授業をイノベーションとして捉え直す ――共感を資源とする小学校の知識創造――
SECIモデルの視点から小学校の授業を知識創造の営みとして捉え直し、共感・オノマトペ・遊びが暗黙知を駆動する資源であることを示します。
授業内に内在する力こそが、学校におけるイノベーション経営の核心であると位置づけます。
目黒区立不動小学校 主幹教諭 小清水 孝
知識創造理論の視点から小学校の授業実践を捉え直す目的と問題意識
本稿の目的は、知識創造理論、とりわけSECIモデルの視点から、小学校における日常的な授業実践を捉え直すことにあります。「授業のイノベーション」という概念を学校経営の中核として再定義します。
私は都内公立小学校に勤務する教師です。教師の仕事の中心が授業にあるとするならば、学校という組織におけるイノベーションも、授業にこそ宿ると考えています。
イノベーション経営という言葉は、しばしば企業や新規事業の文脈で語られます。しかし、知識を創造し、共有し、実践を通して更新し続ける営みは、学校現場、とりわけ小学校の授業において、すでに日常的に行われてきました。
SECIモデルが示す暗黙知と形式知の往還は、理論として導入される以前から、教室の空気の中に自然なかたちで立ち現れてきました。その象徴的な媒介が、オノマトペやメタファー、そして「遊び」です。
小学生は、論理的説明や抽象概念だけで学ぶ存在ではありません。身体感覚やイメージを通してこそ、学びの核心に触れます。
教師が専門用語や動作のポイントを丁寧に説明しても、理解に至らないことは少なくありません。しかし、比喩やオノマトペを介した瞬間、学習のコツや感覚は一気に共有され、教室全体へと波紋のように広がっていきます。
オノマトペが生み出す知識創造 ――体育科における「チャーシューメン走法」の事例――
岩下修『AさせたいならBと言え』(1988,明治図書)は、指導における言葉の力を鋭く問い直した名著です。岩下は、教師が意図する行動をそのまま言語化するのではなく、別の言葉に置き換えることで、子どもの行動や理解が変容することを示しました。
この示唆を、私は体育科のハードル走の授業で実感しました。ハードル走では、一定のリズムでハードルを越えることが重要であり、そのためには歩数をそろえる必要があります。
私は踏切や着地、リズムを要素分解し、学習カードを用意して授業に臨みました。
ところが練習中、校庭の一角で「チャーシューメン!」と声を出しながら走る子どもたちが現れました。ふざけているのだと思い注意しようと近づくと、彼らはこう説明しました。「踏切が『チャー』、次の着地が『シュー』、三歩目が『メン』。このリズムだとうまくいくんです」。
半信半疑で見てみると、その走りは実に美しいものでした。やがて「チャーシューメン走法」は他の子どもたちにも伝播し、校庭の至る所で同じリズムが共有されていきました。
私が用意した学習カードはほとんど参照されませんでしたが、そこには確かな学びが生まれていました。
この場面では、教師の意図を超えて、子ども同士の共感と関係性の中から知が創発しています。
SECIモデルで言えば、暗黙知が共同化され、言葉となり、身体化されていくプロセスが、自律的に展開していたのです。
授業を複雑系として捉えたときに見えてくる知の創発
こうした知の創発を理解するためには、要素還元主義を超えた視点が必要です。渡邉雅子は『共感の論理』(2025,岩波新書)において、現代科学を牽引する理論として複雑系システムを挙げ、「部分がどのように相互に結合し、自己組織化して全体となるのか」を問う重要性を指摘しています。
授業もまた、教師がすべてを制御する直線的なプロセスではありません。子ども同士の関係性や共感、場の空気が相互に作用する中で、知は予測不能なかたちで立ち上がります。
結果を先取りして原因を操作することはできません。時間の中で変化する環境との相互作用そのものが、学びの本質となるのです。
共感を資源とする授業イノベーションと遊びの役割
水泳の授業でも同様の現象が見られます。「浮く」ためには力を抜く必要がありますが、「力を抜きなさい」と言葉で指示すると、多くの子どもはかえって緊張してしまいます。
そこで私は「おばけになりなさい」と声をかけました。すると、子どもたちは自然に力を抜き、水に浮かぶことができるようになりました。
さらに「誰が一番すごいおばけか」という遊びの要素を加えると、その感覚はより深く身体化されました。ここでの競争は、ロジェ・カイヨワの言う「遊びとしての競争(アゴン)」であり、他者を排除するものではありません。共感を基盤とした知識創造を促進する触媒なのです。
日本の小学校には、このような共感を基盤とした学びが日常的に存在しています。掃除や給食当番といった生活指導も含め、感情や関係性に寄り添う実践が積み重ねられてきました。
映画『小学校~それは小さな社会~』が海外で評価された理由も、ここにあると言えるでしょう。
共感が知を動かす ――人権学習におけるSECIモデルの作動――
六年生の総合的な学習の時間で人権を扱った際、生成AIや検索に依存した表層的な学習に、私は強い違和感を覚えました。情報は集まりますが、理解には至らなかったのです。
そこで、派遣されていた外国人女性教師に、日本で経験した差別について語ってもらいました。
彼女の語りに触れた瞬間、子どもたちの目は明らかに変わりました。その後の調査学習は自律的に広がり、フェアトレードや憲法、さらには購買行動にまで及びました。
この過程は、まさにSECIモデルそのものでした。
知識創造を駆動したのは、論理でも情報量でもありません。共感です。
共感が生まれた瞬間、学びは「やらされるもの」から「自分ごと」へと反転しました。
結論 ――共感を資源とする学校のイノベーション経営――
私の提言は明確です。学校のイノベーション経営において中核に据えるべき資源は、日本の教育現場に内在する「共感」です。
オノマトペやメタファー、遊びは、その共感を媒介としてSECIを加速させる装置です。
他国を指標とする改革を繰り返すのではなく、すでに足元にある知識創造の営みに目を向けること。
そこにこそ、日本の学校がもつ可能性があります。
最後に、この言葉で本稿を締めくくります。
「勉強」は苦行です。記憶に押し込むだけの知だからです。
「学び」は楽しいものです。知を編み、遊ぶ営みだからです。

小清水 孝(こしみず たかし)
目黒区立不動小学校 主幹教諭
フープ1本でできる運動を3つ以上言えますか?
現場で使える技術、できる実践、リアルな指導法を日々追究しています。
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NPO教育サークル「GROW5th」代表。
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