2025.12.12
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歴史・日本史を「探究」する新しい学びのかたち~京都を舞台にしたフィールドワークと生成AI活用の授業実践~

教科書の知識を、生徒自身がどうすれば主体的に、自らの理解のもとに再構成できるか。これは歴史教育での長年の課題です。筆者は生徒たちとともに、日本史のフィールドとしての京都という場と、生成AIを活用した新たな日本史授業を実践してきました。現地でのフィールドワークと生成AIとの対話を掛け合わせることで、生徒は教科書知識を体得する学習者を越え、自らが歴史を検証し、通説を批判的に理解し、ときには生成AIの嘘を見抜く探究者へと変貌します。リアルとバーチャルが交錯する、新たな日本史授業の実践の記録です。

花園中学高等学校 社会科教諭 伏木 陽介

歴史・日本史教育の課題と新たなアプローチの提案

長篠合戦図襖絵を実地調査(建仁寺久昌院) 

本物の資料と現場を生かしたフィールドワーク。成果物づくりにもつなげる。 

歴史教育の現場では、私たちは常に一つの課題に直面しています。それは、教科書に記述された断片的な知識を、いかにして生徒たちの血肉となる生きた理解へと昇華させるかという点です。あるいは、先行者が提唱した歴史的理解を生徒自身が検証し、自らのものとしていく批判的な学びをどのように実践するか、という点です。

暗記科目と揶揄されがちな日本史を、生徒自身が問いを立て、検証し、歴史的理解を自ら構築する探究的な学びへと転換するにはどうすればよいか。本稿では、筆者が京都という地理的特性を最大限に活かして実践してきた日本史フィールドワークと、そこに近年導入した生成AI(Google Geminiなど)を組み合わせた、実践過程の歴史学習の事例について紹介します。

京都を舞台にした探究型フィールドワーク授業の実践

京都日本史フィールドワーク

筆者はかつて関東の学校に勤務していました。当時から地域史の一次史料やフィールドを活用し、授業実践を重ねてきました。そのような中で、日本史授業での文化財や史跡の活用にとどまらず、それら自体を主たる教材として再構成したいという強い教育的動機から、2020年より拠点を京都に移しました。教科書の数行の記述を、実際の空間で体感すること。それは単なる知識の確認作業ではありません。
筆者が目指したのは、教室という閉じた空間と、京都という歴史が堆積した都市空間をシームレスに接続する学びです。京都はそのような意味で、前近代はもちろん、日本史を考察する上で、多くの教育的資源に恵まれています。

現在、筆者は中高の授業時間に年間約10数回に及ぶ野外フィールドワークを実施しています。これは一般的な校外学習や社会見学とは明確に一線を画するものです。選定する史跡は、教科書知識との接続性が高いことはもちろん、より空間的・地理的な理解を促す場所を選んでいます。
歴史を教室内で構築された理解にとどめることなく、地理的環境や都市構造、空間構造の中でリアルなものとして捉えさせ、その場で確実に起こった出来事、実際性のあるものとして確認・認識させるためです。生徒たちは、教室でインプットした知識を携えて街へ出て、現地の風景の中に歴史的事象を自分自身の手で再構築する訓練を重ねています。

探究的な教科学習としてのフィールドワークで、学びを観光に終わらせないための鍵は、生徒自身が現地で問いを発見できる仕掛けづくりにあります。
例えば、足利将軍家の菩提寺の一つである等持院(とうじいん、京都市北区)での授業事例を見てみましょう。ここには歴代将軍の木像(坐像)が安置されていますが、生徒たちには事前に詳細を教えません。
現地に足を運び、像と対峙した生徒たちは、観察を通じてさまざまな「違和感」を抱きます。
「なぜ、すべての将軍の像が揃っていないのか」
「なぜこの並び順なのか」
「像の表情や造りが、時代によって異なるのはなぜか」
「なぜ足利将軍と並び、徳川家康の坐像があるのか」
その位置や存在の有無、差異などに着目させ、そこから室町幕府内の権力関係や、制作された時代の政治的背景、あるいは後世における評価の変遷など、歴史的な理由を生徒自身が仮説を立て、推論します。彼らはこの仮説の検証の過程で、室町幕府やその将軍を巡るさまざまな評価や事績を主体的に学び、再確認する動機もまた獲得します。

また、京都御所や二条城といった大規模な遺構においては、建築を政治的な装置として捉える視点を与えます。二条城の二の丸御殿では、将軍と大名が対面する殿席の配置、段差の有無、天井や襖絵の意匠や題材の選定、素材や光の入り方。これらは単なる装飾ではなく、幕府の権威を視覚的・身体的に強制する空間構造上の工夫や装置です。生徒たちは現地を歩き、自分自身の身体感覚を通して、「この空間に身を置いた大名はどのような心理的圧迫・影響を受けたか」という仮説を立てます。歴史を文献からだけでなく空間から読み解く、いわば総合的な歴史地理学的なアプローチの実践を目標にして授業を実践します。

生成AIとの対話

「思考の壁打ち」と「批判的検証」

 

実際の物に触れ、探究的に考察するきっかけに。

 そして近年、この足で稼ぐフィールドワークの深度を高めるツールとして導入しているのが、生成AIです。本校では主にGoogle Geminiを活用していますが、その目的は正解を知ることではありません。思考の壁打ちと批判的検証です。
フィールドワークの質は事前の準備で決まります。生徒たちはデジタルアーカイブなどを駆使し、京都府立京都学・歴彩館(きょうとがく・れきさいかん)などが所蔵する古地図と現代の地図を比較分析します。例えば建仁寺(京都市東山区)を訪問する前、生徒は古地図を見て、かつての境内が、現在の花見小路通(はなみこうじどおり)のあたりまで広がっていたという事実に気づきます。ここで「なぜ、寺の敷地は縮小したのか」という疑問が生まれます。

この段階で生成AIの出番となります。生徒はこの疑問をAIに投げかけ、明治維新後の上知令や廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)といったキーワードを含んだ回答を引き出します。生徒はAIとの対話を通じて、変化の歴史的理由について仮説を構築し、その裏付けとなる資料(年表や法令データ)を探していきます。
ここで重要なのは、AIはもっともらしい嘘をつく(ハルシネーション)という前提を生徒と共有しておくことです。AIが提示した仮説は、あくまでもっともらしい推論に過ぎません。実際のフィールドワークは、この、AIと考えた仮説の妥当性を現地で確認する答え合わせではなく査問の場となります。
「AIはここに塔があるように表現しているが、礎石の痕跡は確認が難しい」
「AIの説明したルートは、実際に歩くと地形的に無理があるのではないか」
「すべてが生成AIの述べていた推論に当てはまらない」
現地にある石碑、地形、遺構の配置、あるいは当日わかる匂いや温度、日当たりなど、動かぬ証拠と照らし合わせ、また建仁寺の塔頭(たっちゅう、寺の中に設けられた付属の小寺院)への訪問で得られるヒアリングなども含め、さまざまな調査を経る中で、生成AIの情報の誤謬を見極める。このプロセスこそが、生徒の見る目を養い、教室での活動では到達しづらい深掘りレベルへと導きます。
生成AIは、生徒を安易な答えに導くのではなく、自身の論理を補強し、ときにはまことしやかに丸め込もうとする論敵として機能するのです。

フィールドワークに限らず、筆者は歴史授業全体では、生成AIの出番と、生徒との立場を意図的にデザインしています。通常の授業でも、生成AIが出力した歴史的解説の真偽をクラス全体で検証する時間を設けることもあります。通常、生徒は先生や教科書、あるいはネット情報から教わるという受動的な立場に置かれがちですが、この授業では立場が逆転します。生徒はAIの誤りを指摘し、指導・修正する専門家としての役割を演じます。
「この内容は授業で理解した捉え方と整合性がつかない」
「因果関係が逆ではないか」
AIを批判的に評価する活動を通じて、生徒は知識を正確に定着させるだけでなく、情報の真偽を見極めるメディア・リテラシーも涵養します。場合によっては、授業で紹介される理解とは異なる歴史解釈の可能性を発見することもあり得ます。

リアルとバーチャルの相乗効果

次代の歴史・日本史教育へ

 

事前に現地の方と打ち合わせを行い、授業を実施

また、創造的な活動として画像生成AIを活用することもあります。例えば、明治期の絵巻物を現代によみがえらせるプロジェクト授業です。岩倉使節団が横浜を出港した後の見聞を、当時の絵巻物風に表現させる授業ミッションを課します。評価基準は、重要な歴史的記事(事実)が正確に多く盛り込まれているかです。曖昧な指示では、AIは史実と異なる西洋風の絵を出力してしまいます。
正確な絵巻物を生成させるためには、使節団の行程や当時の服装、蒸気帆船であったこと、現地の景色や歴史的建造物の有無などを確認しながら、詳細にプロンプト(指示文)を修正し続ける必要があります。AIに良い絵を描かせるというゲーム性のある動機が、結果として教科書や資料集を精読させるという高度な能動的学習へとつながっています。生徒によっては、教科書や資料集では飽き足らず、久米邦武の『米欧回覧実記』や当時の一次資料を読み込み、より正確な反映に努めようとする場合もあります。

これらの実践が示唆するのは、これからの歴史教育でのリアルとバーチャルの相乗効果です。現場の本物(リアル)が持つ情報量と迫力。そして、生成AIという仮想(バーチャル)の提示する情報。これらを通じた実践により、生徒たちはフィールドワークで歴史の情景と環境を再構築しながら、生成AIという鏡を通して自らの思考の甘さや論理の綻び、あるいはその逆に生成AIでは行えない、自分の思考の歴史的解釈の可能性に気づきます。
生成AIは、単なる検索ツールの代替ではありません。それは、生徒の批判的思考力を試し、現地での観察眼を研ぎ澄ますための、強力なパートナーとなり、乗り越えるべき壁となります。生成AIを使いこなすとは、生成AIの答えを鵜呑みにすることではなく、AIと共に考え、現地・現物で検証し、最終的に自分の頭で結論を出すプロセスを構築することです。この姿勢こそが、次代を担う生徒たちに必要な資質なのだろうと感じながら、フィールドワーク授業と生成AIも活用した授業の伴走を試行錯誤しながら継続しています。

※写真は建仁寺の許可を得て掲載しています。

伏木 陽介(ふせぎ ようすけ)

花園中学高等学校 社会科教諭/中高一貫(ディスカバリー)コース統括・ICT担当、東西探究交流会代表


長年にわたり、探究学習のプログラム策定や実践に携わってきました。
学校や授業の改革には何が必要かを考え、現場でのチーム作りや実践を重ねております。
また、大学などの「学術知」を中高の教科指導とどう結びつけるかを追求し、共通テストの分析やICTとの接続等の教材開発に取り組んでおります。
こうした経験を活かし、未来の学びの創造に貢献したいと考えています。

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