2025.12.02
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困っている子をみんなで支える ~障害がある子の学びを勇気づける授業から~

ー ジャングルジムの中に入ったAさんが出られなくなってしまった。外からは引っ張り出すことができない。中に入っても、大人の自分の体では思うように動けない。結局Aさんは、半日出てこなかった 

40代の頃、特別支援学級の体育授業を担当した。体育には(だけは)自信が持てていたのに、その指導技術がまったく生かせなかった。「器械・器具を使っての運動遊び」で、今も忘れられない場面がある。
一方、指導によっては特別支援学級の子どもたちが弾むように生き生き動く授業もあって、先日、それを参観できた。

静岡大学大学院教育学研究科特任教授 大村 高弘

「ぼく、20周やったよ!」

静岡県I小学校の校内研修で、支援学級の体育が取り上げられた。
「つくろう!たのしいゆうえんち」(器械・器具を使っての運動遊び)の授業を、知的・自閉・情緒などの障害のある18人の子どもたち(4学級)が合同で行った。

広い体育館の片側に、トランポリン・跳び箱・トンネル・マット・平均台などがいろんな向きで複数置かれている。このコース(場の設定)は、自閉症・情緒の支援級に在籍する子たちの希望をもとに相談してつくったそうだ。

心地よい音楽が流れる中、リズムダンス、からだほぐし、走運動などで体が温まった子どもたちは各々の場への挑戦を始める。
5年生Bさんが挑戦しているのは肋木上がり。 手で体を支えながら、肋木にかけた足を交互に登らせていく。
「わあ、いい。足、高い!」
近くの先生から声がかかる。恥ずかしいのかBさんはそちらを見ず、うれしそうな表情のまま次のチャレンジ場所の平均台へ。その後の動きは実に早かった。あっという間にサーキットを一巡し、また肋木のところへ戻ってきてチャレンジ。
「もう一段、上にいきそうだよ」
先生の言葉を受けると、迷いながらなのか、ゆっくり片足が上がっていく。
(おお、倒れないかなぁ? 怖くはないんだ)

ヘッドギアを着けた4年生のCさん。以前、てんかん発作があり「もし人や物と衝突したら……」と母親の心配があるそうだ。運動経験が乏しいのか、走る姿にどこかぎこちなさを感じる。
平均台の上でCさんが両腕を横に広げ、バランスをとっている。その頭部が重そうに見え、危うい感じがいっそう高まる。が、支援の先生がつないでいた手を離すと、うれしそうな表情が見えた。一歩一歩を慎重に前へ進む。リズムダンスのときのCさんの笑顔だ。

Dさんの元気な声が聞こえてきた。
「先生、ぼく、20周やったよ!」
息を切らせ汗をかいて、床にペタッと座る。ここまでの時間でサーキットを20周もしたのだ。8段の跳び箱を余裕で跳び越えていた子だ。

その子その子が挑戦してみたくなる場が用意されていて、そこで感じる「ワクワク・はらはら・ドキドキ」が子どもを動かしている。心が「フロー」な状態になっているようだ。能動性は、取り巻く環境や刺激によって引き出されるのだろう。
もう一つ印象に残ったのは支援級の先生方の姿だ。子どもと一緒になって活動しつつ、勇気づけをしている。指導の技法を越えた何かがありそうだ。

放課後の授業研究会で

グループ協議に加わらせてもらった。
支援学級に入り、授業を担当しているE先生は、
「この子たちは、ちょっと分からないことがあったりするともうだめ。投げ出しちゃう。でも今日の姿は全然違う。あんなに夢中のままいられるなんて……」
話が進むうちF先生は、
「片付けが前向きだったのが、この子たちの満足感からだとしたら、運動会のときの6年生と同じかも」

見取った個々の子どもの姿を語る中、あちこちから笑い声も聞こえる。先生方は、ほほえましい言動を聴き合い、楽しんでいるように見える。自分の子を語る親のような慈愛を感じる。

全体の場では、
「〇〇さんと、◇◇さんが、交流の授業で私の教室に来ている。二人でくっついていてどこか不安そうな様子だ。でも今日の二人は伸び伸びと自分で選んだ活動をしていて……」
うなずく先生が多い。交流の授業で見せる姿は真実。でも、それはその子の一面。今日の姿を見て、改めてそれを感じたのでは。

1年生担任のG先生からは、
「支援級の子たちが考えたサーキット、1年生に見せたら魅力的だろう。やらせてもらえない?」
先生方みんながまた笑顔になる。

子どもの事実から

「授業論を語る前に、そこで学ぶ子どもを見取り、子どもの事実から考察できることを語ってほしい」
I小の校長室だより(535号)には、こう述べられていた。
一人ひとりをじっくり見ていると、共感が生まれ、応援したい気持ちになるのではないか。支援級の先生方の言葉かけやかかわりは、その典型だろう。

『教員のウェルビーイングを高めるー学校の「働きやすさ・働きがい」改革』(露口健司)を読んで、心に残ったのは人間関係の様相だった。
子どもとのよい関係をつくり、その結果、保護者からも信頼され、同僚性のなかで教師として成長していく。そこにつながる可能性を、I小の先生方の取組に感じた。

大村 高弘(おおむら たかひろ)

静岡大学大学院教育学研究科特任教授


教員不足の問題がいろんな機会に取り上げられています。
でも教職は実に愉しくやり甲斐ある仕事ではないでしょうか。
その魅力を読者の皆さんといっしょに考えていきたいと思います。

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