大学の学部改革に学部⻑として携わり、入学者増加に向けた募集戦略、中退防止のための教育改革や、それらを支える教員のチームづくりなどに取り組んできた。特にカリキュラム改革では科目数を大幅に削減する改革を行った。九州国際大学法学部では100科目以上あった専門科目を50科目程度に削減。北陸大学経済経営学部では200科目あった科目を120科目に削減し、日本私立大学協会「グッドデザイン・カリキュラム」に選定された。

「教学マネジメントを成立させるためにはカリキュラム改革が不可欠ですが、カリキュラムとは単なる学科目表ではなく、教員や学生たちが当事者意識を持って関わる制度です。したがって、外からカリキュラムを押し付けても意味はありません。学部教員が“自分たちのカリキュラム”と思えるものを生み出すためには、まずは“土壌”を耕すことが肝心」と山本氏は話した。

その土壌づくりとして同氏が行った学部教育改革では、以下のプロセスを重視したという。

  1. 教育ミッション(DP)の再定義
  2. 授業改善への「選択と集中」
  3. 教員の協働と相互支援体制の構築
  4. 学生スタッフを育成し、授業支援に投入

北陸大学経済経営学部では、以前の「様々な社会科学分野を学べる学部」というアピールを変え、学部内の「経済学、経営学、法律学、会計学、情報学」といった学問分野を、「社会人に求められる5分野」と位置づけた。そのうえで、それらを横断的に学ぶことで「社会、組織、自己のマネジメント力」を身につけることを教育ミッションとして再定義した。また、授業改善においては、初年次科目の基礎ゼミナール(4単位)とキャリア科目(2単位)を連続実施し、ゼミ担当教員がキャリア科目も担当することとした。

「90分間の基礎ゼミナールに続いて、45分間のキャリアデザイン科目が始まるのですが、主要なプログラムは『10分間スピーチ』。学生自身が他の学生の前で10分間のスピーチをします。テーマは、高校まで頑張ってきたことや、今がんばっていること、アルバイトを通じて成⻑したことなどです。学生の“リフレクション力”の向上を狙ったものですが、学生の相互理解や教員の学生理解にもつながります。

さらに授業終了後、残りの45分間で基礎ゼミ担当教員とSA(Student Assistant)が授業の振り返りや次週以降の打ち合わせを行います。教員協働を促進させるこのような仕掛けによって現場の土壌が変化し、それが回り回って大きな教育改革につながったと考えます。学位プログラムの教学マネジメントは、コ・エージェンシーを発揮できる関係づくりがカギであると言えるでしょう」(山本氏)

講演③

データに基づき、地域に根ざした教育カリキュラムへ改変

日本文理大学 副学長 吉村充功氏

次に、日本文理大学 副学長 吉村充功氏の講話が行われた。「全学プログラム責任者の立場からの学部プログラム改革の推進」をテーマに学部改革の実践が伝えられた。

同氏は日本文理大学に工学部の教員として着任後、31歳から人間力育成センター長を併任。教育改革や地域連携に関わりながら、地元の大分県との連携にも注力している。

工業大学から始まった同大学は実学教育を重視してきたが、開学40周年にあたる2007年にはトップダウンで教育理念を再編し「人間力教育」を宣言した。

「教育理念が再編された当時は、トップと現場の認識に無自覚なズレがありました。そこで、教育改革の目的や教育観の相互理解を目的に、幹部を含めた全教員参加の初年次教育に関するFD(Faculty Development/教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組の総称)ワークショップを2012年に開催しました。これにより幹部は初年次教育にも学生の就職先につながる内容に目を向けている一方で、現場の教員は学生の学力の底上げを重視していることが判明したのです。議論によってそれぞれの認識の違いが見えてきたことは大変有効でした」と吉村氏は説明する。

同大学は2014年、「豊かな心と専門的課題解決力を持つおおいた地域創生人材の育成」をテーマに、文部科学省地(知)の拠点整備事業(COC事業)に採択された。同大学は人間力教育導入時から“人間力”を測るnEQ(感情知能指数)アセスメントテストを実施。nEQアセスメントの結果からは「社会貢献志向」が高い一方で、「社会意識」が低い入学生が多い傾向がみえてきていた。この結果をふまえ、COC事業をテコに地域に根ざした教育カリキュラムへ改編。専門的なスキルを活用し、主体的に地域住民と課題解決に取り組むことができる人材養成を目指した。学部学科には体験交流→知識修得→課題解決型学修からなる「学修サイクル」の構築のみを指示。学部学科の特性に応じた地域との関わり方を求め、これからの時代に必要な能力の育成を狙った。

「地域との交流活動を通じ、課題解決に必要な知識の修得につながり、学びの高度化が見られました。また活動の積み重ねで、チャレンジ精神も養えたという印象です」(吉村氏)

さらに同大学の教学マネジメント体制についても紹介。トップ(理事長・学長)、ミドル(副学長・センター長・学部長・部局長)、現場(学部学科・教職員)と3つに構成されており、ミドルがトップと現場の架け橋となっていることが説明された。「それぞれの意向を的確に汲み取り、わかりやすい言葉で伝えることを意識しています」と吉村氏は強調した。

講演④

自走する学修集団の形成に向けて

山梨学院大学 学習・教育開発センター センター長 成田秀夫氏

最後に山梨学院大学 学習・教育開発センターセンター長 成田秀夫氏の講話が行われた。同氏は河合塾教育文化研究所に勤務経験があり、PROGテスト(社会で求められる汎用的な能力・態度・志向を測定するテスト。Progress Report On Generic Skillsの頭文字は「プログ」と読む。)の開発と普及、全国大学アクティブラーニング調査などに取り組んできた。

成⽥⽒からは学⽣の成⻑を促す教学センターの役割について解説された。「当⼤学の学習・教育開発センター(LEDセンター)は教学センターのひとつで、いわゆる共通教育を担っており、人文・社会・自然科目、ビジネス系科⽬及び、汎用的なスキルを育成する育成するヒューマンスキル、⾔語スキル、ICTスキルとキャリア形成支援科⽬を扱っています。専任教員が12名、⾮常勤を含めると約50名です。私が着任したときは科⽬群の関係性が未整理だったため、まずはDPとの結びづけから始めました」と成⽥⽒は話す。

同⼤学ではDP1〜4を以下のように定め各学部に落とし込んでいたが、やや抽象的であり、科⽬の設定まで到達できないという課題があった。そこでDPをさらに分解し、細かく設定することを検討したという。

DP1(LED担当)
「実践的な知識と技能」を備え、「創造力と行動力」を発揮して社会に貢献する基盤が身についている。
→・把握する力 ・考え抜く力 ・表現する力 ・行動する力 ・挑戦する力

DP2(GLC/グローバルラーニングセンター担当)
多様な背景を持つ人たちと、母語や母語以外の言語で、目的に応じた意思疎通ができる。
→・出会う力 ・多言語を活用する力 ・共感する力

DP3(LED担当)
自ら目標を設定し、達成までやり抜こうとする姿勢を持つ。
→・自分を理解する力 ・ストレスマネジメント力 ・計画・実行する力 ・就業力 ・チャンスを活かす力

DP4(LED担当)
自己を理解し、他者との良好な関係性を構築しながら、自らの思考と行動を決定できる。
→・協調する力 ・リーダーシップ

「DPは現在も構築中です。各科目群でどのような点が設計として機能しているかを重視しています。正課(学位授与に関わる授業科目)を中心としたカリキュラムマネジメントは手間がかかりますが、ここをしっかり行わなければ、受験生獲得の機会を失いかねません。現在は、学部の正課だけでなく準正課や正課外の全体をマネジメントするような形で取り組んでいます」(成田氏)

本年度からはSAを中心とした自走する学修集団の形成についても注力。SAの学びと成長を加速させるための「リーダーシップ・プログラム」や、学内で獲得した力を学外で発揮させる「リーダーシップ・プロジェクト」などさまざまなプロジェクトを行う予定である。

おわりに

終盤ではトークセッションと質疑応答が実施され、トップとの関係、教学マネジメントで意識していること、教育改革へのモチベーションなどの意見が交わされた。

最後には、「本日、我々が紹介した取り組みや考え方が少しでも皆様のお役に立つことができれば嬉しい」と山本氏からの言葉でセミナーは締めくくられた。

記者の目

一般企業で中間管理職が上司と部下のつなぎ役であるように、大学の組織改革においてはミドル教員が重要な立場であることを深く実感できた。山本氏によると、ミドル教員には組織を「つなぐ」だけでなく、教員やチームを「まとめる」、カリキュラムや教育プログラムを「生み出す」という役割も不可欠とのことだ。同研究会の取り組みが日本の大学にどのような影響を与えていくのか、今後も注目したい。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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