2013.04.16
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行動につながる著作権教育を 「今さら聞けない著作権教育入門セミナー」リポート

2月2日、東京都中央区の内田洋行新川本社で「今さら聞けない著作権教育入門セミナー」が開催された。横浜国立大学教育人間科学部と内田洋行教育総合研究所の共催で、一般社団法人私的録画補償金管理協会(SARVH)による同大学への「教員養成課程における著作権教育のための寄付講座」(2005~12年度)の集大成でもある。新学習指導要領で情報モラル教育の充実が図られたこともあって、約70人が模擬授業などに耳を傾けた。

イントロダクション「著作権教育への第一歩」

講師:横浜国立大学 教育人間科学部 野中陽一 教授

著作権教育の必要性は高まっている

初めに、寄付講座を代表して野中陽一横浜国立大学教育人間学部附属教育デザインセンター教授が登壇した。

横浜国立大学 教育人間科学部 野中陽一 教授

教員にとっては、著作権教育に関心を持ち、勉強する必要性は感じていても、あまりメインの研修課題として扱われてこなかったため取り組みにくく、どのように指導したらよいのか分からないのも実情だ。野中教授は「(著作権法という)法律だから難しい」と現場への理解を示しながらも、小・中学校の新学習指導要領で情報モラル(総則、道徳、中学校社会、同技術・家庭)、知的財産権(中学校音楽、同美術)、著作権(国語、中学校技術・家庭)に関する記述が盛り込まれたことに注意を促しながら、学校の中でさまざまなデジタル情報が扱われていることを踏まえて、教科の中で情報教育をどう指導したらよいのか、発表される実践事例に学ぶよう呼び掛けた。
また、『教育の情報化と著作権教育』(野中陽一編、三省堂)に続く寄付講座の出版物としてできあがったばかりの『先生のための入門書 著作権教育の第一歩』(川瀬真監修、大和淳・野中陽一・山本光編、三省堂)も配布された。

模擬授業(1)小学校 「著作権に気をつけた情報発信」

講師:静岡県富士市立丘小学校 吉野和美 主幹教諭

引用して説明する良さを感じ取らせる

静岡県富士市立丘小学校 吉野和美 主幹教諭

静岡県富士市立丘小学校の吉野和美主幹教諭は10年ほど前から著作権教育に取り組み、2011年度には公益社団法人著作権情報センター(CRIC)の第7回著作権教育実践事例最優秀賞を受賞した。そんな吉野主幹教諭にしても、著作権教育で小学生に何を教えたらいいのかは「なかなか答えが出ない問い」なのだという。そうした中で吉野主幹教諭は各社の教科書を調べ、「引用」「出典」という記述に着目した。

模擬授業で行ったのは、修学旅行で国会を見学した様子を5年生に説明するポスターセッションの発表原稿を比較し、どれが正しい情報で分かりやすく伝えているかを考えさせる、という実際に6年生で行った授業。用意された作文例では、実際の見聞とともに見学時にもらったパンフレット「国会のしくみと法律ができるまで」から文章が引用されている。国語の指導内容である「書くこと」を通して引用の仕方を理解させ、引用して説明する良さを感じ取らせようと組んだ単元だ。引用部分にはカギカッコをつけることを学ばせるとともに、適当な引用の分量はどれぐらいがいいかを考えさせた。「引用しすぎると自分らしさがなくなってしまう」という児童の感想は、吉野主幹教諭にとっても意外だったという。「話し合いの時間をきっちり取ることで、自分たちなりに考えさせることが大切です」と授業を振り返る。

著作権教育に取り組むことは、教員研修にも役立つ。吉野主幹教諭は「著作権教育は、教員間でも分からないことだらけ。研修でも意見が活発に交わされます。教員も『初めの一歩』として授業をつくっていくことが大事です」と参加者にアドバイスした。

模擬授業(2)中学校 「中学校国語における引用の授業」

講師:山形県米沢市立第二中学校 金隆子 教諭

著作権が生徒自身にもかかわることを気づかせる

山形県米沢市立第二中学校 金隆子 教諭

山形県米沢市立第二中学校の金隆子教諭は、CRICの10年度第6回著作権教育実践事例優秀賞を受賞した実践例を披露した。インターネット上の「ナポレオン・ボナパルト名言集」から10個の名言を示し、今の自分に合っているものを一つ選び、その名言を引用しながら、気に入った理由について1分スピーチ原稿を完成させるもの。

短い文章を引用する場合はカギカッコに入れ、長い文章を引用する場合は前後を1行空ける――といった引用の仕方を学んだ上で、ストップウォッチがスタート。5分後に原稿を発表し合った後、教科書に戻り、宮沢賢治の『高原』を引用した教材『光と風からもらった贈り物』(高橋世織、光村図書『国語1』=11年度使用版まで)で引用の目的と方法、効果などを確認した。

中学生にもなると、インターネットからのダウンロード、CDの貸し借り、写メールの交換など、著作物を無意識に活用することが日常的に増えていく。そうした生徒たちに、著作権が自分たち自身にもかかわること、互いの著作物に敬意を払って活用することを、教科指導から気づかせることがねらいだ。「国語科で意識的に引用を指導し、活用する場を設けて言葉を鍛えていけば、他教科・他活動にも広がっていく。これからも、いろいろな教科の先生と話し合いながら継続指導していきたい」と金教諭は抱負を述べて、模擬授業を締めくくった。

模擬授業(3)高校 「リーフレットによる著作権教育 ―事件・事例で学ぶIT社会―」

講師:山口県立下関工業高等学校 保田裕彦 教諭

著作物とは何かを直感的に理解させる

山口県立下関工業高等学校 保田裕彦 教諭

CRICの06年度第2回著作権教育実践事例優秀賞を受賞した山口県立下関工業高等学校の保田裕彦教諭は、工業専門科目の情報技術基礎だけでなくショートホームルーム(SHR)の時間などを活用した情報教育を行っている。

工業高校生にとって知的財産権を学ぶことは不可欠になっているにもかかわらず、著作権教育は教科「情報」の中の「情報モラル教育」の中のさらに1単元でしかなく、十分な指導を行うには「授業だけを頼っていては難しい」し、社会問題などタイムリーな話題も扱いたい。そこで「隙間時間」としてのSHRに着目。「親子いいねっと!ニュース」と題するA4判1枚のリーフレットを配布して5分間ほどの「授業」を継続的に行うことにした。「親子―」としたのは生徒がネットいじめの被害者・加害者などに巻き込まれることも想定し、家庭で指導してもらうための保護者支援にも役立てたいと考えたからだ。

保田教諭は簡単なクイズ形式で「小説ハリー・ポッターの正体は分厚い紙の束か?」「氷菓子の『ガリガリ君』と『コンピュータソフト』は何が違う?」など次々と模擬授業を展開しながら、短いやりとりの中で所有権や使用許諾権にまで言及しながら、著作権の本質に迫っていった。「著作物やソフトがどういったものかを、文字を追うのではなく直感的に実感させられないかと思って始めました」と、ねらいを説明した。

パネルディスカッション「著作権教育の実践をどう進めたらよいか」

パネリスト:国立教育政策研究所 大和淳 総括研究官/千葉県柏市立中原小学校 西田光昭 校長/横浜国立大学 教育人間科学部 山本光 准教授/株式会社内田洋行 教育総合研究所 中尾教子 氏
コーディネータ:横浜国立大学 教育人間科学部 野中陽一 教授

まだ遅くない、著作権教育の第一歩を踏み出そう

最後に、パネルディスカッション「著作権教育の実践をどう進めたらよいか」が行われた。
  • 国立教育政策研究所 大和淳 総括研究官

  • 株式会社内田洋行 教育総合研究所 中尾教子 氏

国立教育政策研究所の大和淳総括研究官は三つの模擬授業に対する感想を述べ合う中で、「著作権とは何かをストレートに教えるだけでなく、調べ活動などを通してその意味を体験的に身につけさせるのも著作権教育だ」として、知識を活用できる能力を身につけさせる必要性を強調。内田洋行教育総合研究所の中尾教子氏は小学生とその担任を対象とした質問調査の結果を紹介しながら、知識が深まっているはずの6年生では4、5年生に比べてもプライベートで著作権を尊重する行動につながっていないというデータを紹介した。

千葉県柏市立中原小学校 西田光昭 校長

千葉県柏市立中原小学校の西田光昭校長は、学習指導要領の記述と、CRICなどが作成したパンフレット「5分でできる著作権教育」の内容を対比させ、いろいろな教科等の場面で著作権指導ができることを解説しながらも「どこでもできる、ということは『どこでもやらない』となるのが学校の現状だ」と注意を喚起。学校では条件つきで著作権者の了解なしに著作物をコピーし配布できるなどの例外措置が著作権法上認められていることについても「子どもたちは例外であることを知らない」として、生涯にわたり正しい行動が取れるようにするためにも段階的にきちんと指導を行っていく必要性を訴えた。

横浜国立大学教育人間科学部の山本光准教授は、著作権に関する意識調査の結果を紹介。高校生、大学生に共通して「知識が高いと意識は高いが、行動が高くなることはない」という特徴があることを指摘し、正しい行動につながる著作権教育を行うためには正義や規範を中心とした指導も必要であると提案。著作権に関する行動面での意識が高い50代の教員が校内のリーダーとなるよう期待を掛けた。

横浜国立大学 教育人間科学部 山本光 准教授

大和総括研究官は「初等中等教育段階では著作権法の専門家を育成するのではない。気楽に行こう」「例外規定はあくまでも例外」「『コピーしよう』と思った時に、その価値(著作権)を認めた自分に気づこう」など著作権教育の第一歩を踏み出すための「5つの提案」を行った。また、教員研修については、教員自身が著作物を扱うという立場と、子どもたちに教えるという立場の二つの側面を整理して展開する必要があると指摘した。そして「まだ遅くない。発想の転換で著作権教育は易しくなります」と呼び掛けた。

取材・文:渡辺 敦司/写真:言美 歩

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