コロナ禍を経た健康教育の変化と課題 ~子どもの「マスク着用」と「ウェルビーイング」を隣りにおいて考えると~(7)
先日の朝の通学時間,電車に乗ったら,マスクをつけている高校生が多いのにびっくり。車内を見渡すと,一般の通勤客では半数ぐらいなのに。
通勤・通学時,車内がこみ合ってくれば感染の可能性は高まります。急いで私もカバンにあったマスクをつけました。
新型コロナが2類から5類に移行して1年余り。現在の学校でのマスク着用は「子ども(保護者)個々の判断に応じる」状況と思います。いつどんな感染症がまた流行するかわかりませんので。
そんなアフターコロナの今,企業や学校では「ウェルビーイング」が注目されています。子どもたちの体を健康にし,心を豊かにし,社会的にも満たされた状態に。この三つの観点で個人と社会の幸せを考えるのですから,今後の教育の方向を示す重要な理念の一つと私は思います。
では上にあげた「マスク着用」と,この「ウェルビーイング」を隣り合わせで考えてみると,どうなるのでしょう。
元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長 大村 高弘
マスクがはずせない
コンビニで商品を選びレジに向かうと,店員さんのほとんどはマスク着用。歯医者の受付さんも間違いなくつけています。バス・タクシーなど交通機関の運転士さんも。こうした職の人が対面でかかわりをもつ相手には,高齢者や基礎疾患をもつ人もいます。マスクで感染を防ぐことは必須。もちろん自分を守るためにも。とすると不特定多数と接する通学時,しかも密集が想定される時間帯ですから,多くの高校生がマスクを着用しているのは適切と言えるでしょう。
私が気になっているのは,下校時間帯に自転車で下校する生徒に,マスク着用がとても多いこと。徒歩通学の中・高生も同様です。
今は,初夏を迎え爽やかな風がふく心地よい季節。戸外で感染する可能性は少ないはず。なのにマスクをはずさない生徒がこんなに多い。「これでいいのかなぁ……」と。
人は他者との関係の中で,顔の表情からたくさんの情報を得ていることは,ご承知のとおりです。
「人間の共感力の,脳における土台となるのは『ミラーニューロン』という神経細胞です。この細胞はその名のとおり,まるで自分が鏡であるかのごとく,相手の行動が我が身に起きたかのように発火します。」と中野(2021)は述べます。顔全体が見えることで,お互いの共感の度合いはより高まるはずです。
コロナ前の学校でも,常時マスクをして過ごす子は少数いました。体調が理由の子もいましたが,生徒指導で活躍された先生の見立てでは,「人とのかかわりに不安がある」「自分の心を開けない」などメンタルや人間関係に課題のある子が多かったとのこと。
現在マスクをつけている中・高生には「自分の顔を見せずにいたい」「マスクをしていた方が気がらく」との思いで着用を続ける子が多いようです。小学校でも高学年ならば,同様の傾向があるのでは。心と体がアンバランスな思春期にいますから,そうした気持ちもわかります。
でも集団生活に価値をおく学校で,しかも学び合いをめざす授業では「共感を大切にしてほしい」「自分を開いてほしい」と願います。コロナ禍の3年余り,ただでさえ人流の乏しい経験をしてきたのですから。
思いきってマスクをはずすと
一昨年度(令和4年度)の卒業式。
どの学校も「卒業式の教育的意義を考慮し,児童生徒等はマスクを着用せず出席することを基本とし」(文部科学省)に沿って挙行されたと思います。
以下は自分の前任校のようすです。
卒業生入場 一 司会の声で,一人ひとり式場に入って一礼。正面を見る多くの子の顔つきにこわばりがあります。3年間見せていない顔全体を出すことに,恥ずかしさを感じる子もいたでしょう。でも緊張の中,覚悟を決めた凛々しさも感じます。
卒業証書授与 一 子どもは呼名を待つ間ステージ上で自分の顔を大勢に向け立ちます。「はい」の返事が会場に響き,マスクなしの顔がすぐ私の目の前に。まさに「対面」。「ここまでがんばったね」と思いを込めて証書が手渡せました。
卒業生退場 一 担任の先生二人は児童席後ろの位置で待ち,立ちどまる一人ひとりに言葉をかけます。近づく子の顔を間近に見る先生の目にも涙が。
式が終わり,来賓を案内し廊下を歩いていると,
「担任の先生が子どもを送るすがたを見るうち自分も涙が出ちゃって……」
と主賓が。子どもと先生の思いが自分の身に伝わってくる幸福を,私も感じました。
「つながろうとする」本性を,人間はもともともっています。
その基盤となるのは他者への共感でしょう。児童期・青年期のうちに,繊細な「共感力」を育ててあげたいです。それは「ウェルビーイング」に近づく重要な方途の一つではないでしょうか。マスクを外す一歩を踏み出せない子がいたら,背中を押してあげていいのでは。
大村 高弘(おおむら たかひろ)
元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長
新しい学習指導要領の改定に向け,準備が進んでいくことと思いま
アフターコロナの時代,社会が大きく変化する中で,学校と授業は
今後の学校教育に期待することを,不易・流行の両面から考え、お
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