2026.04.29
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小学校国語の物語、その読み直しで本当に深まっていますか?

国語の物語を何度も読み直しているのに、子どもの理解が深まらないと感じることはありませんか?
実は、「読み直す」だけでは学びは変わりません。大切なのは、読みを「使い直すこと」と、そこから「広げること」です。今回は、文学作品の理解がどのように深まっていくのかを、その構造から整理します。

明石市立高丘西小学校 教諭 川上 健治

読み直すだけでは深まらない

橋渡し階層型「学力-概念的理解-文学的認識力」モデル図(筆者作成)

前回、物語の読みは最初の「感じたこと」をどのように扱うかによって、その後の学びの質が大きく変わると書きました。直観的な受け止めをそのまま終わらせるのではなく、問いとして保留することが、次の学びの出発点になるという内容です。

では、その保留された問いは、その後どのように展開されていくのでしょうか。今回は、物語の理解がどのような過程を経て深まっていくのか、その構造について考えてみたいと思います。

物語の授業では、一度読んだ作品を再び読む場面が設定されます。しかし、その読み直しが単なる繰り返しにとどまってしまうと、理解は大きく変わりません。同じ場面を同じように読み、同じ感想をなぞるだけでは、読みは深まらないからです。この顕著な例として、例えば、『ごんぎつね』の学習で「ごんはかわいそうだ」という最初の感想があったとします。そのままにしておけば、単元終わりの感想も「ごんはかわいそうだった」という見方で物語全体を捉えたままで終わります。だからこそ、ここで必要になるのが、「読みの使い直し」という視点です。

重要なのは、この過程が自然に起こるものではないということです。「近転移」と「遠転移」という二つの橋渡しを授業の中に意図的に位置づけなければ、理解は作品固有の文脈にとどまりやすくなります。

近転移から遠転移へ、理解が広がる構造

最初の読みで形成された見方や問いを、同じ作品内の別の場面に適用してみる。この過程は、既に得た読みの視点を別の文脈で再構成する営みであり、「近転移」と捉えることができます。

そもそも、「転移」の過程は,白水(2012:347)[i]の指摘によれば、単なる知識の再生ではありません。基盤となる知識が後の状況での問題解決や学習に繋がるものとされています。その中で「近転移」とは、ある場面で得た理解や方法を、類似した別の場面に適用することです。物語の授業においては、登場人物の行動の意味や関係の捉え方を、他の場面に当てはめながら考えることを指します。

ただし、この過程は単なる適用では終わりません。むしろ重要なのは、同じ見方では説明しきれない場面に出会うことです。そのとき、子どもたちは新しい見方を必要とし、理解を更新していきます。

この更新の過程で、読みは具体的な出来事の理解から、「すれ違い」「誤解」「思いやり」といった抽象的な概念の理解へと変化していきます。この段階が「概念的理解」の形成です。

しかし、ここで学びを閉じてしまうと、理解は作品固有の文脈にとどまってしまいます。そこで必要になるのが、もう一つの過程です。それが、「遠転移」です。「遠転移」とは、ある文脈で得た概念を、異なる文脈へと適用することです。物語の中で捉えた概念を、他の作品や日常生活といった場面に広げていくことがこれにあたります。ここで起きているのは、単なる応用ではありません。文脈が変わることで、概念の意味そのものが再構成されていきます。物語の中で捉えた「すれ違い」という理解が、現実の人間関係や別の出来事と結びつくことで、より普遍的な意味を持ち始めます。

この段階に至ると、子どもたちの読みは、出来事の理解を超えて、人間の在り方や価値に関わる理解へと変わっていきます。ここで育まれる力を、ここでは「文学的認識力」と捉えています。

ここまで述べてきた理解の過程は、図のように整理することができます。この図が示しているのは、理解が単に積み重なるのではなく、「橋渡し」によって段階的に移行していく構造になっているという点です。

まず、基盤となる学力をもとに、「近転移」によって「概念的理解」が形成されます。そして、その概念が「遠転移」によって異なる文脈へと広がることで、「文学的認識」へと発展していきます。

重要なのは、この過程が自然に起こるものではないということです。「近転移」と「遠転移」という二つの橋渡しを授業の中に意図的に位置づけなければ、理解は作品固有の文脈にとどまりやすくなります。

「橋渡し」は意図的に設計する

これまでの物語授業では、場面ごとの理解や感想の共有に重点が置かれることが多く見られました。しかし、そのままでは、理解が抽象化されず、他の文脈へと広がりにくいという課題が残ります。

一方で、活動に焦点を当てすぎると、学びの過程そのものが見えにくくなります。「活動あって学びなし」という言説も過去には広まりました。だからこそ、どの段階で何が起きているのかを捉え、理解の過程そのものを設計する必要があります。

物語を読むという行為は、本来、具体的な出来事を手がかりにしながら、人間関係や価値について考え、その理解を別の文脈(生き方)へと広げていく過程です。この一連の流れを意図的に組み立てることによって、はじめて物語の学びは深まりをもつのだと考えています。

次回は、この理解の過程を、実際の授業の中でどのように構成していくのかについて整理していきます。どの段階でどのような問いを設定するのか、どのように子どもの読みをつないでいくのか。指導過程として具体的に示していきたいと思います。

参考資料
  • [i] 白水始(2012)「認知科学と学習科学における知識の転移」『人工知能学会誌』第27巻4号,人工知能学会

川上 健治(かわかみ けんじ)

明石市立高丘西小学校 教諭
クラスの全員が楽しく学び合い「分かる・できる」ことを目指して日々授業を考えています。また、様々な土台となる学級経営も大切にしています。

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