2025.02.05
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子どもからの「死にたい」サインに気づいたら

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験をもとに、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。思春期になると「生きること」「死ぬこと」に悩む子どもも増えますが、その思いを誰にも打ち明けられないこともあるようです。命の大切さをどう伝えるか、そして子どもが発するSOSのサインにどう向き合うか。今回は「子どもからの『死にたい』サインに気づいたら」をテーマに考えました。

子どもたちが抱える「生きること」「死ぬこと」への疑問

思春期になると人生について考えたり、生きる意味や死について疑問を持つようになります。ただし親や先生に相談するのは稀で、ほとんどの場合は友達と話したり、一人で悩むことが多いようです。だからこそ思春期になる前から、「生きること」「死ぬこと」「なぜ人は生まれるのか」といった大きな謎について話すことが大切です。サンタクロースを信じているような小学校低学年のころから、少しずつ話題にすると良いかもしれません。

宗教を信仰していれば「亡くなったら天国に行ける」「人間として生まれ変われる」などの教えが心の支えになる場合もあります。しかし、宗教が無い場合は、「いつかは死んでしまうのに、なぜ生きなければいけないのか」については永遠の疑問となります。答えがないからこそ、さまざまな哲学や宗教が存在するのでしょう。

子どもに説明するときにも親は悩むかもしれません。私は「これは人間にとって永遠の謎なのよ」と正直に話すことをおすすめします。そして、「君はどう思う?」と問いかけながら、キリスト教やイスラム教、仏教、ラマ教などの死生観について話してはどうでしょう。そして、「科学者の中には私たちは細胞の集まりにすぎず、進化の結果として存在している。死んだら無になると考える人もいるのよ」「誰も答えが出せないけれど、人生は謎があった方が楽しいね」と、別の視点を伝えるのも良いと思います。子どもも「みんながこの矛盾を抱えながら生きているんだ。私だけじゃない」と気づくようになるのではないでしょうか。

命の循環を体験で伝える

動物を飼うことで、命の大切さを伝えることもできます。ペットを飼えない場合は、金魚のような小さい生き物でも良いです。我が家もモルモットや小鳥、アゲハチョウの幼虫を飼って、その短い人生を観察しました。生き物の飼育を通して、子どもは命を失う悲しみと、生き物には必ず終わりがくるということを知ります。生きている間にお互いに良い関係を築くことや、一緒にいられる時間を楽しむことを学ぶと思います。

また、「命は終わらない」ことも子どもには教えたいです。私の場合は、野菜や果物を育てることでそれを伝えていました。トマトやナス、ハーブなどのほか、横浜に住んでいたころは柿や桃、夏みかん、梅、キウイ、ブドウ、ブルーベリーなど果物の木もたくさん育てていました。

一生懸命に世話をした植物が育ち、実がなって、それをありがたくいただく経験を通して、「果物や野菜は消えてしまうわけではない。私たちの一部になった」「姿を変えただけで、その命は消えていない」と学んでほしかったのです。私たちは死んだら土に還り、その土が昆虫や木を育み、姿を変えて生き続けます。命をひとつの大きなものとして考えると、それはリサイクルにも似ています。命はリレーのようにつながり、ぐるぐると回っているのです。

うちでは釣りにもよく行き、釣った魚は必ず自分たちで調理して食べていました。これも命をいただき、自分の命の一部にすることです。小さな子どもでも実際に体験すれば理解できます。生きている魚が命を失い、調理され、自分が食べる、そういった経験の繰り返しで、息子たちと命について一緒に考えてきました。

子どもからのSOSに気が付いたら

 

誰にも言えず一人で悩んでいるのかも

死ぬことを思いとどまった人たちに話を聞くと、いくつかのパターンがあります。一つは、「生きていれば期待がある」と気づいたり、何か新しい出来事が起きた場合です。

また、多くの宗教では、自分の命を絶つ行為は最大の禁忌とされています。こういった信仰も自殺を思い留めるきっかけとなります。

親として子へ与えることができるのは「希望」や「愛」です。悩んでいるときには、「死んだほうがみんなのためになる」と思いがちです。実際にはたくさんの人を悲しませてしまうことに気づいて、思いとどまる場合があります。「私を大切に思ってくれる人がいる」「その人のために生きないといけない」という思いが、命を絶つ考えを止める一番の方法です。

子どもが悩んでいるときには、本を勧めることも一つの方法です。私も思春期のころ、「神様って本当にいるの?」と疑問を持ったことがあります。

そんなときに、出会ったのがJ.D.サリンジャーの『フラニーとズーイ』です。その中で、同じように悩み、最終的に「一人ひとりみんなが神様なんだ」と考える場面があります。一人ひとりが神様であり、一人ひとりを大切にすることも、信じることも理由はいらないのです。これは私の人生の指針にもなりました。「なぜアグネスさんはボランティアばかりするのですか」とよく聞かれるのですが、誰かのために一生懸命尽くすことに、理由はいらないのです。

子どもが死について口にしたり、SNSや日記で自殺をほのめかしたりしている場合は、真剣に受け止めてください。自殺を考える人の多くが命を絶つ前に誰かに話したことがあると言われています。「ちょっと冗談を言っているだけ」と軽く受け取ってはいけません。

子どもの相談にのるときには、まず子どもの話をよく聞くことがファーストステップです。子どもの話を否定せずに、「よくわかるよ」「そうだよね」と受け止めてください。「私も同じようなことを考えたときがあるよ」と共感するような話をしてもいいと思います。ただし、親が感情的になったり、泣いてしまったりして逆効果になることもあるので、専門家の力を借りることも大切です。

「生きている意味がない」「消えてしまいたい」「自分が死んだら、相手も反省するかな」などと口にしているときは、本当に死を考えている可能性があります。迷わず専門家に相談してください。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

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