子どもが自ら動き出す 「教える」を手放して見えた伴走の形
新年度が始まり、規律やルールを教え込むことに必死になっていませんか?
教師が舵を握りすぎることで、子どもが自分で考えるチャンスを奪っているのかもしれません。「教える」という特権を手放し、子どもたちに学びの主導権を返したとき、教室にはどんな景色が広がるのか。
実体験に基づいた教育観の転換期を記録します。
愛知県東郷町立春木中学校 教諭 阪野 一輝
教える側を卒業し子どもを主役にする伴走者へのマインド転換
「後ろ回りのポイントは……」
「今日のめあては……」
子どもたちが思考を巡らせる前に、答えを教えていた毎日。
授業の「めあて」も、当然のように私(教師)が提示するものであり、子どもたちの内側から自然に湧き出てくるものではありませんでした。
「子どもたちはまだ何も知らないのだから、自分が正解へと導かなければならない」
そう信じて疑わず、完璧な指示を出すことに全力を注いでいました。
教師としての熱量が、そのまま子どもたちの力になると確信していたのです。
しかし、説明を終え、ふと目の前の子どもたちに目をやると、その瞳はどこか冷めているように見えました。
私の言葉を待つ子どもたちの視線は宙に浮いており、学びへの温度は冷え切っていました。私が熱く語れば語るほど、子どもたちは受け身という殻に深く閉じこもっていくようでした。
体育館を支配しているのは、私の声だけ。その光景を前に、ある考えが胸をよぎりました。
「私は、子どもたちの学びを奪っていたのではないだろうか」
よかれと思って先回りし、正解を与えていた私の親切心は、子どもたちが自分で立ち上がるための筋力を奪っていたのではないか。
自分の傲慢さに愕然とした私は、その日決意しました。
一方的に知識を伝える教える側を卒業し、子どもたちを主役にし、ともに学びを創り上げていくファシリテーター(伴走者)となっていこうと。
沈黙を恐れず見守り子ども同士の気づきで学びが動き出す瞬間
それから、私の授業と学級経営の風景は一変しました。
もちろん、最初からすべてがうまくいったわけではありません。長年染み付いていた「教える側の当たり前」を剥ぎ取るのは容易ではなく、思い通りにいかない現実に悩み、もがき苦しむ日もありました。
一歩進んではまた戻る。その繰り返しです。
それでも、「子どもたちが学びに熱中できる場所にしていきたい」という一心があったからこそ、足を止めずにいられたのだと思います。
私の変容に、子どもたちは最初、戸惑いの表情を浮かべていました。正解を待っても、私から何も降りてこないからです。
しかし、私が沈黙を恐れず、彼らの試行錯誤をじっと見守り始めたとき、教室の空気が変わり始めました。
「ここ、どうしてうまくいかないんだろう?」
誰かがこぼした小さな疑問に、周りの子がそっと知恵を貸し始める。私が知識を授けるのではなく、子どもたちが互いの「気づき」を拾い上げ、つなぎ合わせることで、学びが動き出したのです。
納得の答えを自分たちで見つけ出した瞬間、子どもたちの顔には、かつての受け身の姿勢では決して見られなかった、誇らしげな笑みがこぼれていました。
自律の種が芽吹く子どもを主役にする自己調整学習の形
こうして、教師である私のマインドセットが変わったとき、教室には自律という名の小さな種がまかれました。
その種がどのように芽吹き、日々の授業や生活の中で子どもたちを突き動かしていったのか。
この連載では、自己調整学習を中心に始まった、子どもたちを主役にする授業づくりや学級づくりを綴っていきたいと思います。
次回は、子どもたちが自分の動きを客観的に見つめ、自律的な学びの第一歩を踏み出した「マット運動と動画分析」のエピソードをお届けします。

阪野 一輝(ばんの かずき)
愛知県東郷町立春木中学校 教諭
公立学校教諭。大学院にて運動生理学を専攻。これまで約10年間、小学校を中心に、体育における「自己調整学習」の実践研究や、子どもたちが主体的に運営する学級経営に注力している。授業や学級経営を通じ、子どもたち一人ひとりの心に「自律の種」をまく実践を大切にしている。
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