オランダから日本へ ― 帰国した長男が見つけた「日本の学校」
オランダ語に苦労していた長男は、帰国後、日本の小学校に通うことを心から楽しみにしていました。アニメで見ていた黒板、そして憧れのランドセル。長男は驚くほど早く、日本の学校生活に馴染んでいきました。
そんなある日、長男がふと口にした「オランダって宿題なかったよね?」という言葉が、今も私の心に残っています。
合同会社Toyful Works 代表社員・元公立小学校教員 川崎 知子
黒板とランドセルに憧れた帰国後の小学校生活
帰国後、日本の小学校に通うことをとても楽しみにしていました。当時、「ドラえもん」や「妖怪ウォッチ」を観ていた長男にとって、学校には黒板があるのが当たり前でした。
オランダの小学校はどこもプロジェクターやデジタルボードだったので、黒板がないことに彼なりに衝撃を受けていたようです。
さらに、ランドセルにも憧れていました。親としては、軽くて安いリュックで通学できる方が良いと思っていたのですが、「ランドセルがほしい!」と強く言っていたので、買いに行きました。
日本の小学校への転入手続きとリラックスしすぎる息子
長い間小学校で働いていたのに、「日本の学校ってどうやって転入するんだっけ?」と思い、まず地域の学校に電話をしてみました。すると、「市の教育委員会学事課に行ってください」と教えてもらいました。そういう仕組みだったかと思いました。
教育委員会学事課に行って書類を書いた後、学校へ行き、教頭先生と面談をしました。
すっかりリラックスが板についた長男は、教頭先生と私が話している間、ずっと足をぶらぶらしたり、椅子を回したりしていて、内心ヒヤヒヤしたことを覚えています。「じっとしていられない子認定」されているかもな、と思ったのでした。
その後、転入予定の2年生の教室も案内してもらいました。2クラスありましたが、どちらの担任の先生も温かく歓迎してくれました。
学校は友達をつくる場所だと確信した6年間
長男は2年2組に転入しました。後から誰かに聞いたのですが、転入初日、オランダ語で自己紹介をしたそうです。そんなことができたのかと驚きました。
友達に恵まれ、あれから6年。小学校、中学校と楽しく通っています。中学2年生になった長男は、「家族で過ごすよりも友達と過ごす方が楽しい」と言ったり、「俺は思春期だから、友達の前ではあまり話しかけないでほしい」と言ってきたりします。
一度、「東京に帰るとかどう?」と聞いてみたことがあるのですが、「絶対にいやだ」と断られました。東京で楽しく暮らしていたのに、母親の都合で突然オランダに連れて行き、その後は広島に連れて来てしまったので、今度こそ、長男の思いを優先したいと思っています。
家の前でドッチボールをしたり、友達同士の家を行き来したり。本当に友達に恵まれた長男を見ていて、学校は友達をつくるところだと確信しました。
オランダでは、学校を選べる分、近所には同じ学校の友達ができにくく、放課後に一緒に遊ぶ雰囲気ではありませんでした。だからこそ、日本で放課後に友達と遊ぶことの貴重さを実感したのでした。
学習面についても、漢字を全く学習していないという心配はありましたが、オランダでかけ算まで学習していましたし、「オランダ語に比べれば日本語は簡単」という意識があったようで、読み書きに苦労している様子はありませんでした。
「オランダって宿題なかったよね?」帰国後に残った言葉
帰国して1、2年経った頃、長男がふと言った言葉を今でも覚えています。
「オランダって宿題なかったよね?日本も宿題がなくなればいいのに」
元々宿題が嫌な私は内心大喜びで、でもなるべく冷静に言ってみました。
「なかったよ。またオランダの学校に行く?」
「いや、オランダには行かない。日本の学校の宿題がなくなればいいんだよ」
長男は、自分がそんなことを言ったことは覚えていません。先生に怒られるのは嫌だし、勉強するのがそこまで嫌ではない、と自分を分析しているので、毎日必ず宿題に取り組んでいました。
でも、ここだけの話、音読をしているのは一度も聞いたことがなく、音読カードには私の嘘のサインが数年間繰り返されていたのでした。
些細なことではありますが、日本の学校で当たり前のことも、実は当たり前ではないということを長男が感じてくれていたなら、オランダで苦労させてしまったけれど、きっと彼の人生や考え方に良い影響があったと思いたい親心です。
世界にはいろいろな「学校のかたち」があることを、体の感覚で知ったことは、きっと長男の中に静かに残っている気がしています。

川崎 知子(かわさき ともこ)
合同会社Toyful Works 代表社員・元公立小学校教員
元公立小学校教員。東京・広島の小学校で約20年勤務。
2017年からは家族とともにオランダに渡り、イエナプラン教育を学ぶ。日蘭イエナプラン専門教員資格を取得し、現地のイエナプランスクールでアシスタントとして2年間勤務。20校以上の小中学校を視察した。
帰国後は、広島県福山市立のイエナプランスクール開校に携わり、現在は日本イエナプラン教育協会理事。
不登校支援や特別支援教育、保護者との関係づくり、対話・探究・遊びを通して、子どもも大人も、安心できる学びの場づくりに取り組んでいる。
同じテーマの執筆者
-
兵庫県神戸市立桜の宮小学校 特別支援教育士スーパーバイザー(S.E.N.S-SV)
-
帝京平成大学現代ライフ学部児童学科 講師
-
兵庫県姫路市立坊勢小学校 教諭
-
岡山県教育委員会津山教育事務所教職員課 主任
-
福岡市立千早西小学校 教頭 今林義勝
-
前 山形県立米沢工業高等学校 定時制教諭
山形県立米沢東高等学校 教諭 -
大阪市立堀江小学校 主幹教諭
(大阪教育大学大学院 教育学研究科 保健体育 修士課程 2年) -
戸田市立戸田第二小学校 教諭・日本授業UD学会埼玉支部代表
-
静岡大学教育学部附属浜松小学校 教諭
-
佛教大学大学院博士後期課程1年
-
小平市立小平第五中学校 主幹教諭
-
東京都内公立学校教諭
-
札幌大学地域共創学群日本語・日本文化専攻 教授
-
明石市立高丘西小学校 教諭
-
ユタ日本語補習校 小学部担任
-
木更津市立鎌足小学校
-
北海道公立小学校 教諭
-
信州大学教育学部附属特別支援学校 教諭
-
在沖米軍基地内 公立アメリカンスクール 日本語日本文化教師
-
東京都東大和市立第八小学校
-
東京学芸大学附属大泉小学校 教諭
-
静岡市立中島小学校教諭・公認心理師
-
東京都品川区立学校
-
岡山県赤磐市立桜が丘小学校 指導教諭
-
神奈川県公立小学校勤務
-
寝屋川市立小学校
-
仙台市公立小学校 教諭
-
東京都内公立中学校 教諭
-
目黒区立不動小学校 主幹教諭
-
東京都公立小学校 主任教諭
-
尼崎市立小園小学校 教諭
-
ボーズマン・モンテッソーリ保育士
-
埼玉県公立小学校
-
大阪府泉大津市立条南小学校
-
岡山県和気町立佐伯小学校 教諭
ご意見・ご要望、お待ちしています!
この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)
この記事に関連するおススメ記事
「教育エッセイ」の最新記事













アグネスの教育アドバイス
映画と教育
震災を忘れない






































この記事をクリップ
クリップした記事
ご意見・ご要望




