「学習ログ」の活用で小中学校の授業づくりはどう変わる? New Education Expo 2022 リポート vol.4
未来の教育を考えるNew Education Expo2022 東京。vol.4では、学習ログ(学習に関する行動の記録)を初等中等教育の授業設計にどのように活用すべきかを考えるセミナーの模様をリポートする。学習ログの記録・分析ツール「LEAFシステム」を用いた小中学校での授業実践報告を中心に、これからの授業設計や授業改善について白熱したセッションが繰り広げられた。
小中学校における授業改善のための学習ログ活用の試み
【コーディネーター】
東北大学大学院 情報科学研究科教授/東京学芸大学大学院 教育学研究科教授……堀田 龍也 氏
【パネリスト】
中村学園大学 教育学部教授……山本 朋弘 氏
宮城教育大学 教育学部講師……板垣 翔大 氏
東北大学 客員研究員……佐藤 靖泰 氏
内田洋行教育総合研究所……伊藤 志帆 氏
小中学校におけるラーニングアナリティクス研究
子どもの「今」を把握して授業に活かす
最初に東北大学大学院教授の堀田龍也氏が登壇し、本セミナーの主旨や研究の概要について説明した。
本セミナーで発表される学習ログの記録・分析ツールを用いた授業実践は、東北大学大学院情報科学研究科ラーニングアナリティクス研究センター(LARC)と内田洋行教育総合研究所の共同研究で、堀田氏が主導する「初等中等教育におけるラーニングアナリティクスに関する実践的研究プロジェクト」の一環として行われている。
ラーニングアナリティクスとは、学習ログを分析して学習指導に役立てる取り組みで、世界的に注目を集める研究分野だ。
「例えばGoogle フォームで作ったミニテストを使って、前回教えたことを子ども達が理解できているかどうかを確認し、その結果をグラフにして共有してから次の授業に入る。このように子ども達の『今』の実態を把握して授業に活かす行為は、GIGAスクール構想によって1人1台端末が整備されてから、とてもやりやすくなりました。これまで先生が教室を見渡し、机間巡視して行ってきたことを、学習ログの記録・分析ツールを活用することで補完する。それにより新たな気づきを得たり、よりよい指導につなげたりすることが可能になるかもしれません」と、堀田氏は語る。
このラーニングアナリティクスは、日本では高等教育で研究が先行しており、最近では初等中等教育においても、文部科学省の有識者会議で「教育データの利活用」として検討が進められている。利用の仕方としては、公教育の中で取得される個人情報を含む様々なデータを学校現場で利用する一次利用、そうした公教育データを匿名に加工した上で提供して大学や研究機関などで利用する二次利用のほか、個々の公教育データを保護者の同意を得たうえで子ども自身が用いるということも考えられる。
「データが溜まってくれば、それを基にした二次利用での知見を一次利用に還元することも可能です。例えば、利用者の購入履歴などのデータをもとにおすすめ商品を提案するAmazonのレコメンド機能のように、そのとき先生が必要としている教材をピンポイントで提案できるようになるかもしれません。あるいは、個人の公教育データを塾の学習データや医療データなどの学校外データとつなげて、学力向上や発達状況の診断などに役立てることも考えられます」と、堀田氏はその可能性の大きさを語った。
プロジェクトが研究対象としているのは一次利用にあたる部分で、児童生徒の学習活動から得られた様々なログを基に、教師がどのように授業を展開・改善していくのか、自治体の協力を得て研究している。しかし現状では、自治体ごとに個人情報保護条例が違うことや、効果が明らかでないことなどから、特に公立の小中学校において学習ログを取ることは容易ではないという。堀田氏は、「今回のような成果報告の場を通じて学習ログ活用への警戒心を緩和し、授業改善の一助としていきたい」と抱負を述べた。
子どもの学びをリアルタイムに可視化するシステム
続いて内田洋行の伊藤志帆氏から、授業実践で利用したラーニングアナリティクスシステム「LEAFシステム」についての説明が行われた。
本システムは京都大学の緒方広明研究室で独自に開発されたもので、PDF教材の配信・閲覧ツール「BookRoll」と学習ログ分析・可視化ツール「LAView」、それらのツールにワンストップでアクセスできる学習管理システム(LMS)・学習eポータルからなり、今回は学習eポータルに内田洋行が提供する「L-Gate」を使用している。
BookRollではWebブラウザからPDF教材を閲覧でき、使った機能や操作内容、閲覧時間などが学習ログとして蓄積される。今回の実証では複数ある機能の中から、赤・黄の2色で線引きできるマーカー機能と、わからなかったことや感想などをコメントするメモ機能を使用している。
この学習ログを、表やグラフでリアルタイムに可視化するのが分析ツール。対象となる教材や児童生徒、期間などの条件を指定すると、分析結果が表示される。マーカー機能であれば、誰がどこに何色のマーカーを引いたか、授業の前後でマーカーを引く箇所がどのように変化したか、といったことを把握できる。その箇所にマーカーを引いた人数が多いほど色が濃く表示されるため、教師はその濃淡から児童生徒の理解の傾向を見て取ることも可能だ。この色の濃淡による見取りは、後述する授業実践のすべてに登場するので注目してほしい。
学習ログの記録・分析ツールを用いた小中学校における授業実践報告
多様な教科・単元での学習ログ活用
東北大学客員研究員の佐藤靖泰氏は、宮城県の仙台白百合学園小学校(3年生、6年生)と富谷市立富ケ丘小学校(4年生)でLEAFシステムを自由に活用してもらい、授業づくりや実践などに現れた変容について調べた。
授業事例として、教科のうち最もシステムが活用された国語の中から、「生きる」という詩(谷川俊太郎作)を扱った仙台白百合学園小学校6年生での実践が紹介された。児童はBookRollにPDFで配布された詩に、「それが“生きる”だな、と感じる」ところには赤で、「なぜそれが“生きる”なのかわからない」ところには黄でラインを引き、それをペアやグループで伝え合ったあと、全体で読みを深める活動を行った。
前述のように、児童が多くマーカーを引いた箇所ほど赤や黄の色は濃く表示される。教師からは、「分析ツールを見ることで発問をあらかじめ吟味でき、想定発問にも影響した」「児童のつまずき箇所の想定と実態とのズレがその場で把握でき、授業展開を調整できた」という声が聞かれた。佐藤氏は、「学習ログを活用することで、子ども達の実態に基づいた授業設計や授業展開がやりやすくなる可能性があります」と手応えを語った。
また、「教科書本文を授業に合わせて整形し直すことで、教師の意図と教材の整合性を高めることにつながった」「単元の入れ替えも構想できた」「単元の所要時間が年度当初計画よりも短縮できた」といった意見からは、学習ログの活用が教材研究の深化や単元構成の調整につながる可能性もあることが示唆された。
児童に行ったアンケートでも、「ラインを引く学習は楽しかったか」「自分がラインを引いたところを先生がちゃんと見てくれたという実感はあるか」といった質問に対し、肯定的な回答が多く見られた。
端末持ち帰りによる家庭学習での学習ログ分析
中村学園大学教授の山本朋弘氏は、熊本県の高森町立高森中学校において、端末持ち帰りによる家庭学習でのBookRollを用いたデータ分析が授業設計に役立つかを検証した。
検証は2年生の2学級を対象に道徳の2つの単元(AとB)で行い、それぞれマーカー有りと無しの場合を設定して両者の違いを比較した。まず、生徒が家庭に端末を持ち帰り、BookRollにPDF形式で配布された資料(デジタル教科書から必要な部分を抜粋)を閲覧して、マーカーでの線引きやコメント記入を実施。そのログを教師が閲覧して授業設計を考え、授業を行った。
山本氏は、「事前の実態把握がやりやすい」「マーカーが集まった部分を取り上げて中心発問を作った」「1人しかマーカーを引いていない部分にも目を向けることができた」「みんなと違うことを考えている生徒を指名した」といった教師のコメントを紹介し、「先生が授業中に生徒の反応を探りながら考えるのではなく、マーカーの集中や分散から事前に個々の生徒の考えや全体の傾向を把握できることは、発問や個別指導を含めた授業設計に有効であることが見えてきました」と述べた。
また、生徒への意識調査では、単元Aではマーカーの有無で肯定的な回答の割合に有意差は見られなかった。しかし、単元Bでは「資料の内容を授業に参加して深めてみたい」「授業での発表や話し合いに参加しやすくなった」という質問において、マーカー有りの場合に肯定的な回答の割合が有意に高かった。
技術指導にフォーカスした学習ログ活用
宮城教育大学講師の板垣翔大氏は、宮城県の宮城教育大学附属中学校において、技術科で扱うのこぎり引きの技術指導に教師がBookRollを用いることで、生徒の実態把握や指導方針への反映が可能かを探った。
まず、教師がのこぎり引きの解説動画を作成し、引くときに力を入れるなどの要点がわかる場面をスクリーンショットで撮影してPDFの資料にまとめ、BookRollで生徒に配布した。授業では、最初に一斉指導形式で動画を見せ、のこぎり引きの方法を説明。次に、生徒がのこぎり引きを実践したあと、PDFの要点画像で上手にできたと思うところを赤、できなかったと思うところを黄で、BookRoll上でマーキングした。教師は、その色の濃淡から生徒の様子を確認し、分析結果と目視による観察に基づいて生徒へフィードバック。その後、改めて生徒がのこぎり引きを練習し、教師が分析結果を参考にしながら個別指導を行った。
授業後、教師からは「生徒の自信のないところを把握でき、指導に活かすことができた」「教師の見取りと生徒の意識のズレを把握できた」という声が寄せられたが、生徒に行った質問紙調査でも、「できなかったところを先生が見てくれたと思いますか?」という質問に対し、9割もの生徒が肯定的な回答を残した。このことから、板垣氏は「分析ツールの活用により、生徒の主観評価に基づいて技能指導を充実できる」と評価した。
また、「動作は言語化しにくいため、視覚的なマーキングをする意義は高い」として、「体育や音楽など他の技能指導へも応用が可能ではないか」と述べた。
学習ログの活用に向けた研究の成果と課題
最後に、堀田氏が再び登壇。「『2色のマーク』と『集約して可視化』という単純な機能だからこそ、色の振り分けによって多様な授業利用が考えられる」として、LEAFシステムの活用度の高さを評価した。一方で、今回の研究成果については、教師の授業改善への熱心さ、端末持ち帰りの慣れ具合、題材の特性などによる影響もあると考えられることから、「これらを汎用的な知見と個別的な知見にどう区別するかは、これから解明していくべき課題」であるとした。
また、学習ログの分析は目的と範囲・時間軸によって何種類ものグラデーションに分けられ、国家レベルで役立ちそうなマクロデータから個別指導の裏付けとなるミクロデータまで、多様な可能性がある。堀田氏は「今後、私たちの研究以外にも、いろいろな成果が出てくるでしょう」と述べ、学習ログの活用に期待を寄せた。
記者の目
「学習ログ」と聞くと身構えてしまいがちだが、これまでも学校では個人の学習履歴を使って指導を行ってきた。もちろん、個人情報は適切に扱われるべきではあるものの、デジタルツールによって分析や可視化が容易になり、教師の経験や勘だけに頼らずともよくなったことは、授業や指導の質を高める上で大きなメリットだろう。小中学校におけるラーニングアナリティクス研究の、今後の展開に注目したい。
取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局
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