2022.07.25
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デジタル・シティズンシップ教育のフロンティア New Education Expo 2022 リポート vol.8

6月2日~5日の3日間、東京・有明にて教育関係者向けのイベント「New Education Expo 2022」が開催され、約120のセミナーが行われた。ここでは、64日に実施されたセミナー「デジタル・シティズンシップ教育のフロンティア~学校と家庭で育むデジタルの善き使い手となるための学び~」を紹介したい。

デジタル・シティズンシップ教育のフロンティア
~学校と家庭で育むデジタルの善き使い手となるための学び~

法政大学 キャリアデザイン学部教授 坂本 旬 氏
岐阜聖徳学園大学 DX推進センター長 芳賀 高洋 氏
鳥取県教育委員会 講師/国際大学 GLOCOM客員研究員 今度 珠美 氏
立教大学大学院 人工知能科学研究科教授 村上 祐子 氏
名古屋市立大坪小学校 林 一真氏
吹田市立教育センター所長 草場 敦子 氏

【コーディネータ】
国際大学 GLOCOM准教授 豊福 晋平 氏

近年注目が高まる「デジタル・シティズンシップ」

「デジタル・シティズンシップ」とは、児童や生徒が主体となってデジタルの使い方を考える教育を指す。本セミナーでは、日本におけるデジタル・シティズンシップ教育の普及・定着を活動目的とする「日本デジタル・シティズンシップ教育研究会」のメンバーがパネリストとして登壇。それぞれの立場からデジタル・シティズンシップの重要性などが語られた。

国際大学 GLOCOM准教授 豊福 晋平 氏

セミナーの冒頭、コーディネータを務める、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)准授・豊福晋平氏は本セミナーの趣旨を明らかにした。

「GIGAスクール構想が進展する中で、ICTの創造的な利活用を阻害しないように、多様性に配慮した学びが求められています。そんな中、デジタル・シティズンシップは内閣府の会議でも取り上げられるなど、今注目を集めています。2019年に日本デジタル・シティズンシップ協会を設け、活動を進める中で、GIGAスクール構想とデジタル生活をどう馴染ませるべきかという問いも浮き彫りになりました。本日は学校と家庭に焦点を当て、デジタル・シティズンシップの展望をお話しいただければと思います」(豊福氏)

前半では、3名のパネリストから講話があった。

実際の教育においては、教師の指導観の転換もポイント

名古屋市立大坪小学校 林 一真 氏

まずは、日本デジタル・シティズンシップ教育委員会理事として、教材開発を担う林一真氏による講話が行われた。

「デジタル・シティズンシップ教材開発担当として、授業を行う教師がその本質を理解し、活用しやすい教材にすることを第一としている」と話す林氏。現場の教師に、デジタル・シティズンシップの本質を捉えた授業をしてもらえるように、教師や児童生徒がイメージしやすい言葉、端的に伝わる言葉にするように心掛けているという。かつて「アクティブ・ラーニング」が「主体的、対話的で深い学び」と日本語化されたように、デジタル・シティズンシップにおいても「テクノロジーの善き使い手となる学び」「情報社会を構築する善き市民となる学び」「自分だけではない公共の学び」ということをしっかり理解するべきと同氏は説明する。

「テクノロジーや情報を活かし、社会や生活をより良くする知識や能力を育成するには端末を安全に使うことは当然。その先の利活用を見据えたものがデジタル・シティズンシップになるのです。実際の教育にあたっては教師の指導観の転換も重要で、子どもたちが創造的に学べる環境づくりを行うことも不可欠です」(林氏)

テクノロジーの善き使い手となる学びには、大事なものが6個あるという。

  • テクノロジーの活用が前提であること
  • デメリット、危険などを強調しないこと
  • 立ち止まって、今の自分の気持ちやその原因を確認すること
  • 言葉の定義、テクノロジーの仕組みを理解すること
  • 悪いこと、トラブルがあるとするならば、なぜそうなるのか背景を分析し、どのような影響を未来に残すかを検討、整理すること
  • 子どもを信頼し、創造的な活動を阻害しないこと

デジタル・シティズンシップには、「落ち着いて内省する」「見通しを探求」「事実と根拠を探す」「対話を重ねながら可能な行動を検討」「行動を起こす」という5つの中核的資質が含まれる。この資質を発達させるためには最後の「行動を起こしたら終わり」ではなく、修正・改善しながら研鑽していくルーティーンが大事なポイントと同氏は語る。

教材の開発にあたっては、米国初のデジタル・シティズンシップ教材「コモンセンス・エデュケーション」を参考としたが、英語を日本語に訳した際、適切な言葉が見当たらず苦労したという。

全国に先駆けて、デジタル・シティズンシップ教育を展開

吹田市立教育センター所長 草場 敦子 氏

続いて吹田市立教育センター所長 草場敦子氏からの講話が行われた。同市は全国の自治体の中でも、デジタル・シティズンシップ教育の展開にいち早く取り組んだことで知られている。同市では過去にいじめ問題が生じたことにより、「すいたGRE・ENスクールプロジェクト」という取り組みを実施していた。これは子どもたちが不安な状況に直面した際に行うべき行動を学んでいくというプロジェクトだ。デジタル・シティズンシップを学校現場にスムーズに浸透できたのも、この活動を行っていたことが大きいと草場氏は話す。

また、GIGAスクール構想を見据えた「端末利活用研究会」「授業改善研究会」の立ち上げ、さら全教職員を対象とした研修の実施、パイロット校での研究などもデジタル・シティズンシップ教育を円滑に進める後押しになったという。

デジタル・シティズンシップ教育が本格スタートしてからは、以下の3ポイントを戦略とした。

  • 共通の軸足を明確にすること
  • 対話を大事にすること
  • 子どもをかこむ大人をいかに巻き込むか

校務分掌にデジタル・シティズンシップ推進担当者を位置付け、教育センターからは教材や指導案、ワークシートの提供を行った。ワークシートには「保護者の方からひと言」という欄を設けた。これは授業の学びを子どもから言語化して伝え、保護者が授業をどう価値付けるかを知るためだという。

「さらに9年間という義務教育の中で、きちんと学びを積み上げ、社会に出てもらうべく『吹田市版デジタル・シティズンシップ教育年間指導計画』を作成しました。今後さまざまな問題が発生することも予想されますが、トライ&エラーを繰り返しながら、また多くの方からのご意見を参考にしながら、アップデートを続けたいと考えます」(草場氏)

デジタル・シティズンシップの基本は「シティズンシップ」

立教大学大学院 人工知能科学研究科教授 村上 祐子 氏

次に、立教大学大学院 人工知能科学研究科教授 村上祐子氏による講話が実施された。同氏は立教大学をはじめさまざまな大学で、情報哲学、情報倫理、情報教育、情報学の歴史の授業を担当している。

「世界が変わり続ける今では、環境の変化に応じて私たちはコストを支払わなければならないと学生に日々伝えています。また、SDGs的な発想で情報教育や人工知能の利用を考えることも重要で、その一つとして位置付けられるのがデジタル・トランスフォーメーションです。ここでは安心して自分の意見を言える空間をつくることが肝心で、これにより子どもたちの言語能力も上がります。安全だからこそ学べ、さらにデジタル・シティズンシップにもつながってくるのです」(村上氏)

「自分が社会に安全に参加する」という気持ちがシティズンシップの基本であるが、それはデジタル・シティズンシップの根幹にあると同氏は語る。

「子どもへの支援で大事なのは、一人ひとりに必要な時間や道具を与え、環境を整備すること。つまり子どもが徳を備えた人間になることを応援するのが大人の務め。また、大人は自分が育った環境と子どもが生きる環境は異なることを認識する必要があります。自分の考えを子どもに押しつけずに、子どもを応援するべきですね。一方で大人同士でも話す機会をつくるのも不可欠。いずれにおいてもデジタル・シティズンシップの基本はシティズンシップ。デジタルというのはあくまでもその一環に過ぎません」(村上氏)

生活や公共性を意識するのも不可欠

後半は他3名の日本デジタル・シティズンシップ研究会メンバーも交え、これまでの活動から見えてきた問いに対し、さまざまな意見が述べられた。

「米国の教材『コモンセンス・エデュケーション』を翻訳する中、日本の学校の授業時間では時間が足りないと感じました。導入が長くなってしまったり、肝心の活動に時間が割けなかったり。また、視点をしっかり与える言葉の吟味でも苦労しましたね」(林氏)

鳥取県教育委員会 講師/国際大学 GLOCOM客員研究員 今度 珠美 氏

鳥取県教育委員会講師を務め、デジタル・シティズンシップ教材開発にも携わる、国際大学GLOCOM客員研究員の今度珠美氏は「情報モラル教育に17年近く携わり疑問点を抱くことも多々ありましたが、デジタル・シティズンシップ教材の作成を手がけたことで、さまざまな点がクリアになったと感じています。

デジタル・シティズンシップは子どもたちに新たな視点を投げかけ、彼ら自身で考えさせ、それぞれの答えを出していくという過程も面白いところです。私は年間150近くの学校を回っているため、子どもたちとの実践を重ねながら、さらに納得できるデジタル・シティズンシップ教材を作っていきたいと考えます」と述べた。

岐阜聖徳学園大学 DX推進センター長 芳賀 高洋氏

岐阜聖徳学園大学 デジタルトランスフォーメーション推進センター長の芳賀高洋氏は「当大学は岐阜市教育委員会とデジタル・シティズンシップ教育推進協定を結び、活動を続けています。2年前のiPad授与式では、使用上の注意喚起がメインで、 教育委員会がGIGAスクール構想の目的を学校に十分説明できていないという印象でした。そこから根本的に見直し、昨年度や今年度の授与式ではiPadの楽しい学び方や成果のビジョンを示すようにしました。それにより保護者の姿勢も前向きになるなど、周囲の反応も当初より大きく変化したのです。理想的な学びのためにも、今後も対話を意識すべきと考えます」とGIGA開きにおける重要性を語った。

法政大学 キャリアデザイン学部教授 坂本 旬 氏

法政大学 キャリアデザイン学部 教授坂本旬氏は「デジタル・シティズンシップ教育においては、授業と日常をセットにしなければいけないと考えます。本日ご紹介いただいた吹田市の取り組み成功の土台には、いじめ問題を契機として始めたソーシャルスキル教育があります。子どもたちがソーシャルスキルを習得していたからこそ、デジタル・シティズンシップもスムーズに浸透したといえます。つまり、デジタル・シティズンシップ普及のカギは子どもたちにソーシャルスキルを身につけさせられるかどうかということ。とはいえこれはリアルな場とは限りません。なぜなら小学生の4割はスマホを持っているわけですから、この時点で社会にデビューしていると言えます。この現実からしても、やはりソーシャルスキルが要になります。一方で大人のデジタル・シティズンシップ教育も必要となり、先生も保護者も子どもと同時に身につけていくことが大前提ですね」と語る。

最後には、「本日は、デジタル・シティズンシップの馴染ませ方を軸に皆さまからお話しいただきましたが、これは単体で捉えるのではなく、生活や公共性を意識するのも不可欠であることも、改めて認識できる機会となりました。吹田市の取り組みの通り、SDGsの発想と上手につなげることで、デジタル・シティズンシップはより重要な意味を持つことができると言えるでしょう」と豊福氏からの言葉でセミナーは締めくくられた。

記者の目

小学生でもSNSに本名で参加することが珍しくない昨今。デジタルの活用は学びに多大なメリットをもたらすものの、一方でリスクも大きいと言える。ソーシャル・メディア時代の今こそ、教育現場での情報教育は極めて重要であると感じた。デジタル・シティズンシップ教育の浸透により、子どもたちの意識がどのように変化していくのか、注目したい。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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