2026.01.09
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途上国への寄付は、だれのための寄付なのか

皆さんは、発展途上国へ寄付や支援を行った経験があるでしょうか。
大手企業や慈善団体を仲介して、鉛筆やランドセル、服などの寄付をすることがありますが、その寄付は一体誰のために行っているのでしょうか。
青年海外協力隊(マラウイ)として、アフリカでボランティア活動をしていたからこそ見えてくる寄付の実態について考え、本当の意味での国際協力を子どもたちと考えてほしいと思います。

岡山県和気町立佐伯小学校 教諭 角田 直也

そこに、現地のニーズはあるのか?

 

慈善団体から、2週間に1度程度の寄付がある。「あげる側」と「もらう側」の立場が明確になる。(筆者撮影)

ここから記述することは、アフリカの寄付の受け入れ先で見聞きした内容であり、寄付自体を否定しているわけではありませんので、ご了承ください。現地のニーズに基づき、教育や医療、生活環境の整備を中長期的に支える取り組みも数多く行われています。

途上国への安易な寄付は、先進国の善意でありながら「善意の押しつけ」でもあると私は考え、子どもたちには寄付について深く話し合ってほしいと感じています。

そもそも途上国の人々は、文房具や服を欲しているのでしょうか。答えは、「Yes」です。やはりどこの国の人々も、無料で物をもらえることはうれしく思うでしょう。実際に、現地の寄付の贈呈式では、子どもたちは大喜びして支援者に群がっています。しかし、その様子には、明らかに「物をあげる側」と「物をもらう側」の上下関係が存在します。そして、「物をあげる側」を中心として、「物をもらう側」が周囲に立たされ記念写真を撮影し、贈呈式を終わります。「物をあげる側」には、純粋な助け合いというより、社会貢献活動としての色合いが強く出てしまいます。

服を寄付は、現地の暮らしにどんな影響を与えるのか

 

おもちゃや革靴をもらった子どもたち。革靴を履いたのは、この写真の時だけでした。(筆者撮影)

それでも、「現地の人が喜んでいるならば、良いのではないか」という意見もありますが、部屋や倉庫に寄付した物があふれかえっている現状もあります。鉛筆や消しゴムなどの場合は、鉛筆削りや筆箱を合わせて寄付してくれなければ継続して使うことができません。さらにアフリカの子どもたちは、鉛筆よりボールペンを好んで使っています。医療関係の大型機材などは、現地語や英語に対応していなかったり継続的なメンテナンスができなかったりするため使用できずに部屋を占領していることもあるようです。つまり、支援者と被支援者のニーズが一致していないことにより、善意が裏目に出ていることはよくあります。

これらのことは、アフリカなどの途上国の現状について先進国の人々が深く理解していないことが原因にあげられます。

例えば、紛争などから逃れて他国の難民キャンプで生活している人々は、どのような生活をしていると想像しますか。もしかすると、ボロボロな服を着て、寄付や支援品を求めて列を作っている人々を想像する人もいるかと思います。しかし、ある程度基盤ができている難民キャンプは、その中で役割や職業が生まれ、経済が回り始めています。つまり、そこに寄付品である無料の文房具や服が届けば、キャンプ内の雑貨屋や服屋は経営が成り立たなくなり、その影響で、より苦しい生活を強いられる人々が生まれることもあります。

もちろん、文房具や服などの寄付を本当に必要としている人々はいます。しかし、そうした人々が暮らす場所は、一般企業が立ち入ることができないような激戦地であることが多いため、現実的に先進国からは支援ができていないことが現状です。

現地で見た、深刻な“寄付慣れ”の現象

アフリカに住んでいた日本人コミュニティの中には、「寄付慣れ」という言葉もよく出てきます。
日本人が現地に入ると、「あなたたちは何をくれるのか」と話が始まることも少なくありません。
また、日本で寄付したものが現地で必要としている人に届くまでに、さまざまな人や団体を経由する中で、寄付した人の本意とは違った使われ方をする場合もあります。
日本人が善意で行っている寄付とは、どこか違う実態があるのが現状です。

両者の未来を創る、国際協力とは。

それでは、先進国の人々はどのようにして途上国の人々のために行動ができるのでしょうか。これについては、さまざまな考え方がありますが、明確な答えはないでしょう。少しでも力になればと支援を続けることも良いでしょうし、まずは世界のことを知ろうと英語の勉強を始めるのも良いと思います。

私は、1人でも多くの友達を作ることだと考えています。国を超えると、文化や考え方が違うことは当然です。国という大きなくくりで考えてしまうと、理解できないことも多くあります。しかし、その国に1人でも信じ合える友達ができれば、その国の見え方は変わってきます。そのような友達を作ることが、国際理解の1歩になるのだと信じています。

話を戻して、児童が寄付をすることで国際理解を図ろうとすること自体は素晴らしい活動だと思います。しかし、その寄付は、本当は誰のために行っているものなのかを問い返すことで、児童の真の国際理解が始まるのではないでしょうか。将来の世界平和を願う子どもたちが、どのような答えのもとで動き始めるのかを楽しみにしています。

角田 直也(かくだ なおや)

岡山県和気町立佐伯小学校 教諭


特別(聴覚)支援学校、青年海外協力隊(マラウイ)、公立小学校に勤務。
近年は、総合的な学習の時間に行う地域をフィールドにした活動を軸として、教科横断的なカリキュラム編成を実践・検証し、地域学習と教科学習の双方の深化について研究しています。
また、先輩教員のノウハウと新しい"観"の教育を融合しつつ、若手教員と共に学ぶ新しい研修方法を実践しています。

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