ショッピングサイトのプログラミングで伝える情報社会の光と影(前編) 一関市立萩荘中学校「双方向プログラミング」授業リポート

2017(平成29)年告示の学習指導要領で、中学校の技術・家庭(技術分野)も生徒の「主体的な問題解決」に重きを置いた内容に刷新され、新たに「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミング」が追加された。AIの普及やビッグデータの活用など、めまぐるしく変化する情報社会において、技術教育の重要性は増すばかりだが、教育現場は構造的な技術科教員不足に苦しんでおり、各校で模索が続いている。
今回は、技術の教科書・指導資料執筆者であり、長年デジタル教材の開発にも取り組んできた、元校長で岩手県一関市教育委員会ICT指導員の奥田昌夫氏が同市立萩荘中学校で行ったプログラミングの授業を紹介する。ユニークな教材を使った楽しい授業には、情報社会の荒波を生きる生徒たちへのメッセージがいくつも込められていた。
【授業概要】
学年・教科:中学校3年 技術・家庭科(技術分野)
単元:ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミング
学習のねらい:ショッピングサイトのしくみを考えながらプログラムを作る
授業者:一関市教育委員会ICT指導員 奥田 昌夫氏
操作の前に学習目標を丁寧に共有

奥田氏の授業は軽妙で流れるような、それでいて親しみやすい口調で展開される。だが、いきなりプログラミングを始めることはしない。生徒たちとコミュニケーションを交わしながら、学習の目標を丁寧に伝えていく。
冒頭、「(保護者と一緒に)ネットショッピングをしたことがある人?」と呼びかけると、25人の生徒のうちほとんどが手を挙げた。
次に「ショッピングサイトで注意すべきこと、やってはいけないことは?」と投げかける。生徒からは「詐欺」「ぼったくり」「安すぎる商品」「嘘の口コミ」などがすらすらと挙がってきた。日常にネットショッピングが定着して久しい今、生徒たちも誰に教わるでもなく、注意するポイントを理解しているかのように見える。
買い物での注意点に続いて、話題はアルバイトに移った。
「皆さんの中には、中学を卒業してアルバイトを始める人もいると思います。岩手県では、1時間働くと今は1000円くらいもらえるはずですね。」
一見すると雑談のように思える投げかけである。実は学習のねらいと密接に結びついてくるのだが、明らかになるのは授業の後半になってからである。
シンプルな操作と実在の商品で楽しくサイト作り
いよいよ、実際にショッピングサイトを作り始める。
使用するのは、奥田氏自ら開発した教材「ショッピングモール特設サイトを作ろう」。初めてのアルバイト先で特設サイト作りを任されたというストーリーのもと、文房具、スポーツ用品、スナック菓子などのショップを作っていく。登場するのは全て実在の商品で、コクヨ㈱、ミズノ㈱、カルビー㈱、㈱オヤマ、アイリスオーヤマ㈱の5社から商品画像などの使用許諾を得ている。生徒たちはアルバイト店員になりきって、店の名前を決め、どんな商品を扱うかを自分でアレンジすることができる。
プログラミングの操作は、画面左側に表示される「商品名」「買い物かご」などのブロックを中央にドラッグしてつなげ「実行」していく、至ってシンプルなものだ。コードの入力は求められない。シンプルな操作の積み重ねで、商品名や画像、金額、購入点数の表示画面や、ショッピングカート画面を作ることができる。
前時にSNSを作った生徒たちは、つまずくことなく、どの商品を扱うか迷いながら楽しそうにプログラムを作っていく。購入個数を制限するプログラムの設定もお手の物の様子。ほんの数分で、オリジナルのショッピングサイトを完成させていた。
授業はショッピングサイトを作って終わり、ではない。実際に買い物を体験して使い心地を確かめるのも大切である。生徒はクラスメイトの作った店にアクセスし、思い思いに買い物の疑似体験を始めた。限られた時間の中で、高額なスポーツ用品をまとめ買いする生徒もいれば、熟考して文房具を買う生徒もいる。今回は本当に散財する心配こそないが、買い物の仕方に生徒それぞれの性格も表れそうだ。
プログラミング「だけじゃない」学習の仕掛けが随所に
5分ほどの買い物体験の後、売上ランキングが個数別・金額別・商品別で発表された。店名だけでは誰が作った店か分からない。一見して、目を引くネーミングをした店がおのずと上位を占めた。金額別で1位を獲得したのは「宇宙一のスポーツ店」で、60万円近くを売り上げていた。なお、商品別で最も購入されていたのは「コンソメパンチ」で、地元・一関市の企業の唐揚げも上位に食い込んだ。
奥田氏は、生徒たちの考えた店名の中で、上位につけていた店のひとつに「おおっ」と感嘆の声を上げた。店の名前は「青が好きな人のための文具店」。アクセスしてみるとその名の通り、商品は青色の文房具で統一されていた。「素晴らしいセンスだね!」と奥田氏は称える。生徒たちも、ネーミングやコンセプトを考える大切さに気づいたことだろう。
ランキングの発表はこれだけでは終わらない。続いて発表されたのは、生徒一人当たりの購入金額ランキングである。先ほどスポーツ用品をまとめ買いしていた生徒だろうか、1位の生徒は50万円、2位の生徒は29万円購入していた。そして金額の横には、時給961円で1日8時間働いた場合に換算したときの労働日数が表示され、生徒たちは驚きの声を上げた。1位の生徒がわずか5分で使った金額に対して表示されていた日数は、なんと65日2時間である。
高額な買い物も短時間で気軽にできてしまうのが、ショッピングサイトの便利さでもあり恐ろしさでもある。「1000円の物を買うには、1時間は働かないといけない。短い時間でこんなに一気に使ってしまうのは、ちょっとまずいよね」と奥田氏は諭した。
追加したい機能を考えさせ、技術の無限の可能性を伝える
授業終盤、奥田氏は「さらに付け加えたい機能」はないか、問いかけた。ショッピングサイトを自分の手で作成し、買い物をしてみたからこそ、普段使っている便利なサイトとの違いが見えてくる。奥田氏からは「ヒント」として、異なるサイト間で価格を比較する機能はどうかと提案したが、生徒たちにはどうもピンと来なかった様子。テレビCMでおなじみの比較サイトの具体例も示したが、かえって「中学生はテレビをほとんど見ていない」ことを実感させられる結果となった。代わりに生徒たちからは「商品を紹介するショート動画」「商品を3Dで表示させる」「口コミ」「値下げ交渉できる」「1日以内に商品が届く」などの案が集まった。どれも大手ショッピングサイトやフリマアプリなどで実装されている機能だ。
奥田氏はそれぞれのアイデアにうなずきながら、「技術には、答えがない。これが正解だってことはありません。正解は自分たちで見つけていくものだから、面白いんだよ」。
その上で奥田氏は、別の自作の教材を使い、AR(拡張現実)で「魔法の杖」を表示させながら生徒たちに「コンピュータには無限の力があります。みんなが付け加えたいと思った機能もプログラムで作れる。魔法使いになれるんです」と語りかけた。
後編では、教員としての業務と精力的な教材アプリ開発をどのように両立してきたのか、そして中学校の技術・家庭科(技術分野)で教える内容の変更・拡大に対し、これまでどのように取り組んできたのかなどをインタビューで深掘りする。
取材・文・写真:学びの場.com編集部
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