第6回 先哲に学ぶ〜倉沢栄吉と国語〜 (6回)
戦後日本の国語教育において、大きな影響を与えた人物がいます。それは倉沢栄吉という国語教育学者です。倉沢は長年、日本国語教育学会の会長を務め、国語教育の発展に尽力してきました。一体どのような人物だったのでしょうか。今回は倉沢栄吉についてお話しします。
木更津市立鎌足小学校 山本 裕貴
【戦後国語教育の立役者】
倉沢栄吉(くらさわえいきち)を知っていますか。日本の偉大な国語教育学者です。実践的な国語研究を生涯にわたって続け、我が国の国語教育に大きな影響を与えました。
国語授業で行う活動の中には、倉沢の研究がルーツとなるものがたくさんあります。私たち教師は、知らず知らずのうちに倉沢の影響を受けているのです。
では、倉沢とはどのような人物だったのでしょうか。
【実践を主体とした研究人生】
倉沢は1911年に栃木県で生まれました。東京文理科大学を卒業後、大学教員となります。千葉大学教育学部の前身である千葉師範学校に着任することになります。その後、東京都教育委員会の指導主事や文部省視学官などを務め、行政の立場から教育に貢献します。
1965年には、筑波大学の母体となった東京教育大学にて教鞭をとります。ここで定年退職を迎えますが、倉沢は研究を精力的に続けます。1976年に日本国語教育学会会長に就任し、国語教育の発展に尽力します。
その後も倉沢は、国語教育に関する論文などを書き続けます。1987年には「倉沢栄吉国語教育全集」を出版し、1991年には筑波大学で博士号を取得します。
晩年まで国語教育に情熱を注ぎ続け、2015年に103歳にて人生に幕を閉じます。
そんな倉沢は、どのような教育観を持っていたのでしょうか。
【すべては子どものために】
首藤(2010)は、倉沢国語教育論の特色を7つに分類しています。
(1)特定の主義への排他的狂信を嫌い、実践の立場から必要なことを行う
(2)教科を越えて、生活に役立つ国語力を育成する
(3)評価を重視する
(4)安易な学力低下論に乗せられない
(5)コミュニケーションを重視する
(6)子どもの発想を重視する
(7)理論の空中戦よりも実際の教育実践を大事にする
このことから倉沢は理論に偏らず、実践を大切にしていたことがわかります。そしてその実践は全て、子どもの成長のためのものです。倉沢の教師としてのポリシーが伝わってきます。
倉沢は、国語教育について実践をもとに幅広く研究をしていました。今回はその一部である語彙指導についてお話しします。
【語彙指導は、どうあるべきか】
倉沢は著書である「語句・語いの指導過程」の中で語彙指導について次のように述べています。
「我々の言語生活は、語句と対面しているのではなく、語彙を相手にしているのである」
語彙とは「語句の集団のこと」です。本書では父親という語句を例にして説明しています。
父親を表す語句はたくさんあります。父、とうちゃん、おやじ、おとうさんなどです。これらの語句の集団のことを倉沢は語彙と呼んでいます。
私たちは生活の中で、1つの語句だけ使うということはありません。つまり、語句ではなく、語彙を習得することが大切ということです。また倉沢は、次のように付け加えています。
「語彙指導は教科を超えた生涯学習でなければならない。(中略)語彙指導は、教科を超えた教育全般の中で行われるべきである」
全くもって同感です。語彙は国語科以外でも教える必要があります。私の師である野口芳宏先生は「チャンスを生かして、どんどん語彙を教えるべきだ」と主張しています。
どんな教育活動においても、チャンスを見つけて、できるだけ多くの語彙を教えるべきです。
【語彙指導のねらいとは】
倉沢は語彙指導のねらいを大きく3つのべています。
(1)語感指導による人間形成
文学作品を読むことによって、語句に出合います。読み手は、語句の語感からイメージして考えたり、感じたりします。こうした作用が人間形成につながります。
(2)生活語から専門語へと高める
子どもたちが持っている生活語を、専門的な言葉に高めることが語彙指導の役割です。例えば「走る速さ」は「速度」と表すことができます。このように言葉を高めることが大切です。
(3)生きた言葉として使うことができるようにする
言葉は状況や人によって、使われ方が違います。使う人によって言葉は生かされるのです。そこに言葉の本質があると倉沢は言います。
では、倉沢の語彙指導とはどのようなものだったのでしょうか。
【必ず実践を通して】
倉沢と共に研究していた団体に「青年国語研究会」というものがあります。そこで実践されていた語彙指導を3つ紹介します。
組み合わせゲーム
①漢字を提示する
原、島、川、場、飯、大、上、横、口、野、里、森、山、内、四、戸、神、中、米、元
②できるだけ多くの漢語をつくる
島内、山谷、原野、校内、山中
句読点はどこに
①例文を提示する
ここではきものをぬいでください。
②句点を打つ
ここで、はきものをぬいでください。
あいうえおのうたをつくろう
①五十音表を提示する
②同音で始まる言葉を集める
さるが さかだち さむらい さかみち
③連結させて意味を繋げる
さるが さかだち さしすせそ
さるは さむらい さしすせそ など
このような語彙指導をすることで、子どもの力を伸ばそうとしていたのです。これを見て、現在の小学校でも似たような活動をしていると思いませんか。私たちが国語授業に取り入れている活動の源流は、倉沢国語にあるのかもしれません。
というわけで今回は倉沢栄吉の語彙指導についてお話ししました。少しでもみなさんのお役に立てたら嬉しいです。ここまでお読みいただき有難うございました。
参考資料
- 語句・語いの指導過程〜言語事項の指導の実践〜倉沢栄吉/青年国語研究会編著 新光閣書店 1982年
- 倉澤栄吉国語教育論考察 首藤久義 千葉大学教育学部研究紀要第58巻 2010年
山本 裕貴(やまもと ゆうき)
木更津市立鎌足小学校
千葉大学大学院教育学研究科学校教育学専攻
木更津技法研所属
高校、特別支援学校、小学校算数専科を経て、現在小学校の学級担任をしています。
人を幸せにするには、どうすれば良いのか。たどり着いた答えが小学校の先生でした。
教育の根本・本質・原点を問い続けていきます。
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