2025.12.25
  • x
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

スクラム経営の教育的可能性――目的の共有と対話が学級を動かすとき

正解のない時代。
学級はどう動くのか。
教師が指示を出さなくても、子どもたちが学び合い、前に進む瞬間がある。
そのカギは「目的の共有」と「円になって語る場」にあるかもしれない。
スクラム経営の視点から、教室を捉え直す。

目黒区立不動小学校 主幹教諭 小清水 孝

不確実な現場

正解は、いつも目の前にあるとは限りません。
むしろ、正解がない場面の方が多い。それが、いま私たちが立っている現場ではないでしょうか。

知識経営の生みの親として知られる野中郁次郎氏は、一橋大学名誉教授であり、世界的に高く評価されている経営学者です。野中氏が提唱した「スクラム経営」は、まさにその現実から生まれました。

 不確実性が高い。
 答えが一つではない。
 先が読めない。

そんな環境で、どう価値を生み出すのか。野中氏は、管理や効率化ではなく、人と人との関係性に目を向けました。
対話し、動き、振り返る。その繰り返しの中から、知は立ち上がると考えたのです。
重要なのは、「何をするか」ではありません。「なぜ、それをするのか」です。目的(パーパス)の共有です。
この視点は、小学校の学級経営にも重なります。学級もまた、不確実性のかたまりです。子ども一人ひとりは違います。背景も、感じ方も、スピードも異なります。

現場では、毎日、予測不能な出来事が起こります。
学習指導、生徒指導、保護者対応。どれも「これが正解」と言い切れない問いばかりです。
だからこそ、問われます。この学級は、何を大切にするのか。どこへ向かうのか。

学級目標は、その答えです。例えば「かしこく、なかよく」。その言葉は、飾りではありません。行動の拠り所です。判断の軸です。
目的が共有されているとき、何が起こるでしょうか。教師が細かく指示しなくても、子どもは動き出すことがあります。自分で考えます。仲間を見ます。選び、決め、行動します。
学級は、指示で動く集団から、意味で動く集団へと変わっていくのです。

知識創造としての学び

スクラム経営の土台には、野中氏の知識創造理論があります。ここで、知識の捉え方が大きく転換されます。
知識は、関係性の中で、生まれ、揺れ、更新されるものです。
この考え方は、教室で日常的に起きています。ある体育の授業の実践が、それを物語っています。
子どもが知識を創造する教室 ―SECIモデルで読み解く「足ポーン海老」の学びー

後転がうまくできない子がいました。すると、別の子が声をかけます。
「足を“ポーン”てやるといいよ」
さらに、別の子が続きます。
「海老みたいにポーンだよ」
身振りを交えながら伝えます。

その瞬間、空気が変わりました。理解が、一気に広がったのです。
ここで起きているのは、単なる助言ではありません。身体感覚としての暗黙知が、言葉や動作で表出されています。それが学級全体で共有されていきます。
これは、野中氏が提唱する「SECIモデル」そのものです。共同化、表出化、連結化、内面化。暗黙知と形式知が循環するプロセスです。
学級は、静かな教室ではありません。日々、知が生まれ、循環する「場(Ba)」なのです。

問いと対話が学級を動かす

スクラム経営が問い続けるのは、成果の大小ではありません。
「何が善いのか」
この問いです。
学級経営でも同じです。教師がすぐに答えを出すことは、簡単です。しかし、それで本当に子どもは育つでしょうか。

「どうすれば、みんなが安心できるだろうか」
「この行動は、仲間にとってどうだろうか」

問いを投げかけます。答えを急がず、待ちます。考える時間を保障します。教師の役割は、変わります。教える人から、問う人へ。指示する人から、支える人へ。
対話は、単なる意見交換ではありません。意見がぶつかることもあります。自分の意見が揺れ動くかもしれません。その揺れの中で意味は深まります。共に意味をつくる営みですから、ぶつかってもよいのです。野中氏は、このような対話を「知的コンバット」と称しています。

円の力

スクラム経営が重視するのは、肩書きではありません。現場の当事者です。覚悟をもった一人ひとりです。
象徴的な場面を例に挙げます。コパ・アメリカ2024。南米諸国代表が競うサッカーの大陸選手権です。決勝戦直前、アルゼンチン代表のロッカールーム。
大一番を前に、円陣が組まれました。声を出したのは、監督ではありません。メッシ選手でした。話の内容は戦術ではありませんでした。

 「なぜ戦うのか」
 「誰のために走るのか」

その言葉は仲間の心を震わせました。当事者の言葉が、覚悟を引き出したのです。アルゼンチン代表は優勝を果たしました。

教室でも同じことが起こります。教師が決めるより子どもが語る。輪になって思いを語る。
オルタナティブスクール「ヒロック初等部」で取り組む「サークルタイム」は、その好例です。一日の初めと終わりに指導者と学習者が輪になって、互いの顔を見て語り合います。「円」は上下を消します。全員を当事者にします。
歴史をさかのぼって室町時代。傘形連判状も「円」の力を利用しました。序列を消すことで、責任が共有される。それは、日本が培ってきた協働の知恵でもあります。

「場(Ba)」をデザインする

野中氏は知識創造に「場(Ba)」の重要性を提唱しました。「場(Ba)」は、場所ではありません。関係性です。意味が生まれる土壌です。
学級経営は管理ではありません。「善い語り」が生まれる場をつくることです。目的を共有し、対話し、実践する。その積み重ねが、学級をコミュニティにします。
円の力を利用しましょう。教師と児童の距離感、児童同士の距離感をフラットにしましょう。レクリエーションの「何でもバスケット」をやるときの、あの雰囲気です。

とはいえ、35人が在籍する学級で、常時「円」の形をとるわけにはいかないでしょう。しかし、時には机と椅子を取り払い、サークルタイムを実施してみるのはどうでしょうか。机をコの字型に配置して、中央のスペースを常時生み出しておくのもよいでしょう。空き教室を利用するのもよいです。

距離が変わると心のもちようが変わります。対話の質が変わります。
ラグビーのスクラムは、全員が同じ方向を向きます。教室も同じです。意味を共有したとき、学級は前に進み始めます。

小清水 孝(こしみず たかし)

目黒区立不動小学校 主幹教諭


フープ1本でできる運動を3つ以上言えますか? 
現場で使える技術、できる実践、リアルな指導法を日々追究しています。
現場の先生方、共に考え、指導法の選択肢を増やしていきましょう! 
NPO教育サークル「GROW5th」代表。

同じテーマの執筆者

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

この記事に関連するおススメ記事

i
pagetop