2023.02.08
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先哲に学ぶ〜石井式漢字教育法〜 (5回)

石井式漢字教育法という優れた手法があります。野口芳宏先生をはじめ、多くの教育者たちに使われている手法です。その手法の開発者は、石井勲といいます。では一体、どのような人物だったのでしょうか。今回は石井勲に焦点をあててお話しします。

木更津市立鎌足小学校 山本 裕貴

【幼児期からの漢字教育】

石井勲を知っていますか。大東文化大学幼少教育研究所所長や日本漢字教育振興協會理事長などを務めた漢字教育の第一人者です。石井は幼児期の子どもが秘めている力に着目し、研究と実践を重ねてきました。そして幼児期には「言葉の教育」が最も重要であることを発見しました。

「幼児期の言語教育こそが人間の知能を決定する働きをし、能力を大きく飛躍させる鍵となる」

これは石井の言葉です。子どもの語彙を豊かにすることは、学力を形成する上で欠かせないものです。それを幼児期に行うことで、能力が高まると石井は強調しています。
特に漢字教育が重要だと、生涯に渡って主張しました。それは「石井式漢字教育法」と名付けられ、現在も多くの現場で活用されています。
では石井勲とは、どのような人物だったのでしょうか。

【教育実践を通して理論を作る】

石井は大正8年に山梨県で生まれます。そして現在の大東文化大学である大東文化学院に進学します。在学中に、ある授業を受けることで漢字に対する興味を高めたといいます。その授業とは、説文解字(せつもんかいじ)についての授業です。
説文解字とは、最古の部首別漢字字典です。漢字を540の部首に分けて、成り立ちなどを解説している書物です。確かに学生時代にこのような授業を受ければ、漢字に対する興味が生まれるのも納得です。

この時代は戦争の真っ只中です。卒業と同時に応召されて陸軍へ入営しましたが、すぐに敗戦を迎えます。その後、山梨の県立高等学校で教師となります。石井の教師人生の始まりです。
のちに山梨を離れ、東京都の中学校教師となります。このとき石井は、すでに幼少期の漢字教育への興味を抱いていました。小学校で働きたいと思った石井は小学校免許を取得します。そして、東京都の小学校で働き始めます。このときに漢字教育の実践を多く重ね、世の注目を集めることになります。

1960年には大東文化大学東洋研究所研究員となります。そこで有名な「新しい漢字教育の提案」を発表します。この漢字教育の実践は「石井漢字教育法」と呼ばれ、多くの教育現場で支持されるようになりました。
退職後も、石井式漢字教育法の普及を精力的に行いました。子どもの可能性を信じ、言語教育を行う石井の実践には、多くの教師が心動かされました。そして2004年に生涯の幕を閉じます。

石井勲といえば石井式漢字教育法です。では、どのような教育法なのでしょうか。

【漢字は平仮名より易しい】

石井は著書の中で石井式漢字教育法について次のように述べています。

「幼少期から楽しく漢字を学ぶことを通して、言葉の豊かさを身につけ、それによって子どもたちの自ら学び考える力を伸ばすことを目的としたもの」

つまり、漢字を学び、考える力を伸ばす教育法だということです。石井式漢字教育法では、子どもに対して「ひらがなより先に漢字を教える」ことをします。
これを聞くと「ひらがなでも覚えられないのに、漢字なんて早すぎる」と思う方もいるかもしれません。それに対して石井は次のように回答しています。

「確かに漢字は、ひらがなよりも複雑な形をしています。しかし、実際に試してみればわかることですが、その複雑さが学習のネックとなるのは、あくまでも書くことを前提とした場合であって、実は読みだけなら、形に特徴のある漢字の方がずっと覚えやすいのです」

書くのは、漢字の方が難しいです。しかし読むのは、漢字の方が簡単だと石井は主張します。この意見には非常に納得できます。
私たちが英単語を覚えるときを想像してください。文字数が多い単語、例えば「restaurant」などの方が覚えやすいのではないでしょうか。複雑であることは、それだけ情報量が多いということです。その分、記憶に残りやすいのです。

【最初から漢字で教える】

では、石井式漢字教育法はどのように行うのでしょうか。ポイントは大きく2つあります。

①平仮名の読み書きの延長として漢字を教えるのはなく、幼児に最初から漢字で教える
②幼児に漢字を書かせず、読めれば良しとする

石井式の最大の特徴は「漢字で教える」ということです。例えば「はと」は「鳩」というように平仮名よりも漢字を先に提示します。このときに、鳩の写真やイラストなども同時に示すことで、漢字の読みと意味が記憶されます。そして、次に漢字を見たときに、意味を思い浮かべることができます。
このとき、書くことは求めません。読めれば良いのです。漢字というのは、書けることよりも、読めることの方が遥かに重要です。私たち大人も「読めるけど書けない」漢字はたくさんあるのではないでしょうか。

このように石井式とは「漢字を教える」ではなく「漢字で教える」ものなのです。

【漢字板書法】

私の師である野口芳宏先生も、石井式漢字教育法を推奨しています。野口先生はそれを独自に改良し、漢字板書法という手法を使っています。
漢字板書法とは「教科書に平仮名で載っている言葉でも、板書するときは漢字で書く」というものです。例えば1年生の「おおきなかぶ」は「大きな蕪」というように板書します。
ただし、子どもには「先生は漢字で書くけど、ノートに写すときは平仮名でいいよ」と伝えます。あくまで読むことをメインとした板書法です。

これは、本当に効果があります。子どもたちの語彙力が増えるのはもちろん、漢字に対する意欲が高まります。
私の学級の子どもたちは、私が平仮名で書くと「先生、その言葉は漢字でどう書くのですか」と聞いてきます。子どもは、知的好奇心の塊です。教師がそれを喚起できるのが漢字板書法だと考えます。ぜひお試しください。

というわけで今回は「石井勲」についてお話ししました。少しでもみなさんのお役に立てたら嬉しいです。ここまでお読み頂き、有難うございました。

参考資料

山本 裕貴(やまもと ゆうき)

木更津市立鎌足小学校
千葉大学大学院教育学研究科学校教育学専攻
木更津技法研所属

高校、特別支援学校、小学校算数専科を経て、現在小学校の学級担任をしています。
人を幸せにするには、どうすれば良いのか。たどり着いた答えが小学校の先生でした。
教育の根本・本質・原点を問い続けていきます。

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