2022.08.29
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自らが考えた「問い」を切り口として学びを深める(後編) 自ら学びたい、調べたいと思える授業づくり

前編では、デジタルホワイトボード「Google Jamboard」を活用した地理の授業の様子をリポートした。後編では、授業者の高橋英路教諭にアクティブ・ラーニング実現のために工夫している点やJamboardなどのICTの活用法、定時制高校での授業づくり、「地理総合」「地理探究」と科目名が変わった高校地理に関するアドバイスなどについて伺った。

学ぶ必然性を高める

―今回拝見した授業は、ヨーロッパに関する単元でした。今回の単元構成について工夫した点を教えてください。

高橋英路教諭(以下、高橋) ヨーロッパに限らず、地理の授業には、大きく分けて「静態地誌」と「動態地誌」という学習法があります。静態地誌では、まず初めに自然環境です、次は農業についてやります、と網羅していくやり方をとります。系統的に網羅していきますから、漏れは無いのですけれど、どうしても興味・関心を持ちづらい面があるといえます。そうすると、「なんで今日、こういう順番で勉強するんだろう?」ということの意味や必然性がわからないことも多くなると思います。

一方、「動態地誌」では、あるひとつの面を切り口に、問いを立てて学びを深めていきます。たとえば「EU(ヨーロッパ連合)はなぜまとまる必要があったのか?」という点を切り口にし、そこからヨーロッパの地理の学習に入っていきます。「なぜ必要なんだろう?」という問いについて学ぶ過程で、地形や気候について学んでいくというのが動態地誌です。

自分の中から出発した「なぜ?」という疑問からスタートしますから「学ぶ必然性」が生まれやすいのではないかと思います。教科書にも問いは載っていますが、できれば生徒一人ひとりに自ら問いを立てていってもらいたいというねらいがあります。

たとえば、今日の授業に関して言えば、建築物について考えてみる機会がありました。「教会はプロテスタントとカトリックで建物の造りに違いがあるんだな」ということまで調べてもらうと、建造物に関することのみならず、あわせて宗教についても学ぶことができます。生徒が自ら出した問いを出発点として学びを深めるとともに、学ぶ必然性を高めたいというのが工夫した点です。

―生徒の反応や効果は想定通りでしたか?

高橋 自グループ内だけでなく、他グループとの間でも交流しながら「ここはこういうことなんだよ」「へえ、そうなんだ」といった自然なやりとりも見られました。これは大変良かったポイントですね。「Aグループはたくさん出るけれど、Bグループではほとんど出ない」といったことは少なく、すべてのグループで満遍なく意見が出ていたのは良かったと思います。

―アクティブ・ラーニングの実現のため、授業デザインをどのように変更していきましたか?

高橋 「自ら学びたい、調べたいと思える授業にする」というのが工夫している点です。まず自分でやりたい!調べたい!と思わないと、なかなか授業に集中するのは難しいと思うんです。不思議だな、なんでなんだろう?と思ってもらうことが大切です。ただ「思ってもらう」だけで授業で使わなければ意味がありませんから、生徒が出してくれた問いは、授業でなるべく取り上げます。次回の授業までに自分なりに探究してもらい、問いを深掘りしていきます。

―今回の授業でも「次回までに調べてこよう」と宿題を出していらっしゃいましたね。

高橋 たしかに宿題なのですが、自分で出した疑問なので、いわゆる従来型の宿題/レポート課題とは少し異なると捉えています。そもそも、カチッとした探究学習ではなく、あくまでも一単元中の課題ですから「あまり重くしなくていいよ」と伝えています。インターネットで興味のあることをネットサーフィンで調べる行為の延長といいますか、「そこまで重く捉えて調べなくてもいいよ」ということは毎回、意識して伝えるようにしています。

いつも伝えているのが「驚きと発見」ということです。自分にとって大きな驚きや発見があったとしたら、それは必ずしも、多くの文献を読み込むなどしなくても構わないよ、自分の驚きと発見を大切にしよう、という話をしています。型にハマらないように自由に作ってもらうようにしているのですが、なかなか良いものを仕上げてきてくれる生徒も多くいます。

1人1台環境を活かして

―JamboardなどICTをどのように活用していますか?

高橋 本授業では、グループ学習や共同作業を進めるツールとして、Google Workspaceのツール「Jamboard」を活用しています。基本的にはweb上のホワイトボードにみんなで付箋を貼っていき、整理したうえで議論し、発表するという流れです。

基本的な操作を教えると、自然と使いこなしていったのが印象的でした。付箋の色を変えたり、囲みをつけて見やすくしたり。教えなくても、使っているうちに慣れるものなんだなと感心しました。

山形県内の県立高校では、コロナ禍によりICT環境の整備が加速しました。常設のプロジェクターが設置されるなど、設備面が充実しました。それをきっかけとして、本校でも若い先生方を中心に、ICT活用の動きが活発化したという印象です。生徒というよりも、明らかに教員側のICT活用の動きが活発になりました。授業においても、iPadを使っている先生の割合が高くなったと思います。

生徒においては、「探究活動」の授業で使うことが多くなっています。探究活動の成果物を「Google Classroom」で提出してもらっています。

去年は休校になった期間がありました。1週間くらいは「Google Meet」で各クラスのルームを担当の先生ごとが作成し、オンライン授業を実施しました。ほか、保護者面談等でも活用しています。

夜間定時制では

―前任校は定時制高校ですよね。以前勤務されていた定時制高校で、全日制高校と異なる工夫をされていたら、紹介していただけますか?

高橋 夜間定時制の時は、不登校経験を持つ生徒が多かったので、声がけをするなど自己肯定感を高める工夫をしていました。言葉がけをひとつ間違うと、信頼関係を一瞬にして失う可能性がありました。

授業に関して言えば、全日制であれば、今回のように「次の授業までに調べてきてね」ということを言っていますが、定時制の場合は昼間に働いている生徒が多いわけです。仕事の合間に学校に来ている状態ですから、全日制と同じような宿題を出すわけにはいきません。学校の中である程度、学習を完結する必要がありました。

また、社会とのつながりをより意識してもらえるような接し方をするよう努めていました。社会では、通常の高校生活以上に、多くの人と接します。その際、なるべく多様な価値観を受け入れることが求められます。自分と異なる意見が出てきた際には「すごいね」と認め、受け入れるという点に重きを置いた授業になるよう工夫していました。

生徒の中には、コミュニケーションが苦手な子も多くいました。人前で話すことが極度に苦手な子もおり、配慮をしていました。たとえば、何かを発表する際には、まず一度、紙に書いてもらって、ある程度シナリオ化して進行するなどの工夫をしていました。「近くの席の人と話し合ってみよう」というのも難しい場合が多かったです。近くの人、というと苦痛に感じる子もいるわけです。「私だけ余っちゃうな」と考えすぎてしまう子もいたり。「右の人から左の人にまず1分自己紹介してみましょう」などと、最初の一歩、スモールステップの段階から、こちら側でできるだけ細かくセッティングしていました。

必修になった「地理総合」と、「地理探究」

―科目名が「地理総合」と「地理探究」になって、どのような変化がありそうですか?

高橋 地理総合が新しく入ったことで、探究を進めるうえでの基礎づくりがしっかりできるようになったのではないかと感じています。

具体的に言えば、GISソフト(※1)を使って新旧の地形図を比べる、といった活動をする時に、その使い方については、できれば1年次の地理総合でやっておいてもらえると、3年次の地理探究で発展的なことを学ぶ際にパッと使えるのですが、そういった知識や経験が全く無い状態でいきなり3年次に発展的な授業に入っていくというのは難しいところも多かったといえます。GISソフトは一例ですが、1年次に基礎的なことを学ぶことで、その分、3年次で探究に使える時間が増えるのではないかと期待しています。

※1 GISソフト…web上で稼働する地理情報システム。総務省が提供する「jSTAT MAP」などがあり、無償で使用可能。

―「地理総合」は、地理専門でない先生が担当されるケースも多いと思います。

高橋 歴史が専門の先生ですと、どうしてもいろいろな面で深く物事を追究していく傾向が多いと思います。そこに「地理の広さ」を加えると、とんでもないことになります。1年次は、続く2、3年次の探究に活かすために、必要なスキルを身につける期間である」と、ある程度割り切ることも必要かもしれません。

「1年次にGISソフトを使って実際に探究をしてみよう」となると、地理専門でない先生は戸惑ってしまうと思います。現状においても「そもそも私が使いこなせるかどうか」との相談もよくあります。「1年次は基礎スキルを固め、続く2、3年次への道筋をつける」という風に、うまく役割分担をして連携するのが良いのではないかと思います。

―基礎的なことに「触れておく」期間であると。

高橋 生徒が3年生で探究を深める際に「そういえば、1年生の時に学んだGISソフトって、実はこういう風に使えるんじゃないか」と自分で気付き、自発的に使ってみるきっかけになればうれしいですよね。本来は楽しい学びであるはずの地理が、必要以上に難しいものに捉えられると残念だと思います。ただでさえ地理選択者は少なくなっている現状がありますから。

地理専門の先生方は、そもそもGISソフトが大好きな方が多いのですが、マニアックになってしまうのをぐっと堪えて「地理という教科は、より広く、いろいろなところで役立つんだよ」ということを広めていければ、地理が好きな人が増えるのではないかと期待しています。

SDGs推進都市にある高校として

―「持続可能な社会づくり」を意識させるための取組として構想されていることはありますか?

高橋 本校のある米沢市は、昨年度から内閣府の「SDGs未来都市」に選定されており、その一環で「わたしのなせばなる(※2)」という取組をしています。

本校でもSDGsについて授業で取り上げ「自分が関係するSDGsってなんだろう?」ということを生徒たちに考えてもらっています。「課題探究」という探究学習をやっている生徒の中から、より深く考えてみたい生徒のためにアドバンスト・コースを設定しているのですが、参加しているある生徒が「高校生議会をやってみたい」と提案してくれまして、先にご紹介した「わたしのなせばなる」と絡めて学んでいこうという動きになっています。

※2 「わたしのなせばなる」…SDGsの達成に向けた意識を醸成していくために、上杉鷹山公の「なせばなる」の精神で、(1) まず何かを始めてみる=行動を起こす、(2) その行動を仲間たちや市民と共有し、多くの人が見えるようにする、(3) 仲間たちや市民の取組を見て、自分も何かできることはないか、と考えるきっかけとする という循環を生み出していこうという取組。(参照

各高校からSDGsに関して取り組んでいることを出してもらい、市議会議員さんにアドバイスを受けながら、実際に議会をお借りして議論するという試みを実施する予定です。高校生間で実施することも重要ですが、いろいろな方と議論し、考えることもまた重要だと思っています。

また、株式会社ユニクロの「“届けよう、服のチカラ”プロジェクト(※3)」に本校が選出されました。今後、出張授業を受けたのち、生徒たちが校内や地域で活動を行う予定です。

※3 “届けよう、服のチカラ”プロジェクト…株式会社ファーストリテイリングがUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とともに取り組む 、小・中・高校生が対象の参加型の学習プログラム。社員による出張授業を受けたのち、子どもたちが主体となって、校内や地域で着なくなった子ども服を回収する。回収した服は、難民などの服を必要とする人々に届けられる。(参照

記者の目

従来の地理の授業は、記憶重視あるいは「詰め込み型」と言われることも多かった印象がある。しかし、今回拝見した高橋先生の授業では、そうしたイメージを覆すアクティブな授業を展開していた。そこには「自ら出した問いをもとに議論を深め、学びを得ていこう」という高橋先生の姿勢がある。そうした姿勢は、記事後半で言及されているSDGsに関する取り組みなどにも通底しているように思われた。
また、定時制高校での経験などから、生徒とのコミュニケーションを大切にする姿勢を感じた。グループワークでのリーダー決めの際には「より強い星座の人がリーダーになろう」と、ユニークな視点でアシストするなど「生徒にいろいろな角度から考えを深めてもらいたい」という姿勢が細かい部分からも垣間見える授業だった。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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