2022.06.20
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

「一人一人の子供を主語」にする学びとは? New Education Expo 2022 リポート vol.3

昨年1月に中央教育審議会(以下、中教審)が答申した「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」では、その冒頭で「一人一人の子供を主語にする学校教育」を目指すべきと、強調されている。「一人一人の子供を主語にする」とは、いったいどういうことなのか。その答えを探して来場した先生方に、教職員支援機構の理事長である荒瀬克己先生が解説した。

「令和の日本型学校教育」のめざすもの~一人ひとりの子どもを主語にするには~
独立行政法人教職員支援機構 理事長/中央教育審議会 副会長 荒瀬克己氏

一人一人の子供を大切にする。この理念は今も変わらない。

独立行政法人教職員支援機構 理事長/中央教育審議会 副会長 荒瀬 克己氏

「個別最適な学び」「協働的な学び」、そして「一人一人の子供を主語にした学び」──。中教審が昨年1月に答申した『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す, 個別最適な学びと,協働的な学びの実現~』に登場したこれらキーワードが、今、先生方の注目を集めている。具体的に何をすればよいのか。その解釈や実践をめぐって、盛んに議論され始めている。

「この答申は、新学習指導要領の『取扱説明書』のようなもの。書いてある内容そのものは、今までと大きく変わりません。『一人一人の子供を大切にする』という理念は、昔も、これからも不変です。ただし、今までは『指導者の視点』で考えていた学校教育を、これからはもっと『学習者の視点』で考えようと強調されている。これが大きな変化です」と、教職員支援機構理事長を務める荒瀬克己先生は話し始めた。荒瀬先生は長年公立高校で学校長を務め、子供たち一人一人の個性を伸ばすその指導は、テレビ番組でも特集された。教育の”プロフェッショナル”だ。

「キャリア教育」は「キャリア発達を促す教育」だと、荒瀬先生は言う。2011年1月の中教審答申からの引用だ。2016年12月の答申では、「社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程を、キャリア発達としている」とある。「職業教育」が、「職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度を育てる教育」であるのに対し、「キャリア教育」はもっと広く、一人一人の生き方や在り方に関わる。

「人は、生きていく中でさまざまな役割を果たしながら、自らの役割の価値を見出し、自分らしい生き方を実現していく。いわば、それぞれの『人格の完成』を目指すのがキャリア教育。一人一人が主語です」と、荒瀬先生は強調する。

「進路指導」も同じだ。「進学先や就職先を、先生が、見つけてあげる」のが、いい進路指導ではない。2016年の中教審答申には、次のように書かれている。「生徒が自ら、将来の進路を選択・計画し、就職又は進学をして、更にその後の生活によりよく適応し、能力を伸長するように、教員が組織的・継続的に指導・援助する過程」。「生徒」・「教員」という二つの主語に着目する必要がある。

子供に「自己肯定感」を育むことが学習意欲を引き出す。

学習指導要領の前文には、「教育課程」について、次のように示されている。

「一人一人の生徒が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。このために必要な教育の在り方を具体化するのが,各学校において教育の内容等を組織的かつ計画的に組み立てた教育課程である」。学ぶことを通して、「自分のよさや可能性を認識する」ことが教育課程の機能であるはずだと、荒瀬先生は指摘する。言葉を換えれば、「自己肯定感」。自己を肯定できてこそ、他者を尊重したり、協働したり、豊かな人生を切り拓くことができて、持続可能な社会につながる。ウェルビーイングということだろう。

しかし外国に比べて日本の子供たちは、この「自己肯定感」が低いことが、各種調査で明らかになっている。どうすれば、この「自己肯定感」を育むことができるのか。先生の「評価」が鍵を握っていると、荒瀬先生は注意を促した。

「多感な子供たちは、常に自問自答しています。自分には何ができるのか、何かの役に立っているのか、果たしてここにいていいのか、と、煩悶しています。

そこで、周囲のおとな、とりわけ先生が気づかせてあげてほしい。あなたは大切な一人だよ。今の自分がすべてではない、なぜなら人間は学ぶことで成長するのだから。目の前の世界がすべてではない、あなたが少し動けば世界も変わるんだ。そういったことを、先生が気づかせてあげることができれば。それが『評価』ではないでしょうか。

今高校では、観点別学習評価が、先生方の重要関心事になっていますが、私が言っている『評価』は、先生方の普段の言動も含めたものです。先生が一人一人の存在を受容していくことで、自己肯定感が育まれていくのではないでしょうか」

「探究的な学び」で、子供の持つ根源的な学びの意欲を引き出そう。

「一人一人の子供を主語にする」大切さはよくわかっていても、子供の「やる気」や「主体性」を引き出すのに苦労している先生は多い。「でも、元々人間は、学ぶ意欲を持って、産まれてくるのです」と、荒瀬先生は語りかけた。

たとえば赤ちゃんは、動くモノを目で追う。なんでも口に入れてみる。言葉が喋れるようになると、「なに、なぜ、どうして?」が口癖の、質問魔となる。自分が生きているこの世界を、もっと知りたい。そんな好奇心が、子供を突き動かしている。

「なのに学年が上がっていくにつれ、そうした姿がだんだんと失われていく。子供の好奇心を満たす学びを、学校がもっと提供する必要があるのでしょう」

その一つが、「探究的な学び」だ。一人一人が自分の興味関心を追究できる「探究的な学び」が、子供の好奇心を刺激し、主体性を伸ばし、そして学びを深めていくのだ。しかも、探究を通して、子供たちは学び方を身に付けていく。それが、未知のものや状況に対して、自分の解を求め続ける力を養う。

最後に、荒瀬先生は先生たちにメッセージを送った。

「『主体的・対話的で深い学び』は、子供だけでなく、先生にとっても極めて重要です。子供一人一人を主語にした学びを実現するために、先生も一人一人が主語になって学びましょう。個人でも、校内研修という形での協働においても」

記者の目

公立高校の学校長として、自ら学ぶ子供たちを育ててきた、荒瀬先生。その理念はとてもシンプルかつ、普遍的なものだった。子供に自己肯定感を育み、一人一人を主体的な学習者へと育てていく。そのための支援を、先生が行う。先生方は今、「個別最適な学び」や「協働的な学び」といったキーワードに戸惑っているが、荒瀬先生がおっしゃったような普遍的な理念に軸足を置けば、迷いは雲散霧消し、進むべき道が見えてくるのではないだろうか。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop