2024.05.24
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コロナ禍を経た健康教育の変化と課題 ~体をほぐし,心を,かかわりを~(6)

「五月病」がコロナ収束後に増加傾向だそうです。大型連休後の切り替えがうまくいかなかったからでしょうか。心の不調は誰にでも起こりえますが,コロナ禍が影響を与えた可能性は大きいのでは。
自分の心と体の状態に気づき,整え,他者や自然とのかかわりを深める。このことの重要性にコロナ禍は改めて気づかせてくれました。孤立している自分ではなく,周囲と結びついている自分である実感が幸福度を高めると言われます。
このことに直結する内容が,学校のカリキュラムの中にあります。「体ほぐし運動」です。ペアでのストレッチ,まねっこダンス,風船バレーボール......。軽度の運動やゲームを通し仲間と共に体を動かす心地よさを味わう活動です。
ここ数年で失われた大事な経験を子どもに補い,心身ともに健康な生活へと導く可能性を「体ほぐし運動」にさぐってみたいと思います。

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長 大村 高弘

心と体を一体としてとらえる

「身と心は一つのものである」との考えは,古くから我が国にありました。「心身一如」と言われます。心と体のバランスのとれた状態は,レジリエンス(心の回復力)を高めます。

「心と体を一体としてとらえる」ことが国の施策で主張されたのは,1998年に告示された学習指導要領において。今から四半世紀も前のことです。
当時,子どもの生活習慣の乱れやストレス,不安感の高まりなどが各界から指摘され心の問題が浮上しました。その影響が不登校,いじめ,学級崩壊等として表面化し,社会問題として注目を集めるようになっていきます。
この状況に,コロナ禍を経た今と似通ったものを感じます(昨年文科省より発表された調査結果では,不登校は前年度と比較し22.1%の大幅な増加,いじめは10.8%の増加となり過去最多)。

「サンマ(三間)が消えた」

この時代によく聞かれたのは「子どもの生活から『サンマ』(三間)が消えた」という言葉。「サンマ(三間)」とは「時間」「空間」「仲間」という「三つの間」です(コロナ禍においては「三密」がキーワードでしたが……)。そして,子どもの生活と環境の変化が体力や運動能力の低下だけでなく,心と体をアンバランスにし多くの歪みを生んだ,と言われました。

ちなみに自分が小学校低学年だった頃,下校後は自宅近くの広場で暗くなるまで遊びました。缶けり,鬼ごっこ,長縄,はないちもんめ,像乗り……。近所の6年生が遊びのリードをしてくれ,異学年の男女の子どもたち十数人で毎日。「晩ご飯だよ!」と誰かのお母さんが呼びに来るまで遊びは続きました(半世紀以上も前の話です)。

「体ほぐし運動」の登場

四半世紀前の話に戻りましょう。
子どもの心の問題が注目された当時,村田 (2001)は「そこで閉じ込められ取り残されてきた『生きた体の欲求』が,現在さまざまな形の問題となって噴出しているように思われるのです。特に『他者とうまくかかわれない子ども』『生きた体の実感に乏しい子ども』『内に多くのストレスを抱えた固く閉ざされた子ども』の心と体を,どう解きほぐし,開いていけばよいのでしょうか?」と,強い危機感をもった叙述をしています。アフターコロナの今,注目されている子どもを取り巻く問題も,まさに同様と言えないでしょうか。

こうした時代背景の中で学校体育に登場したのが「体ほぐし運動」。
技能の向上や勝敗を競い合うスポーツではなく,また体力向上をめざすトレーニングや体操とも異なるねらいをもった内容です。高橋(2000)は,その性格を四つ示しています。

〇体を動かす楽しさ・心地よさそのものをじっくり体験できること
〇スポーツとは異なるやさしい活動を通してさまざまな身のこなしが巧みにできるようになること
〇体を動かすことを通して精神的なストレスが解消され,心が解放されること
〇運動を通して仲間と豊かに関わることができること

この運動の教育的な可能性には大きな期待が寄せられました。各地で伝達講習や自主的な研修会が盛んに開催されます。
当時,自分の勤務校でも体育好きの同僚が研究授業で「体ほぐし運動」に挑戦。他者との競争ではなく,技の追求でもなく,記録の向上をめざすのでもない授業が1時間続きました。
「体育の授業としてこれでいいの?」と若干の疑問も感じつつ,でも6年生の子どもたちは笑顔いっぱい。男女が和気あいあいとかかわり合っている姿に,「よし,自分も!」という気持ちになりました。

現在の「体ほぐし運動」

現行の小学校学習指導要領には「手軽な運動を行い, 体を動かす楽しさや心地よさを味わうことを通して,自己や仲間の心と体の状態に気付いたり,仲間と豊かに関わり合ったりする」と示されています。その目標は,創設当初と大きく変わっていません。
また中・高においては,この効果への期待は一層高まっているように思えます。というのは,中学3年で「体の動きを高める運動」(かつては「体力を高める運動」)の位置付けがなくなりました。高等学校においては全学年において削除。一方「体ほぐし運動」については,変わることなく全ての学年に位置づいているのです。

ウェルビーイングを子どもに保障したい

~肉体的にも,精神的にも,そして社会的にも,すべてがよい状態に~

昨年度,朝の登校後の時間,1年生教室のベランダから,
「かってうれしい はないちもんめ~♪」
と歌声が聞こえてきました。
近くに行ってみると,6年生女子数人が混じって1年生と手をつなぎ,いっしょに足を振り上げています。リズムに乗って体を動かし,心を開放し,つながりを深めている姿をうれしく見ました。「体ほぐし運動」が,体育の時間を超え,生活に溶け込むことを願います。

参考資料

大村 高弘(おおむら たかひろ)

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長


新しい学習指導要領の改定に向け,準備が進んでいくことと思います。
アフターコロナの時代,社会が大きく変化する中で,学校と授業はどう変わっていくべきなのでしょう。
今後の学校教育に期待することを,不易・流行の両面から考え、お伝えしたいと思います。

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