2019.12.06
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子どもを動かす魔法の言葉(その3)

前回記事「『楽しかったです。また行きたいです。』って書いとけ!」に1000を超えるいいね!を頂き、恐縮しております。うろたえずに、平常心で、僭越ながらシリーズ第3弾をお届します。 先日は、東京都板橋区教育会教育相談部会で「子どもを動かす魔法の言葉」というタイトルのトークショップも開催し、区内小学校教員の皆さんと「魔法の言葉」を出しあい、共有しました。

東京都内公立学校教諭  カナダライアソン大学認定ファミリーライフエデュケーター(家族支援職)  特定非営利活動法人手をつなご(子育て支援NPO)理事 林 真未

教師をしていると、「せんせー、誰々さんから何々された―」という訴えや、子ども同士のトラブルの仲裁って、日常茶飯事ですよね。
今回は、そんな時に私が多用している、二つの魔法の言葉について解説します。

ちっぽけなことで怒りません!

子どもは日々、小さな心でいろいろなことを感じて生きています。いろいろな子どもたちとともに過ごす、学校という集団生活のなかでは、なおさらです。
そして子どもは、そんななかで、処理しきれない自分の憤りを、身近な大人である教師に切々と訴えます。

子どもの小さな心が痛みを感じているのだとしたら、教師であれば、どんな小さなことでも、そのひとつひとつに寄り添ってやるべきではないでしょうか。

……なんていうのは、ゲンバを知らないタワゴト!とまでは言いませんが……。

寄り添ってやるまでもない、些末な訴えっていうのも、驚くほど多いんですよね……。これは私の個人的な感覚かもしれませんが、

○○さん「せんせー、××くんが私の消しゴムを勝手に使いましたー」
私「××くん、そうなの?」
××くん「うん。自分のが見当たらなかったからちょっとだけ借りてすぐ返したよ」

なんていうケースは、「それ、先生にわざわざ言うこと?」と、つい思ってしまいます。

1日5時間分の授業の中身を30人の子どもたち全員に充分にいきわたるよう腐心し、休み時間は乞われて一緒に遊び、その合間をぬって、重めの訴えやトラブルの対処をし、その他手紙の配布収集等の雑用もあり……。

そのなかで、上記のような類の訴えひとつひとつに丁寧に耳を傾けていたら、時間がいくらあっても足りません。

そこで、これは丁寧に聞かなくても問題ないだろう、と判断した訴えに関しては、基本的に、私はこの魔法の言葉で返します。

「ちっぽけなことでは怒りません!どうせ怒るんだったら、世界に紛争がなくならないとか、今この瞬間にも辛い状況の人たちがたくさんいるとか、そういうことに怒りなさい!」

こういうと、子どもは、わかったようなわからないような顔で、でもなぜか、怒りは鎮めなくちゃいけないんだなということは納得して、すごすごと退散します。

これに気を良くした私は、自分でもこの魔法の言葉が気に入って、けっこうよく使っています。

ある日、また、同じような些末なことを訴えて来た子がいたので、さっそく私はこの魔法の言葉を語り始めました。

「あのね、そんなちっぽけなことで怒ってどうするの!そんなことより……」そこまで言いかけた途端、その男の子は私の言葉を遮ってこう続けました。

「わかったわかった。もういいよ。世界の紛争がなくならないこととかに怒れっていうんでしょう?もうわかってるから!」そう言って、颯爽と私の前から去っていきました。

その子は1年生でも担任していた私のクラス2年目のベテラン(?)ではありますが、それにしても、小学校2年生にしてこのセリフ……。

教師の教えって、こうまで浸透するもんなんですねえ。畏れを持って仕事をしなければと、ちょっと震えました。

「なんで」を使わないで言いましょう

気がついたら、個々の子ども同士のトラブル仲裁に、日々、かなりの時間を割いてはいませんか。

私が見ていないところでコトが起きた後に、お互いの言い分を聞いたところで、水掛け論になって泥沼化するばかり。正直、ウンザリです。

そこで編み出した方法がこれ。いわゆる「私メッセージ」の手法です。

子ども同士で話し合いをさせる時に、ただ放っておくと、100%に近い確率で「なんで××するの?」と、「なんで」を使って話を始めます。

すると、責められたほうは、「だって○○だから」と返し、責めているほうは、「でも」とまた言い返し、言い争いは止まりません。

けれどそこで、「なんで」を使わないというルールを敷いておき、「私・ぼくは、××されるのは嫌だったよ」という話型で話させると、話し合いはすぐに終了します。

こんな感じ。
「私は××されて嫌だったよ」
「わかった。……ごめん」

「なんで」と聞かれれば「だって」と言いわけの余地がありますが、「××が嫌だった」と事実を伝えられたら、謝るより仕方ない、というわけです。

もちろん、言われた方に正当な理由がある場合は、同じように「ぼくは○○と思ったんだよ」と言えばいいわけで。これならお互い責めあうことなく、双方の言い分に対して理解し合うことができます。

ただ、こんなにいつもスムーズにいくとは限りません。

言われたほうが、嫌なことをしたのを気づいていなかったり、あるいはわかっているのに謝りたくないから、「気づかなかった」と、とぼけたりすることもあります。

その場合は「気づかなかったけれど、そうだったらごめんね」という話型を教えます。たいていは、それなら言える。

それでも謝れない子の場合には、私は「まだ、あなたは謝るのが苦手なんだね」と言って無理強いしません。

「そのうち素直に謝れるようになろうね」と諭すにとどめ、訴えてきた子に「まだできないみたいだから、先生が代わりに謝るから、謝れなくても赦してあげよう」と言います。

そうすると、ぜったい謝らないと頑張っていた子でも、慌てて、ぶっきらぼうに「ごめんね!」と言います。

ごくたまーーに、それさえも言えない子はいます。そんな時には、相手の子に「謝るのできないみたいだから、今回は大目に見てあげて」と言い、その子に、「次は言えるようになろうね」と言って放免します。

その場で無理やり謝らせるより、相手の子にもその子にも「赦す」ことを体感させるほうが効果的と思い、そうしています。
実際、回を重ねるごとに、謝れなかった子も、少しずつ「ごめんね」が言えるようになっていきます。


もっといい方法があるかもしないですけど、私は今のところそんな感じでやっています。

イラスト 有田りりこ

林 真未(はやし まみ)

東京都内公立学校教諭
カナダライアソン大学認定ファミリーライフエデュケーター(家族支援職)
特定非営利活動法人手をつなご(子育て支援NPO)理事


家族(子育て)支援者と小学校教員をしています。両方の世界を知る身として、家族は学校を、学校は家族を、もっと理解しあえたらいい、と日々痛感しています。
著書『困ったらここへおいでよ。日常生活支援サポートハウスの奇跡』(東京シューレ出版)
『子どものやる気をどんどん引き出す!低学年担任のためのマジックフレーズ』(明治図書出版)
ブログ「家族支援と子育て支援」:https://flejapan.com/

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