2001.11.25
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現代を生きる力「メディアリテラシー」 東京都立江東商業高等学校 近藤聡先生

言語技術を核にしてコミュニケーション学習に取り組んできた東京都立江東商業高等学校の近藤聡先生は、その重要な要素のひとつとして「メディアリテラシー」をとらえている。今回は9月30日(日)に一般社会人を生徒役にしておこなわれた、メディアリテラシーを高める模擬授業の様子を中心にレポートしよう

■ 1.はじめに-メディアリテラシーとは何か?

 リテラシーとは読み書き能力のことである。では、メディアリテラシーとは何か? 一般的には、テレビや新聞などのメディアからの情報をクリティカルに読みとり、またメディアを使って表現する能力をさす。情報吟味能力、情報読み書き能力、または情報活用能力などと訳されることもある。
 これまでのメディアリテラシー教育には、主に2つのアプローチがある。ひとつはメディアの発信する情報の分析(1)、もうひとつはメディアという枠組みを用いた作品制作(2)である。
 (1)の目的は、発信する側の意図や事情、制約条件などを知ることで、情報を「構成されたもの」として建設的に批判する力をつけることにある。
(2)の目的は、発信する側にたった疑似体験を通してメディアを研究する方向と、表現する力そのものを向上させる方向との2通りがある。

 近年、カナダ、イギリス、アメリカなどでのメディアリテラシー教育の取り組みが、日本でも数多く紹介されるようになった。(菅谷明子著「メディアリテラシー~世界の現場から~」(岩波新書 2000年)に詳しい。)
 日本でも、FCT(市民のテレビの会)によるワークショップをはじめ、日本民間放送連盟とテレビのキー局が教材にできる番組を1999年から本格的に合同制作したり、総務省による委託研究が2000年6月に完成したりと、メディアリテラシー教育に取り組める環境が次第に整いつつある。


■ 2.授業の目的とプラン、スキット1の教材

 近藤先生が、この授業で身につけて欲しいと考えたのは、「メディアからの情報を、メディアの伝え方に左右されずに、自己の評価基準で位置づけられる能力」。
  絶え間なく情報にさらされている現代では、メディアの伝えた情報を自分の中で位置づけるための能力が、読みとり能力としてきわめて重要である。たとえて言えば、ホームページを見て、構成や作成の仕方を批評できるのはもちろん、伝えているコンテンツ(内容)の価値を自分自身の評価基準でとらえ判断していく力が不可欠だと考えるからだ。

(1)授業の目的とプラン

 1)目的
   Ⅰ.社会事象の重要性を判断する「評価基準」を、一人一人が自覚し作り上げる。
   Ⅱ.評価基準を適用し、ナマの社会の現実について重要性を考える。

 2)授業プランは、段階的に学習できるよう3つのスキット(演習)設定。
 ※ スキット1:社会事象の重要性を考えるための評価基準を知る。
 ※ スキット2:ニュース・報道の伝え方を吟味し、編成の仕方を推測する。
 ※ スキット3:社会事象の重要性を考える。

 3)理解したことを文章で表現し、明確に言語化する。

(2)スキット1の教材

2000年12月31日(日)に放映した1つの局のテレビニュースをバラバラに組み替え、教材にした。

A インパク(インターネット博覧会)の開会式が首相官邸と沖縄を結んで開かれた。

B 国と地方の長期債務の残高が660兆円余りになる見通しで、財政再建にどう取り組むのか、政府は難しい対応を迫られる。

C 新成人は157万人で、7年連続して減少している。

D 北日本や日本海側で大雪になる見込み。

E 東京・世田谷で、4人家族が殺害される強盗殺人事件が起きた。

F KSDの小関前理事長が3億円の使途不明金を引き出していたことが、明らかになった。

(実際の放映の順序は、E→F→D→B→A→C。)

■ 3.9月30日の模擬授業のスキット1の様子

教材のテレビニュースを見せることからこの授業は始まった。
近藤先生が生徒役の参加者に指示した。
(1)各自が、重要性のランキングを考える

重要性が高いと自分が考える順番に並べなさい。

(2)他者のものさしを知る……他者の判断と比較する(その1)。
  隣り合う2人1組で考えた順序を説明し合った後、壇上で3人が意見を発表。

自分が考えたランキングと,その理由を説明しなさい。

 実際の授業での生徒の意見はこうだ。

【E→B→C→A→F→D】
  「まずEは、この中では最も生命に関わっている問題で、関心度もすごく高いと思う。また、現在の日本の世の中の危険な面を表していると思うので、一番最初にもってきました。
  次に『BとC』ですが、ともに日本の国民の大半に関わるので、Eに次いで重要だと考えました。二つとも長い年月をかけての難しい問題です。BとCは合わせて考えると、国の借金が大きくて、だけど払わなければならない私たち若い人が減ってるというので、重要度が増します。だいぶ前から話題になってなんとなくは知っていても、改めて一人520万円とわかり、しかも『少子化』で返す負担が増えると、ことの重大さを感じるのです。だから、『B→C』の順序にしました。
  次に、『D』は、特に社会への影響も、関心も低いし、知る必要は必ずしもってわけではないので、一番最後。
  『AとF』の順番を考えてみるとAは多大な費用をつぎ込んでまでやっているのに、あまりにも知られていない。将来の発展に関わるので知ってもらうべき。逆に関心は並々にある『F』だけど、特定の個人のことなので、どちらかといえばAを上にすべきだと思い、これにより、E→B→C→A→F→Dとなりました」。

  近藤先生は、この生徒は明確に順序を理由づけていると評価した。理由づけの観点は、多くの人に影響するか、社会の風潮との関連はどうか、長期の影響はあるか、世の中の関心度や必要性、政府のプロジェクトのコストと効果、など客観的な要素をもっている。そういう観点をもとに、自分なりの見方ができている。特に「BとCを長い年月をかけての難しい問題として、合わせて考える」というのは独自性が強くて面白いし、テレビ局の編集責任者以上の考えともいえる。他の生徒からも、特に社会正義を重視したり、自分個人の関心度を分析したりした、特徴のある意見も多く出された。

(3)番組の実際の放映と比較する……他者の判断と比較する(その2)
 一通りの発表がすんだ後、先生が実際の放映の順序を伝えた。テレビニュースは、テレビ局が重要と判断した項目から順に並べられる。ニュースの重要性について、局の判断と自己の判断を比較して、考えてみようというのだ。

重要性を考えるのに、次の2つの軸があったと思います。

 先生は、テレビ局は各項目をこうしたものさしで評価していたのではないかと説明した。

①社会性の高さ。 ②人々の関心の高さ。

(4)他者と、ものさしを戦わせる……他者の判断と比較する(その3)
 ここで先生から議論のポイントが示された。
  他者との差異を鮮明にする学習をして、自己の判断を一段と明確にしようというのだ。

考えどころは3点ありました。3つのポイントについて順に考え直します。

1 D大雪は、下位か上位か。

2 最重要項目はどれか。
  B長期債務残高か、Eの強盗殺人か。
  また、NHKはF「KSD」をBより上位にしたが、どう考えるか。

3 Aインパクは、下位か。

 参加者からは次のような意見があがった。独自性の強い意見がたいへんに多かった。

□「私が、ニュースで重要視するのは、気象情報。何を着て出かけるか、というところまでかかわりがある。日常では、政治や経済よりも、身近な影響がある。広く、人々の行動を規制したり、人命や流通にも影響する。特に年末・年始は行動を規定する」。

□「これから5年10年20年たってどうなるか長期の影響を考えた。自分たちが大人になっても問題なのはBとCだ。Fなど、他は、今だけで、忘れられてしまうのではないか」。

□「紛争や飢餓で、何万という人が世界中で亡くなっている。ところが、日本では、Eのような、身近な殺人事件の方を重大視する。確かに深刻な事件でも、いつもそれでは、世界や社会を見るバランスを欠いている」。

□「インパクは、関心をもつべきなのに関心が低いので重要視すべきだ。自分は、開催を非難する立場。膨大な税金を使いながら、こんなことをやっても、ITは普及しないのに、無駄遣い。重要視して、問題を共有する必要がある」。

  近藤先生は、独自な意見が多かったことから、学習の目的がかなり達成できたと考えている。スキット1では、社会事象を位置づける学習が、【他者の判断と比較する─自己の判断を言語化する】という繰り返しで進んでいく。繰り返し考え、最後に他者と自己の差異をより明確にしたために、自分なりの見方がはっきりした言葉になったのだという。


■ 今後に向けて

 近藤先生は、この授業のプランは、ほぼ完成に近づいたと考えている。メディアが伝える社会事象に対する判断力をつけることはできるようになった。今後は、様々な社会事象を教材にして、事例を増やしていくという。
  先生は、(1)他の側面のメディアリテラシーを高める授業計画と、(2)メディアリテラシーを含めたコミュニケーション学習全体の構想を、次のように話してくれた。

  (1)発信者としての学習

  先生の協力者に、U.S.JAPAN Business News紙がある。BN紙は、在米の日本人、日系人向けのアメリカの新聞である。先生は、BN紙をはじめとしたアメリカの地方新聞社と提携して、高校生が特派員になって記事を書く授業を計画している。優れた記事は実際に掲載する。授業は、海外の新聞、日本人向けの海外の新聞、日本の新聞の比較から始める。学習内容は、①読者の関心を分析する、②記事が社会に与える影響を分析する、③取材から編集の課程での情報発信の仕方を知る、という3点を想定している。

 (2)コミュニケーション学習全体の構想

 先生が生徒に身につけてほしいのは、「人と接し、集団や組織の中で生き、社会で生き抜くために役立つコミュニケーションの力」だという。この力が複雑な現代を生きるのに必要であり、この力を教育するのが教師の役目だと考えているという。先生は、明確な技能として学習できるプログラムを開発中だ。もちろん、メディアリテラシーのスキルを身につけてコミュニケーションできる力をつけるのも、その一環。先生にとっては、人間が理解し表現する学習は、すべてがコミュニケーションに資する学習なのである。プログラムは、論理を聞き取る、感情を受けとめる、論理的なプレゼンテーションをする、感情をアサーティブに表出する、論理的な文章訓練をする、反論を核にした議論教育などでできているとのこと。今後も、このプログラム全体を研究し完成をめざしてしていくそうだ。

※2月と6月に生徒におこなった、実際の授業の詳細な記録は、近藤先生が「月刊国語教育」(東京法令出版)2001.10.~2002.3.に連載中です。ぜひご参照ください。

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