エビデンスに基づく、学校設定教科「探究」のカリキュラム改善 SSH福井県立若狭高等学校 校内研修リポート
2022年4月26日(火)に福井県立若狭高等学校(以下、若狭高校)において学校設定教科「探究」の授業改善についての全職員対象の研修会が実施された。研修には若狭高校の教員74名が参加した。
研修の目的は、2年生(現3年生)を対象に2022年3月に実施した「探究」の授業に関するアンケートの結果データを基に2021年度の「探究」での指導をふり返り、うまくいった事例の背景を分析して、さらなる改善案や今後の課題を見出し、2022年度の「探究」の指導に活かすことである。
若狭高校の取組
若狭高校は、2011年度より先進的な理数教育を実施するスーパー・サイエンス・ハイスクール(以下、SSH)に指定されており、学校設定教科「探究」の授業を行っている。同校では、今後の複雑化、不確実化する社会においては「探究」学習によって育成される主体的な学習能力が必要であり、その学習の過程で、課題設定・解決能力等、今後必要となる様々な資質・能力の習得を目指すこととした。
学校設定教科「探究」の目標
- 多面的な視点から様々な自然現象や社会事象を捉えて解釈し、科学的・数学的に解決可能な課題の設定とその解決を図ることができる資質・能力の育成
- 研究の持つ意義や社会的責任・研究倫理を認識し、主体的・自律的・対話的に学ぼうとする人間性の育成
SSH研究部の教員が中心となって「探究」の授業モデルを構築し、第2期(2017~2021年度)からは、理数探究科や海洋科学科に加え、国際探究科、普通科の生徒も「探究」を3年間通して学ぶカリキュラムとした。
2018年より「探究」の授業の「評価」について、横浜国立大学脇本健弘研究室、内田洋行教育総合研究所との共同研究を行っており、2020年7月のSSH中間評価では最高ランク「優れた取り組み状況であり、研究開発の狙いの達成が見込まれ、さらなる発展が期待される」(6段階評価。同年中間評価対象となった77校中、最高ランクは6校のみ)を得ている。
その躍進の原動力となっているのが今回リポートする、サーベイフィードバック研修でもある。研修には全教員が参加し、さらなる進展へ向かって学校全体で経験・知見を共有している。
「探究」の授業では教師からテーマや課題を与えることはせず、あくまで生徒自身が身近な社会に興味を持ち、自ら課題を見つけ、それを解決する方法を考えるという方式をとっている。「学び」が持つ意義を最大限に発揮することができる学習スタイルともいえるが、「自らが課題を見つける」にはまず生徒自身が社会や身近な現象に関心を持たなくてはならず、なかなか難しい。
2019年度から「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」となり、育成する力として「課題発見力」が加えられ、教育現場では試行錯誤が続いているが、これは全国に先駆けて取り組んでいる若狭高校でも同じである。そこで今回の研修では、探究における「課題設定」についてのアンケート結果に焦点があてられた。
職員研修会リポート
1.脇本准教授より、アンケート調査結果の説明
まずはオンライン参加の脇本准教授から趣旨説明が行われた。
サーベイフィードバックとは、調査結果を現場に伝え、データをもとに対話することである。本研修では、昨年度の探究に関するさまざまな行動やその成果に対する実感、学習観に対して生徒にアンケートをとり、データの可視化を行い、この量的データを基に考察、今後の授業改善に役立てる。
課題設定に関するアンケート項目は下記の4カテゴリで構成されており、かなり高度な探究の能力が求められていることがわかる。これによって「探究」の授業の進展、成果を可視化し、課題を共有している。
脇本准教授は「若狭高校の生徒はよく学んでいる。素晴らしい成果であり、これからの学びの手段として社会に出ても大学に進学しても活躍することが期待されます」と評した。
課題設定に関する生徒アンケートの構成(5段階で達成度を自己評価する)
- 課題設定前のデータ分析
課題設定のために収集した情報・データについて、生徒が適切に分析しているかを尋ねる項目群 - 課題の理解
探究する課題について、生徒が十分理解しているかを尋ねる項目群 - 課題の自己設定
探究する課題について、生徒がやりがいのある事柄を設定できているかを尋ねる項目群 - 課題の社会貢献性
探究する課題について、社会との結びつきを認識しているかを尋ねる項目群
2.個人ワーク(調査データの読み取り)
データを教員全員で共有し生徒の学びを可視化する
個人ワークでは、2021年度の2年生と2020年度の1年生(同じ生徒たちの前年度の回答)、2021年度2年生と2020年度2年生(前年度の同じ学年の回答)を比較した集計グラフが配布され、各教員が確認、理解することが行われた。
個人ワークの時間は15分程度と限られた時間だったが、会場は静まり返り、各々の教員が真剣にデータを読み込んでいく熱心さだけが伝わってきた。
そのデータの読み込みの後、生徒の学びについて対話するグループワークへと移行していく。
3.グループワーク(対話)
データを見ながら生徒の学びについて対話する
個人ワークの後は、5~7名の小グループに分かれ、50分程度、個人ワークで考えたことを共有し、探究の授業を今年度どのように行うべきか、意見交換が行われた。
最も多く悩みとして出され、議論されたのが課題設定までにかなりの時間がかかるということ。そこで、課題設定があまり進まない生徒にどう働きかけるか、これまでの指導を共有しながら意見を出しあった。
課題設定の難しさはデータ上にも現れているが、あくまで生徒の自主性を重んじるという方針は継続する前提で議論された。
解決策として教師と生徒の対話、生徒同士の対話を繰り返しながら、自らの欲求を引き出すために漠然とした課題ではなく、自身にも関わりのある身近な問題点、関心を惹く事柄から課題設定をしていくことといった意見が出た。
今回、「3.課題の自己設定」の「⑧自分の興味にもとづいて探究したいことを明確にしているか」という質問では、2020年度の2年生では肯定の割合が85.7%だったのに対して、2021年度の2年生では100%と大きく向上した。この理由は上級生の体験を聞く時間、引き継ぎの時間が有効に働いているからではないかと分析されている。
また、基となるアンケートの項目について、次年度からはもっと基本的なことも生徒に聞いてみたらどうかという声も上がった。例えば「探究」を卒業してからも継続したいか、授業に興味をもてたか、などのストレートな質問が生徒の自主的な探究心がどれだけ育っているかを判断する良い材料になるのではないかと期待する。
ただデータを照らし合わせるだけでなく、データ変動の理由や背景、また生徒が興味、関心を持つに至った経緯についてさまざまな議論がなされ、よりよいモデルづくりに向けて主要な意見がまとめられていった。
4.全体共有(未来づくり)
今年度の「探究」をどうするのか話し合う
最後に各グループの主な見解を代表者が発表した。多く出された意見としてはやはり課題設定の難しさに関することであった。課題設定は興味、関心があるだけではなく、社会貢献に繋がる課題かという視点も重要である。1年次においてはまず社会貢献とはなにか、という理解を深めることが課題だと指摘されていた。
また理系クラスでは、社会貢献に直結するテーマが少ないため、探究する課題と社会との結びつきが強く意識されない場合があることが指摘された。ただし無理に社会貢献を意識させるよりも、生徒の興味を尊重しようという意見が出された。
さらに生徒同士や先輩との対話やプロジェクトの引き継ぎがあるため課題の重複がない、また理解の進み方が早いなど、うまくいっている点についても多くの意見があがった。
脇本准教授からは、生徒だけに考えさせるよりも外部との接触を増やすと、意欲の向上にもつながることが指摘された。指導する教員の言葉のかけ方、指導のタイミングが重要であることなどが確認され、本研修は終了した。
※研修に使われた「探究」での行動に関するアンケート項目と、アンケート結果を可視化するツールについて、7月に本サイトにて公開を予定している。
記者の目
今回の研修に参加させていただいた時にまず75人(リモートの脇本健弘准教授を含む)という参加者の数に驚いた。多いなとは思ったが若狭高校のほぼすべての教員が参加していたのだ。
各々が「探究」に取り組み、積み重ねたデータを読み解き、未来の「探究」を模索し話し合いを繰り返す。まさに教師自身が「探究」をしているのだと感じた。その熱意が生徒にも波及しているのだろう、廊下ですれ違う生徒はみな、私にきちんと覇気のある挨拶をしてくれくるのが心地よかった。
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参考
取材・文・写真:学びの場.com編集部
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