2026.02.25
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オランダから日本へ ― 帰国した長男が見つけた「日本の学校」

オランダ語に苦労していた長男は、帰国後、日本の小学校に通うことを心から楽しみにしていました。アニメで見ていた黒板、そして憧れのランドセル。長男は驚くほど早く、日本の学校生活に馴染んでいきました。
そんなある日、長男がふと口にした「オランダって宿題なかったよね?」という言葉が、今も私の心に残っています。

合同会社Toyful Works 代表社員・元公立小学校教員 川崎 知子

黒板とランドセルに憧れた帰国後の小学校生活

帰国後、日本の小学校に通うことをとても楽しみにしていました。当時、「ドラえもん」や「妖怪ウォッチ」を観ていた長男にとって、学校には黒板があるのが当たり前でした。
オランダの小学校はどこもプロジェクターやデジタルボードだったので、黒板がないことに彼なりに衝撃を受けていたようです。

さらに、ランドセルにも憧れていました。親としては、軽くて安いリュックで通学できる方が良いと思っていたのですが、「ランドセルがほしい!」と強く言っていたので、買いに行きました。

日本の小学校への転入手続きとリラックスしすぎる息子

長い間小学校で働いていたのに、「日本の学校ってどうやって転入するんだっけ?」と思い、まず地域の学校に電話をしてみました。すると、「市の教育委員会学事課に行ってください」と教えてもらいました。そういう仕組みだったかと思いました。
教育委員会学事課に行って書類を書いた後、学校へ行き、教頭先生と面談をしました。

すっかりリラックスが板についた長男は、教頭先生と私が話している間、ずっと足をぶらぶらしたり、椅子を回したりしていて、内心ヒヤヒヤしたことを覚えています。「じっとしていられない子認定」されているかもな、と思ったのでした。
その後、転入予定の2年生の教室も案内してもらいました。2クラスありましたが、どちらの担任の先生も温かく歓迎してくれました。

学校は友達をつくる場所だと確信した6年間

長男は2年2組に転入しました。後から誰かに聞いたのですが、転入初日、オランダ語で自己紹介をしたそうです。そんなことができたのかと驚きました。
友達に恵まれ、あれから6年。小学校、中学校と楽しく通っています。中学2年生になった長男は、「家族で過ごすよりも友達と過ごす方が楽しい」と言ったり、「俺は思春期だから、友達の前ではあまり話しかけないでほしい」と言ってきたりします。

一度、「東京に帰るとかどう?」と聞いてみたことがあるのですが、「絶対にいやだ」と断られました。東京で楽しく暮らしていたのに、母親の都合で突然オランダに連れて行き、その後は広島に連れて来てしまったので、今度こそ、長男の思いを優先したいと思っています。
家の前でドッチボールをしたり、友達同士の家を行き来したり。本当に友達に恵まれた長男を見ていて、学校は友達をつくるところだと確信しました。

オランダでは、学校を選べる分、近所には同じ学校の友達ができにくく、放課後に一緒に遊ぶ雰囲気ではありませんでした。だからこそ、日本で放課後に友達と遊ぶことの貴重さを実感したのでした。
学習面についても、漢字を全く学習していないという心配はありましたが、オランダでかけ算まで学習していましたし、「オランダ語に比べれば日本語は簡単」という意識があったようで、読み書きに苦労している様子はありませんでした。

「オランダって宿題なかったよね?」帰国後に残った言葉

帰国して1、2年経った頃、長男がふと言った言葉を今でも覚えています。

「オランダって宿題なかったよね?日本も宿題がなくなればいいのに」

元々宿題が嫌な私は内心大喜びで、でもなるべく冷静に言ってみました。

「なかったよ。またオランダの学校に行く?」
「いや、オランダには行かない。日本の学校の宿題がなくなればいいんだよ」

長男は、自分がそんなことを言ったことは覚えていません。先生に怒られるのは嫌だし、勉強するのがそこまで嫌ではない、と自分を分析しているので、毎日必ず宿題に取り組んでいました。
でも、ここだけの話、音読をしているのは一度も聞いたことがなく、音読カードには私の嘘のサインが数年間繰り返されていたのでした。

些細なことではありますが、日本の学校で当たり前のことも、実は当たり前ではないということを長男が感じてくれていたなら、オランダで苦労させてしまったけれど、きっと彼の人生や考え方に良い影響があったと思いたい親心です。
世界にはいろいろな「学校のかたち」があることを、体の感覚で知ったことは、きっと長男の中に静かに残っている気がしています。

川崎 知子(かわさき ともこ)

合同会社Toyful Works 代表社員・元公立小学校教員


元公立小学校教員。東京・広島の小学校で約20年勤務。
2017年からは家族とともにオランダに渡り、イエナプラン教育を学ぶ。日蘭イエナプラン専門教員資格を取得し、現地のイエナプランスクールでアシスタントとして2年間勤務。20校以上の小中学校を視察した。
帰国後は、広島県福山市立のイエナプランスクール開校に携わり、現在は日本イエナプラン教育協会理事。
不登校支援や特別支援教育、保護者との関係づくり、対話・探究・遊びを通して、子どもも大人も、安心できる学びの場づくりに取り組んでいる。

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