2022.07.11
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自然災害をテーマにした理科の学習とSTEAM教育 New Education Expo 2022 リポート vol.6

未来の教育を考えるNew Education Expo2022 東京。vol.6では、理科をはじめとする各教科や、教科横断的なSTEAM教育において、自然災害や防災学習をどう取り扱うかを考えるセミナーの様子をリポートする。自然災害に関わるプログラミング学習や、体系的な防災教育カリキュラムに基づく実践も交えながら、試行錯誤する教育現場の疑問に答える。

理科で自然災害をどう取り扱うか
〜持続可能な社会とカリキュラムマネジメントの観点を踏まえて〜

【コーディネーター(基調報告)】
滋賀大学大学院 教育学研究科教授……藤岡 達也 氏
【パネリスト(実践報告)】
京都ノートルダム女子大学 現代人間学部講師……佐藤 真太郎 氏
仙台市立七郷小学校教諭……齋藤 由美子 氏

STEAM教育が可能にする効果的な防災教育

滋賀大学大学院 教育学研究科教授 藤岡 達也 氏

最初に、理科教育、環境教育、防災・減災教育を専門に第一線で活躍する滋賀大学大学院教授の藤岡達也氏が登壇した。

デジタル化が進んだ新しい社会「Society 5.0」で求められるのは、今までにない新しい価値を生み出せる人材。変化が激しく、将来の予測が困難な今の時代においては、防災・減災対策、環境問題、資源・エネルギー問題、少子化対策、地方創生といった明確な答えのない課題や、過去の知識と経験だけでは解決できない課題に対応できる人材も必要とされている。そうした人材を育成するために、昨今、国を挙げて推進しているのが、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の教育分野を統合した教科横断的な教育手法である「STEAM教育」だ。

しかし、日本では STEAM教育の Art の内容をどう解釈するかが様々に議論され、現場の混乱を招きがちであるとの指摘もある。藤岡氏は、「科学と技術にSociety(社会)を加えた『STS教育』を再構築したものと考えると理解しやすいのではないでしょうか」と指摘。また、STEAM教育の視点がよく表れた例として、先進的な理数教育を実施するスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の各校の取り組みが参考になるとした。

東日本大震災で多くの犠牲者を出した惨事を繰り返さないために、最近では地域防災をテーマとしたSTEAM教育の授業を行っている学校も少なくない。このように、「STEAM教育では学校行事も含め、各教科の自然災害に関する知識、地域の学び、避難ルートなどが融合した防災教育の実現が期待できます」と藤岡氏は語る。

また、藤岡氏は防災教育を含むSTEAM教育の学び方についても言及。様々なデータを目的に合わせて加工・処理して情報を作り、それをいろいろな観点から見て、そのまま使える場合は伝達、そうでない場合はデータに戻って再考する。これがSTEAM教育の学びで、データサイエンスやプログラミングは、この一連の取り組みに含まれる。「こうした問題解決的・探究的な学びにおいては、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)からなるPDCAサイクルより、Observe(観察・状況把握)、Orient(情勢への適応・行動の方向づけ)、Decide(意思決定)、Act(行動)を繰り返すOODAサイクル(ループ)の方が効果的な場合もあります」と指摘した。

教育現場においては、国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)が掲げる様々な社会課題を解決する担い手を育むESD(持続可能な開発のための教育)の取り組みが、今後ますます重要になる。藤岡氏はノーベル化学賞を受賞した科学者・野依良治氏の言葉を引用して、科学者や教師には「強い地頭」と「自問自答、自学自習ができること」、それに「感性と好奇心」が不可欠であるとし、「それらがSTEAM教育において発揮されることを期待したい」と述べた。

自然災害と防災教育に関する2つの実践報告

防災教育におけるSTEAM教育の展開

〜レゴ教材を用いたプログラミング学習とその効果〜

京都ノートルダム女子大学 現代人間学部講師 佐藤 真太郎 氏

京都ノートルダム女子大学講師の佐藤真太郎氏は、防災教育におけるSTEAM教育の展開として、レゴ教材を用いた自然災害に関わるプログラミング学習の実践について報告した。

STEAM教育の教科・領域を統合するアプローチの手法はいくつかあるが、現在の教育課程に最も適応しやすいとの考えから、今回の授業の学習計画では各教科とテーマをつなげる手法を採用。テーマには令和元年東日本台風時の岩淵水門(東京都北区)を取り上げ、荒川の洪水時に水門を閉鎖し、隅田川の水位上昇を防いだ実際の場面を設定した。プログラミング教材には「レゴWeDo2.0」のソフトウェアと連動した「災害学習セットLT」(株式会社ナリカ)を使用し、センサーを使って「荒川の水が流入して隅田川の堤防を越水しないように水門を自動で閉じる」という目標を設定した。

また、防災教育とSTEAMの各構成要素を改めて定義。解釈に幅のあるArtsは「児童同士の協働の過程で行う対話的な活動、災害を防止するシステムのデザイン」とし、STEAMに含まない基礎的な技能・知識をBasics とした。

カリキュラム・マネジメントを通した学習計画としては、全12時間をBasics、Science、Technology、Mathematics、Engineering に振り分け、Bでは水門の役割の理解、Tでは水位の上昇を感知して自動で水門を閉じるセンサーの知識などを、総合的な学習の時間を使って学習。Sでは水門の開閉が水位に与える影響などについての実験、Eでは安全に水門を開閉するプログラミングなどを、小学5年生理科「流れる水のはたらきと土地の変化」の学習で行った。Mでは、主に令和元年東日本台風時の荒川と隅田川の水位を表したグラフの読み取りを、小学4年生算数「折れ線グラフとその用い方を理解すること」の復習として実施した。

このレゴ教材を用いたプログラミング教育の効果は、授業中の子どもたちの様子から見て取れる。「例えば、Eの活動での『実際に水面が上がってくる速さを考えよう』という発言からは、Sで行った『流れる水の働き』の知識や、Mでのグラフの読み取りを基にして、Eで行うセンサーを用いたプログラミングに自分の考えを反映させているということがわかります。なお、ここでの活動にはAの要素も含まれており、それがS、T、E、Mを支持しているといえます」と佐藤氏。また、Eにおける問題解決の場面では、Mの知識に基づいて論理的に考えたり、正しいかどうかを振り返ったりする批判的思考力を活用していることも見て取れた。

「今回の検証で、STEAMのそれぞれの領域が連動していることがわかりました。STEAM教育は防災・減災システム全体を理解できる総合的な教育としての可能性が高いと考えます」

防災教育カリキュラムの構築

~七郷小「防災・安全の学習」の実践~

仙台市立七郷小学校教諭 齋藤 由美子 氏

続いて、仙台市立七郷小学校教諭の齋藤由美子氏より、同校の防災教育カリキュラムや防災学習についての実践報告が行われた。同校は東日本大震災で津波の被害は免れたものの、校舎に大きな被害を受け、その後、同校より沿岸にあった旧仙台市立荒浜小学校を統合したという背景をもつ。

防災教育は「暗い」「こわい」というマイナスのイメージをもたれがちだが、同校では児童が夢や希望をもてる防災教育を目指しているのが特徴だ。育てたい資質・能力を「自助と共助の意識をもって行動していく力」とし、災害についての理解を図り、自らの安全を確保する能力とともに、他者や地域の安全に役立とうとする態度を養うことを目標としている。

学習内容は、学習指導要領の各教科・領域に含まれる防災関連の内容などを、発達段階に応じて深い内容となるよう体系化。単発の授業ではなく、単元としてまとまりをもたせているのも特徴で、 理科をはじめ各教科・領域で実践している。

今の児童にとって震災は遠い昔の出来事となっているため、カリキュラム作成では自分事として考えを深められるような工夫を行っている。その1つが、児童が感情移入しやすい題材や夢中になれる教材の開発。例えば、被災した市内の動物園の話を取り上げた2年生の学習では、当時、動物園に支援物資として全国から届けられた応援メッセージの書かれたエサ袋を借用。4年生の地域の地震の備えについての学習では、津波による浸水の高さを示す「津波浸水表示」を教室などに貼り、その高さを体感した。このほか、5年生理科の「天気の変化、台風」の単元では防災アドバイザーをゲストに招いて風水害から身を守る学習につなげたり、6年生国語の「防災ポスターを作ろう」という単元では5年生で見学した荒浜小学校のことを伝えるポスター作りに取り組んだりしている。この学習では自ら英語でのポスター作りに挑戦したグループもあるそうで、「児童の学びたい、身につけたいという気持ちを高めることで、一生涯役立つ知識・技能になる」と齋藤氏は語る。

同校の防災教育の要ともいえる、荒浜の思いを受け継ぐ活動も重視している。例えば、6年生では以前荒浜に住んでいた方から当時の様子を聞いたり、震災後に整備された海岸公園の防災上の工夫を調べたりする活動を基に、未来のまちづくり活動を実施。ユニバーサル、サステナブル、セーフティ、コミュニティデザインの視点を加え、各教科で学んだSDGsの要素も取り入れて、荒浜の魅力を伝えるためにやってみたいことをまちの模型で表現し、被災した方を含む地域の方々へ発表している。

「震災当時の話を聞くことは、災害についての知識や技能を身につける動機づけになっています。また、児童が荒浜の未来を思い描き、その魅力や思い出を伝えていこうという姿勢は、被災した方々を勇気づけていると感じます。震災の教訓を活かしながら、これからも夢や希望いっぱいの防災教育を行っていきたいと思います」

最後に、藤岡氏が再び登壇。「佐藤先生は、曖昧になりがちなSTEAMの各領域の定義を明確にし、ICT教材を活用した実践を通して子ども達が能動的に学ぶ姿勢をも育んでいました。また、齋藤先生が発表した防災学習の実践例は、そのままSTEAM教育の1つの事例として捉えられると思います」とコメントした。

記者の目

本セミナーでの藤岡氏の講演や佐藤・齋藤両氏の実践報告は、STEAM教育の各領域の捉え方、効果的なICT活用、教育目標を具現化したカリキュラム・マネジメント、児童の主体性を引き出す教材開発、SDGsの視点の取り入れ方など、様々な示唆に満ちている。自然災害に限らず、他の社会問題を取り扱う際にも、大いに参考になると感じた。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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