教育の自由を求めて、オランダへ ― イエナプランと出会った教師として、母としての挑戦
どうしても学び続けたいという思いと、息子の教育への不安。
自分の"できること以上"に挑戦し、家族でオランダに渡った日々の始まり。
合同会社Toyful Works 代表社員・元公立小学校教員 川崎 知子
どうしても学びたい。その思いで退職を決意
オランダでの1週間の研修に参加し、日本の小学2年生の教室でイエナプランの実践を始めた私。実践を重ねる中で、イエナプランの持つパワーと同時に難しさも実感し、ますます学びを深めたいという気持ちが強くなっていきました。
そんな時、日本人向けにオランダで3ヶ月間の研修が開催されるという情報を耳にしました。オランダには、イエナプラン校で働く先生たちが、働きながらイエナプラン専門教員の資格を取得できる制度があります。その仕組みを、日本人向けにアレンジした研修でした。
私はどうしてもその研修に参加したいと思い、勤務校の校長に3ヶ月の休職を申し出ました。ですが、難しいという返答を受け、退職を決意することになりました。
息子を“従順すぎる子”にしたくなかった私の選択
この決意には、もう一つ大きな理由がありました。当時、長男は5歳で、小学校入学を控えていました。当時、私たちの住んでいた地域では、授業中の決まりを明文化した指導が流行(?)していました。
たとえば、「返事」の項目には「名前を呼ばれたら『はい!』と返事をします」と書かれています。つまり、発言するためには、まず大きな声で「はい!」と言わないといけません。実際、授業を参観すると、返事が返ってくるまで何度も「◯◯さん!」と名前を呼び続ける先生の姿がありました。
自分の考えをまとめて一生懸命に話そうとしている子どもが、そうした決まりによって遮られるのは、学びを促すどころか、逆に阻んでしまっているのではないか——そんな疑問が強く湧いてきました。
「うちの息子に、こんな学校生活は送らせたくない」
何度も名前を呼ばれる子になるかもしれないし、逆にそのきまりをきっちり守る“従順すぎる子”になってしまうのも心配でした。
国内のオルタナティブスクールも調べましたが、学費の高さに悩み、「それならば、オランダでイエナプラン教育を体験させてみよう」と決意しました。そして、夫と5歳の長男、3歳の次男を連れて、家族でオランダに移住することにしました。
「彼にとってベストな選択なの?」と問われて
イエナプランの3ヶ月研修は、2年前に訪れた森の中の研修所で行われました。その研修所に近い町にイエナプランスクールがあるかを調べ、日本からコンタクトできた唯一の不動産会社とやりとりし、熱意を伝えて家を借りました。
研修の内容は、
・理論研修(2週間×3回、研修所)
・学校視察(2週間×3回、ホームステイ)
という構成でした。
理論研修中は研修所に泊まることもできたのですが、息子たちのことが心配でした。そこで私は、雨の日も風の日も、片道1時間、自転車で研修所に通うことにしました。
オランダに住み始めて1ヶ月ほど経った頃、事前に調べておいたイエナプラン校の校長先生にアポイントメントを取り、息子の入学について相談しました。校長先生はおそらく私よりも年下。オランダでは、20代でも研修を受ければ校長になることができます。
「この学校に来るのは、彼にとってベストな選択なの?彼はオランダ語が話せるの?できないなら、まず“オランダ語ができない子のための特別クラス”に行った方がいいわよ。もう一度よく考えて」
そう言われ、私は一度出直すことにしました。
夫に相談すると、
「イエナプランのためにオランダに来たんだから、イエナプランスクールに入れたら?」
と背中を押してくれました。
もう一度面談を申し込み、
「入学させてください」と再度伝えると、今度は息子の性格や好きなこと、苦手なことなどを丁寧に尋ねてくれました。
「あなたが子育てで一番大事にしていることは何?」
と聞かれ、私は「自立」と答えました。
息子が泣き叫んだ朝

誕生日を祝ってもらう息子
長男は、4・5歳の異年齢クラスのうち「ゴキブリクラス」へ入学することになりました。オランダでは、ゴキブリに対する印象は日本とは異なり、どちらかといえばコオロギのような存在として親しまれているそうです。担任は年配の女性のA先生とB先生。
入学から3週間ほど経ったある朝、A先生が「今日はオランダ語の勉強よ」と言って息子を別室へ連れて行こうとした瞬間、息子は突如、大声で泣き出しました。まるで堰を切ったように。A先生はそのまま彼を連れて行ってしまい、私は言葉も出ませんでした。
その日は自転車をこぎながら、私も泣きました。
私のエゴで、息子にものすごく辛い思いをさせてしまっている…
イエナプランを学びたい、オランダで子育てしたい―私の中にあった“熱意”や“理想”が、いつの間にか息子の気持ちを置き去りにしてしまっていたことに、ようやく気づいたのです。
でも、前に進まなければと思い、息子と話し合いました。
「辛いよね、ごめんね。数日だけ学校を休んで、その後もう一度チャレンジしてみない?」
息子は少し考えてから、うなずいてくれました。
そしてその後、彼なりのペースで少しずつ学校生活に慣れ、楽しめるようになっていきました。
この出来事は、私にとって大きな学びとなりました。
日本でも、「学校に行きたくない」と訴える子どもが耳を傾けてもらえず、苦しみを抱えたまま自ら命を絶ってしまうという痛ましいニュースが後を絶ちません。もちろん、親としてベストを尽くしたい気持ちは誰にでもあります。
でも、「子どものため」と思っての選択が、実は「自分の安心のため」になっていないか。
「良かれと思って」が、子どもの感情やペースを無視していないか。
親の思いと、子どもの気持ち。そこにはしばしばズレがあります。
だからこそ、親の側が立ち止まり、耳を傾け、時には方向転換する勇気を持つことも大切なのだと感じました。
「子どもの気持ちを大切にする」とは、子どもが安心して「嫌だ」「怖い」「休みたい」と言えること。 そして、その言葉が否定されずに、ちゃんと受け止められること。 そんな日々の小さな対話の積み重ねが、子どもの自尊心を育み、自立への土台になるのだと思います。
少しずつ開かれていった世界
ある日、クラスの友達が「今から遊びに行ってもいい?」と家に来てくれました。家の前でサッカーをしたり、ボードゲームをしたり、仲良く遊んでいました。そして、コートを着るときに「手伝ってくれる?」と私に頼んできました。
「自立とは、自分から助けを求めること」と教えてもらったことがあります。その通りだと思いました。
また、別の友達のお母さんとも仲良くなり、家に遊びに行かせてもらったこともあります。そのとき、そのお母さんが言ったのは「娘は養子なの。この子はお母さんが2人いるからラッキーなのよ」——オランダ社会の持つ多様性と、それを自然に受け止める懐の深さを、目の当たりにしました。
半年ほど経ち、次男が4歳になり、小学校に通い始めるタイミングで、担任からこんな提案がありました。
「お子さんも6歳になれば読み書きが始まる。でも、まだオランダ語の理解が難しいから、一度“特別クラス”を見に行っては?」
そして、私たちは転校という決断をすることになりました。
次回は、転校についてお届けします。

川崎 知子(かわさき ともこ)
合同会社Toyful Works 代表社員・元公立小学校教員
元公立小学校教員。東京・広島の小学校で約20年勤務。
2017年からは家族とともにオランダに渡り、イエナプラン教育を学ぶ。日蘭イエナプラン専門教員資格を取得し、現地のイエナプランスクールでアシスタントとして2年間勤務。20校以上の小中学校を視察した。
帰国後は、広島県福山市立のイエナプランスクール開校に携わり、現在は日本イエナプラン教育協会理事。
不登校支援や特別支援教育、保護者との関係づくり、対話・探究・遊びを通して、子どもも大人も、安心できる学びの場づくりに取り組んでいる。
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