2023.03.22
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名人に学ぶ〜野口芳宏の教育哲学〜 (7回)

今回は先哲ではなく、名人に学ぶ記事としました。ご紹介するのは、私の師である野口芳宏先生です。野口先生は授業名人と呼ばれています。その教育哲学の一部をお話しします。

木更津市立鎌足小学校 山本 裕貴

今回で最後です

ここまで6回にわたって、先哲に学ぶシリーズを連載してきました。先哲とは「過去の優れた思想家、哲人」のことです。この連載では、国語教育者を中心に、多くの人物を紹介してきました。
温故知新という言葉がありますが、過去から学ぶことは多いと思います。このシリーズがその一助になっていたら、とてもうれしく思います。
そんな先哲に学ぶシリーズも今回が最終回です。どのような人物を紹介しようか、とても悩みました。そして先哲とは「過去の人」なので現代に生きる教育者を紹介することはできません。

しかし、私の師である野口芳宏先生のことは、どうしても紹介したいと思いました。そこで今回は「名人に学ぶ」と題名を変えさせてもらいました。
そこまでしても、野口先生のことをご紹介する意義はあると思います。まずは、野口先生の経歴からお話しします。

授業名人・野口芳宏

野口先生は1936年に千葉県の君津市で生まれます。野口先生のご自宅は、とても自然豊かな場所です。少年時代の野口先生は、このような環境で情操豊かに育ったことが分かります。
千葉大学教育学部(国語科専攻)に進学し、教員免許を取得します。最初は中学校の国語教師を目指していました。野口先生の国語に対する熱意は、ここが原点だと考えます。

だんだんと野口先生の活躍が県内に広がっていきます。そして1963年には千葉大学教育学部附属小学校へと異動します。ここで、多くの伝説的な授業を公開するのです。そして、野口先生の名は全国へと知れ渡っていきます。
1983年には木更津市公立小学校の教頭となります。多くの書籍を執筆し始めたのも、この時期からです。その後、木更津市公立小学校の校長を務め、定年退職を迎えます。しかし、野口先生の活躍は留まりません。1996年には、北海道教育大学に教授として迎えられます。そこで教員を目指す学生たちに国語教育について指導をします。
2001年に北海道教育大学を退官したあとも、植草学園大学発達教育学部の教授を務め、2013年には同大学から名誉教授を与えられています。

また、野口先生は民間教育団体でも多く活躍されています。野口先生が関わっている団体は、たくさんあります。その中でも主なものとして授業道場「野口塾」があります。これは野口先生が主宰を務める教育セミナーです。今でも全国各地にて開催されています。
今年、野口先生は88歳となります。しかし、多数の教育雑誌に連載を持っていたり、セミナーで講師依頼を受けたりと、精力的に日本全国を駆け回っています。本当に、すごい方だと思います。
野口先生は「教師は哲学を持つべきだ」と仰います。ここでは、野口先生の教育哲学を3つに絞ってお話しします。

1.授業の存在意義とは?

授業は何のために存在するのでしょうか。
初めてこの言葉に出合ったとき、私は答えることができませんでした。今まで自分が、漫然と授業をしていたことに気がつきました。このように、問われなければ気づけないことって、たくさんあると思います。

野口先生はズバリ「学力形成のため」と仰います。楽しい授業、面白い授業、子どもが目を輝かせる授業、どれも魅力的に聞こえます。しかし、それらが「ただ楽しいだけ」「ただ面白いだけ」だったら教育的価値はあるでしょうか。
私も初任者のころ、ただ楽しいだけの授業という過ちを犯していました。楽しい授業を用意すると、子どもは授業にのめり込みます。そして「先生、今日の授業は楽しかった!」と言ってくれます。
それで教師は満足します。ですが、大切なのはそこではありません。その授業を通して、子どもにどのような力が身に付いたかが重要なのです。
私がやっていた楽しい授業というのは「活動あって学びなし」というものでした。そこに気がつくのに、数年かかりました。

授業において最も大切なのは「学力形成」させることなのです。野口先生は次のように仰います。
「教師は具体的な理想を持ち、医者のごとく子どもの現状に対する診察・診断をし、具体的な学力を事実として形成しなければならない」
この言葉に、プロフェッショナルとしての矜持を感じます。私もそのような教師になれるよう、日々学び続けています。

2.国語学力とは?

授業は「学力形成」が大切だと分かりました。でも、学力ってなんでしょうか。手元の辞書を引いてみると次のように記載があります。
「学習をして得た知識と能力」
まあ、確かにそうなのですが、これでは抽象的すぎますね。教師自身が具体的に分かっていないものを、子どもに形成することはできないと思います。だからこそ、教師が「学力とは何か」の答えを持っている必要があるのです。
ここでは、国語科における学力に絞って考えてみます。野口先生は国語学力は3つあると仰います。

①読字力(どくじりょく)
これは漢字を読む力です。漢字は書くことより、読むことの方が重要です。読むことができないと、文章から情報を得ることができません。まず漢字を読めるようにすることが、国語科の最重要課題です。

②語彙力(ごいりょく)
これは、多くの言葉を理解しているということです。人間は言葉でしか思考できません。より多くの言葉を知っていれば、知っているほど深い思考をすることができます。

③文脈力(ぶんみゃくりょく)
これは、文のつながりの関係を理解する力です。文は、それぞれ独立しているわけではありません。山脈のように連なり、意味をなしています。文と文を論理的に整合させることで、内容を理解することができます。

国語では、これらの学力を身につけさせる必要があります。もちろん、これだけ身につけさせれば良いというものではありません。しかし、国語学力の基礎基本となっているのは、この3つだと考えます。

3.学力が形成される授業とは?

学力が形成される授業が良い授業です。では、具体的にはどのようなことをすると、学力が形成されるのでしょうか。野口先生は「学力形成の六相」と名付け、6つに分類しています。

①情報・技術の入手、獲得がある授業
今までなかった新たなものを手に入れたり、身につけたりする授業です。例えば、読めなかった漢字が読めるようになるなどです。

②情報・技術の訂正、修正がある授業
間違いを訂正する授業です。例えば、子どもが書いている漢字に間違いがあったら、教師が訂正するなどです。

③情報・技術の深化、統合がある授業
理解をより深める授業です。例えば、「ごんぎつね」のごんが、なぜ栗を固めて置いたのか考え、議論するなどです。

④情報・技術の反復、定着がある授業
知識や技術を繰り返す授業です。例えば、新出漢字のテストを期間を空けて再度行うなどです。

⑤技術の上達、向上がある授業
子どもの知識、技能が高まっていく授業です。例えば、初めはつかえて読んでいた音読が、スラスラと読むことができるようになっていくなどです。

⑥情報・技術の活用、応用がある授業
知識を活用する授業です。例えば、説明文を書くときに双括型という知識を使って、文章を構成するなどです。

これらを行うことで、子どもの学力形成を連続的に保障することが指導であり、教育であり、授業であると野口先生は仰います。

野口芳宏という人間に魅了され・・・

野口先生は、多くの人々に愛され、敬われています。それは、野口先生が授業名人だからというわけではないように思います。
 野口先生の授業、教育哲学は素晴らしいです。しかし、多くの人は野口芳宏という人間に惚れ込んでいるのではないでしょうか。
野口先生は、謙虚で、勉強家で、大らかで、いつも笑顔です。年齢に関係なく、誰にでも平等に接しています。私は野口先生とは50歳以上も年齢が離れています。しかし、野口先生は「山本さんは、一緒に学ぶ仲間だよ」と言って下さいます。

野口先生とご一緒に、セミナーの参加することがあります。野口先生は、そのセミナーで呼ばれている講師です。にも関わらず、誰よりも多くメモをとり、何度も辞書を引き、積極的に学んでいます。
野口先生の学び続ける姿勢には、心から敬服します。もっと自分も勉強しなくてはと強く思います。
このようなお人柄や学びに向かう姿勢が、今でも多くの教師を魅了しているのだと思います。野口先生のお近くで学ぶことができるのを、本当に幸せに思います。

というわけで、今回は野口芳宏先生についてご紹介しました。これで、連載は終了となります。この連載が少しでもお役に立てたら、うれしいです。ここまでお読みいただき、有難うございました。

山本 裕貴(やまもと ゆうき)

木更津市立鎌足小学校
千葉大学大学院教育学研究科学校教育学専攻
木更津技法研所属

高校、特別支援学校、小学校算数専科を経て、現在小学校の学級担任をしています。
人を幸せにするには、どうすれば良いのか。たどり着いた答えが小学校の先生でした。
教育の根本・本質・原点を問い続けていきます。

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