2021.02.10
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教育データの利活用による教育変革:これまでの実践知を踏まえた今後の展望 京都大学学術情報メディアセンターセミナーリポート

京都大学学術情報メディアセンターでは、「情報メディアの高度利用に関する分野」で活躍中の講師を招き、研究開発活動や課題について紹介する月例セミナーを開催している。今回は1月19日(火)に行われたセミナー「教育データの利活用による教育変革:これまでの実践知を踏まえた今後の展望」をリポートする。

セミナーは、京都大学学術情報メディアセンターの緒方広明教授の進行でスタートした。「新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年4月時点では世界151カ国で約14億人が学校に通えず、日本では初等中等教育の5〜29%が臨時休校、高等教育の90%が遠隔授業のみとなった」と緒方氏。

オンライン授業という初めての取組の中で、日本の教育におけるデジタル化の遅れが顕在化し、GIGAスクール構想のもと数年かけて実現する予定だった1人1台の端末整備が、前倒しして今年度中に進められることとなった。これによって収集できる大規模教育データを用いた、エビデンスに基づく教育の実現に向けて何ができるのか。発表内容を踏まえて考えていきたい。

登壇者プロフィール

【進行】

緒方 広明 氏(京都大学学術情報メディアセンター 教授)


【講演者】

宮部 剛 氏(京都市立西京高等学校附属中学校 主幹教諭)

久富 望 氏(京都大学大学院教育学研究科 助教)

山田 政寛 氏(九州大学基幹教育院 准教授)

上田 浩 氏(法政大学情報メディア教育研究センター 教授)

Flanagan Brendan 氏(京都大学学術情報メディアセンター 特定講師)


【パネル討論】

発表者全員

デジタル教材配信システム「BookRoll」による学習データ利活用の授業実践と家庭学習とのつながり

講演1:宮部 剛 氏(京都市立西京高等学校附属中学校 主幹教諭)

「オンライン授業は、リアルタイム双方向型よりも、オンデマンド型の方が教師も生徒も負担が少ないという結論に達した」と宮部氏。

紙芝居形式によるオンデマンド型授業とは 

昨年の休校中、生徒に1人1台のタブレットを与え、紙芝居形式によるオンデマンド型の授業を始めた。紙芝居形式の授業とは、授業内容をPowerPointのスライドに要約しPDF化したものを閲覧するという授業形態で、生徒が自分のペースで学習を進める。BookRollで配信するとダウンロードはできないので、生徒の到達度(スライドの閲覧状況や、演習問題ページの書き込み、クイズの正答率)を教師がリアルタイムで確認できるメリットがある。

紙芝居形式の授業で重要なのは個々の学習計画で、生徒には毎週、BookRollで配信される紙芝居形式の授業(1日4時間×5日)と、週15時間の自学自習・宿題の時間の学習計画を立てるよう指導した。

休校中の授業の流れ

数学では問題集がBookRollで配信され、タブレット上のクイズ機能を使って解答させることで、生徒の理解度を測ることが可能になる。分析ツールでは生徒の理解度をリアルタイムで確認でき、閲覧のない生徒には電話で生活の様子や進み具合を確認し、学習刺激を与えるとのこと。

提出を求めたファイルの提出状況や、クイズの解答状況の確認も可能で、ページ単位の所要時間をグラフで見て、時間がかかっている問題は次の授業で補足説明を加えている。

休校後の授業でのICT活用

BookRollの活用例として、テスト問題や模範解答をアップして生徒に自分のリズムで学ばせた例もある。分析ツールの活用では、閲覧達成率や平均時間、書き込み内容からつまずきの確認が可能なので、例えばそのデータを基に、方程式の解き方を言葉で説明させて理解の深めさせるなどの場面もあった。

対面型+オンデマンド型の効果

「リアルタイム双方向型のオンライン授業よりも、対面授業にオンデマンド型を加えたほうが、教育効果があるのではないか」と宮部氏。

ただし、オンデマンド型では自分に合う教材に自分のペースで取り組める一方で、生徒には自己管理能力が要求される。そのため、生徒によっては教師が自学自習教材を選ぶ必要もある。「AIが分析して教材を提示できれば、教師の負担軽減が可能になる」と期待を寄せる。

初等中等教育における学習ビッグデータの未来と現状

講演2:久富 望 氏(京都大学大学院教育学研究科 助教)

GIGAスクール構想の背景

子どものICT利用は学習外が中心だ。学習での使用率は世界で最下位でも、ゲームやチャットでの使用率では日本は世界でトップ。「日本ではICT端末は遊びの道具と言われるが、これを変えなければいけない」と強調した。

教師のデータリテラシー

「新しい技術が、教育現場を破壊せず、現状の上に学習ビッグデータの利活用が積まれたら」「生徒だけでなく、教師の1人1台とデータリテラシーも同様に大事」と久富氏。

「行政による不確実なエビデンスに基づく介入や、公立学校に比べ圧倒的なリソースとデータをもつ民間業者への警戒感もあるが、良心的な教師は、実践知である自らの専門性に客観的なエビデンスを加える価値を自覚しており、そこに働きかける必要性がある。」と述べるとともに、各地域の学術面を担う公共財としての、大学の役割の大きさを指摘し、教育データに関する人材エコシステム案を提示した。

ラーニングアナリティクスは自律的学習者育成に向けて何ができるか?

講演3:山田 政寛 氏(九州大学基幹教育院 准教授)

コロナ収束後もオンライン授業を希望する声は多いが、どうやって受講者に寄り添うかが重要となる。自己調整学習は、「自分自身の学習における特徴を把握して、自分を将来望ましい状態にもっていくためのプロセス」と山田氏。

九州大学で活用しているMetaboardというダッシュボードでは、BookRoll上の学習活動の様相を同じコースを受講している学生と比較することや、学習状況を可視化し学習の指針を考えてもらうことを目的としている。様々な観点で分析できるツールがMetaboardにあり、学生は目的に応じてツールを選択し、自らの学習データの分析を行う。

自己調整学習支援ツールの検証

使用するのははMetaboard内の「リーディングパス」という、授業受講者全体と学習者個人のマーカーやメモ、各スライドを開いていた時間などの学習活動を比較することができるツール。学生は予習としてリーディングパスを見て学習を行い、教員は学生のマーカーが多い箇所を中心に授業を進める。授業中に行うテキストチャットでの議論はTAとモニターしている。ダッシュボードを多く使う生徒は、ディスカッションに生産的に参加する傾向がある。

学習者が自己調整学習を行うに当たり、無意識に感じていることを意識化する支援ツールだが、今後は内省も支援するツールが求められるだろう。「ラーニングアナリティクスを使える教員の育成にも力を入れていきたい」と締めくくった。

教育・学習データの利活用ポリシー策定について

講演4:上田 浩 氏(法政大学情報メディア教育研究センター 教授)

法政大学では、学習マネジメントシステムの運用やそれに関わるデータの取り扱いの学則を含め、「教育・学習データ利活用ポリシー」を提案しようというプロジェクトを進めている。ポリシーのひな型は大学ICT推進協議会(AXIES)が公開しており、最初に憲法のような原則があり、だんだんとルールや手順を詳細化する構造になっている。

策定からの学び

一つ目は教育学習データを個人情報として管理すべきということ。 ICTの進展で少しの情報でも個人の識別が可能となっているため、データ主体で学生や教員の同意をもってデータを取得しなければならない。

二つ目は法律で定められている匿名加工には、それなりの義務が課せられているということ。適切な加工をし、作成の事実を公表する必要がある。

法政大学での取り組み

オンライン授業相談交流会を始め、動画配信ツールOATube(Open Academic Tube)を作成した。現在は教育学習データ利活用ポリシーの作成を投げかけ、データの蓄積と分析を提案している。「今後はわれわれの授業でデータを取ってスモールスタートとし、実例を提示して全学的に広めていければ」と語った。

教育ビッグデータとAI技術による教育支援

講演5:Flanagan Brendan 氏(京都大学学術情報メディアセンター 特定講師)

ラーニングアナリティクス(LA)とは「学習行動のプロセスを記録し、教育ビッグデータを分析して、学習支援のためのフィードバックをするということ」と説明するフラナガン氏。京都大学では、2017年からLEAFと呼ばれる、①学習管理システムLMS(Moodle)、②教材配信システムBookRoll、③データ分析システムLAView、④学習ログデータベースLRSからなるプラットフォームが研究開発されている。

BookRollとは

講演1でも紹介したが、ウェブブラウザがある端末での教材の閲覧や、PDF教材のアップロードが可能だ。メモやマーカー、しおり、クイズの機能もあるのが特徴で、コロナ禍では音声再生機能も導入している。

LAViewの知識マップとは

データ分析システムLAViewの中にあるのは、学ぶべき知識と学習ログの分析を表す知識マップというモデルだ。教材から知識構造を自動的に抽出する方法を開発し、知識マップの構築・編集・グラフDBへの格納の機能があるだけでなく、学習者へフィードバックするために知識構造と学習ログ分析を融合するシステムも備えている。

知識モデルの構築には専門家の時間と労力がかかるが、教材から知識構造を自動的に抽出することが解決につながる。閲覧状況や演習の解答状況の確認ができるだけでなく、教員権限で学生に直接メッセージを送ることも可能だという。

教育用説明生成AIエンジンについて

京都大学が研究開発しているEXAIT(Educational eXplainable AI Tools)というエンジンでは、間違えた問題を解くために他の問題を推薦し、なぜその推薦が重要になってくるのかを説明する機能がある。LAViewの推薦機能では、問題へのリンクをクリックするとBookRollにある教材に直接飛ぶことが可能だが、「なぜそれが推薦されたのかを可視化する必要がある」とフラナガン氏は語る。

解答時に生徒が自己説明を入力する機能もあり、メタ認知スキルを育成することができるのも特徴となっている。解答プロセス再生機能を活用し、自分がどのように問題を解いたかを見直すことも。

「今後はさまざまな学生の解答を比較して理解不足の箇所を把握し、学習行動の推薦ができるようになるはずだ」と語った。

パネル討論:これまでの実践知を踏まえた今後の展望

ー教育データの分析システムを使って、生徒や教師の考え方に変化はあったか。

宮部氏:アンケート結果では、勉強している回数や時間などを教師が知ることについて、子どもたちは好意的に受け止めていた。情報を教師が知っていることは、中学生の成長段階においては大切だという実感がある。

ー現場の教員がデータの利活用にネガティブなイメージをもっていることが意外だが。

久富氏:意外にも、若い教師が自分にスキルがないとICT活用を敬遠している場合もある。また、学校現場はアンケートやテストが増えて、数値化の波に襲われている影響もあるかと考えている。

宮部氏:高校はデータ分析に前向きだが、中学は生徒指導寄りである。一人ひとり違う生徒に平均値のようなデータは関係ないという考えも根強い。教材研究も毎年ゼロスタートだったり、部活指導なども忙しく、経験知やデータを残すために教員間で共有するのも難しい状態だ。

ー先端的な技術を現場では扱えないというジレンマはあるか。

フラナガン氏:研究者としての発想や最新の技術は、現場では思い通りにいかないこともある。現場とのギブ&テイクで新しい方向へもっていけたらと思っている。

ー実践から研究に展開して実践に返せた実例はあるか。

宮部氏:夏休みの宿題と成績の関係のような、教師が経験知としてもっているデータがある。「いつ宿題に取り組んだか」などを分析できるフォーマットを作ってもらったところ、結果は納得する部分と意外な部分があった。

記者の目

コロナ禍でのオンライン授業という慣れない環境の中、どうやって教育の質を上げていくかということに、それぞれの教育機関が懸命に取り組んでいる。オンラインだからこそできることとして、教育データの利活用に対する教員たちの関心の高さが伺えた。
研究者と現場では意識の差はあるかもしれないが、教育や生徒への思いの強さは共通している。データの利活用が順調に進まずもどかしいという意見もあったが、コロナ禍という強制的にオンライン化が進む中で大きく意識が変わり、これからの教育現場にしっかりと生かされていくのではないだろうか。

取材・文:学びの場.com編集部

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