カナダBC州から届ける、日本語を「つないでいく」ための学び~「Language Attrition(言語摩滅)」と言語学習~(第9回)
子どもたちに日本語を継承語として伝えたい、その根本には移民として感じているAmbiguous Loss(曖昧な喪失感)があると前回書きましたが、もう一つ、L2(英語)話者としてぼんやりと抱えている恐怖感があります。
多言語を操ることで脳の老化や認知症予防につながる可能性があるとする研究がある一方で、習得した外国語を失っていくLanguage Attrition(言語摩滅)と呼ばれる現象があることも知られています。
カナダBC州公立学校教諭、日本語継承語学校教師 高井 マクレーン 若菜
言語摩滅とは
言語摩滅とは、たとえば、海外でL2を使って暮らしていた日本人が日本に帰国し、母語である日本語(L1)を使って過ごすようになることで、L2の使用頻度が少なくなり、忘れ始めることです。帰国子女について、そのような話を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。
移民国家であるカナダでは、幼少期、つまりL1でCALP(教科学習言語能力)までたどり着いていない時期にカナダに移り住むことで、子どもの生活環境の多くでL2が使われるようになります。CALPの面でもL2が中心になってくると、たとえ家庭内言語が母語のL1であったとしても、L1を操れなくなっていくケースがあると聞きます。
また、すでに母語のL1が確立されている人がカナダに住み、言語習得臨界期以降にL2(カナダの場合は英語やフランス語)を習得した場合、加齢とともに、生活における言語使用が母語のL1へ移行することもあると聞きます。
いずれにしても、それは本人の怠惰ではなく、認知機能の低下でもないようです。脳がもっとも省エネな経路をたどることで、言葉を選択している結果だと言われています。
L2とアイデンティティ
バイリンガルで育ったわけではなかったものの、L2として英語を習得すると決めて以来、私にとってL2をL1と同じような感覚で捉えていた部分も多かったのかもしれません。
前回の原稿で書いたアイデンティティとの結びつきが、十代の頃の自分がL2とどう向き合っていたかには大きく関わっていたと、今になって振り返ります。
言語はツールに過ぎないのだから、外国語を習得することを目的とするのではなく、その言語で何をするかを考えなくてはならないと、英語を習得していく中でいつも危機感を覚えていました。
その「何をするか」は長い間見つからず、むしろ自分にとってのL2習得は、ちょっと曖昧な自分探しの延長線上にあったのかもしれません。ですが、だからこそ、そこには自分にとってのアイデンティティとL2との結びつきが生まれたのかもしれません。
そんな自分がL2の英語を操れなくなったとき、自分の子どもとの会話はどうなるのか。
定着しない可能性がある継承語を身につける努力をしたところで、時間と労力とお金をかけても、いずれは摩滅していく言語を見送らなくてはならない未来を免れないなら、それは親子ともども負の体験として残るのではないか。
継承語教育にはそんな葛藤もあります。
継承語を「つないでいく」ということ
継承語の場合、またはバイリンガルやマルチリンガル教育の場合、L1とL2(またはもっと多くの言語)は脳の中にばらばらに存在するのではなく、互いの言語が助け合い、積み重なるようにして言語の習得が進むと言われています。
そして5~10年ほどかかると言われているCALPの定着を経て、言語の頑丈な土台を作り上げていきます。
日本語学校での短編映画の英語字幕プロジェクトは、言葉を学ぶこと、文化背景を理解することを超え、言語習得とその人自身との関係という、明確ではないものの、おそらくもっとも大きなモチベーションでもあり、長い年月を経て顕著に表れるであろう、継承語と子どもたち自身の人としてのつながりについて、深く感じる機会となりました。
今回の連載を読むことで、継承語や外国語として言語を学ぶこと、教えることには、想像以上に長い年月がかかることを少しでも知ってもらえたならうれしいです。
また、文化背景を心から理解することが、その言語でのアイデンティティを確立することにもつながります。それでも、いつかはその言語に脳内でたどり着けなくなるかもしれない儚さもあります。
今回で「カナダBC州から届ける、日本語をつないでいくための学び」の連載は終了です。

高井 マクレーン 若菜(たかい まくれーん わかな)
カナダBC州公立学校教諭、日本語継承語学校教師
群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務めた後、カナダ国ブリティッシュ・コロンビア州へ移住。現在はBC州の公立学校で教えながら、継承語学校でも日本語日本文化を教えている。
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