2025.09.17
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学級経営と企業経営の交差点 ―「ヒューマンリソース活用」のススメ―(2)

学級(学校)経営のカギを握るのは「人」という資産だ。
教師は伴走者でありながら、専門性のある指導者であり、学級を動かす大切な資産である。
人は価値観で動く。
だから、教師が自分自身の価値観を自覚することで、学級が一段と豊かになるのだ。

目黒区立不動小学校 主幹教諭 小清水 孝

はじめに

学校現場では近年、「学級経営」の重要性が改めて強調されています。学級経営は単なる学習や生活の管理ではありません。子どもたちが安心して学び合い、互いに成長できる環境を組織としてつくり出す営みです。私はMBA課程で企業経営を学ぶ機会を得ましたが、その中で、教育と経営の接点は予想以上に多いことを痛感しました。

前回は、学級経営と企業経営の交差点「文化(Culture)」に焦点を当てました。学級を一つの組織と見立てると、そこには必ず「文化」が存在します。文化とは「何が正しい行動か」「どれだけ努力することが当然か」といった思考や行動のパターンのことです。企業では組織文化が競争力の源泉とされ、Chief Culture Officer(CCO、最高文化責任者)を設置する事例もあります。

本稿では、学級経営と企業経営の交差点「Human Resource(人的資源)」について考えます。Human Resourceという概念は、学級経営を再考する上で大きな示唆を与えてくれます。

人は「資源」ではなく「資産」

経営の分野では「人こそが最大の資源である」という考え方が古くから強調されてきました。つまり、Human Resourceという視点です。近年では、Human Asset(人的資産)という概念の色合いが濃くなっています。人は「資源」ではなく、「資産」であるということです。

カール・ガースタッカー(ダウ・ケミカル元会長)は「特許や設備よりも、人こそが最重要の資産」と述べています。稲盛和夫氏(京セラ創業者)は「人材は会社の宝であり、その育成こそが企業の最も重要な投資である」と語りました。リチャード・ブランソン(ヴァージン創業者)もまた「社員は最大の資産であり、そのチームこそが企業の商品である」と言います。

こうした言葉は、教育においてもそのまま当てはまります。学校の成果を左右するのは、整備されたプログラムや教材だけではありません。最終的に子どもの学びを実現するのは、現場に立つ教師であり、そして子ども自身です。

全世界で400万部以上販売されている『世界最高の学級経営』という本があります。著者のハリー・ウォンは「成果を上げる学校には、教師という資産に常に投資する文化がある」と記しています。教師という資産に、研修や学び直しという形で投資し続けることこそが、子どもの成長を支えるのです。

教師を資産としてどう活かすか

しかし現状を見ると、この「資産」が十分に活かされていないのではないかと感じることがあります。近年注目される「伴走者としての教師」という言葉は、子どもの主体性を尊重する点で大きな価値をもちますが、その解釈が誤って広がる危険性があります。

例えば自由進度学習という名の下、配慮を要する子や学力低位の子が取り残される現象はその一例です。誤解のないように、私は「伴走者」「自由進度学習」を支持している立場であることを記しておきます。

教師は伴走者であると同時に、専門性をもった指導者でもあります。知識と技術を駆使し、ときに強くリードすることが、子どもの可能性を開くのです。資産は眠らせておくものではなく、活用すべきものです。「教師よ、引くな!もっと自分を出せ!」という言葉をあえて掲げたいと思います。教師の専門性や情熱を前面に出すことこそが、学級経営を豊かにし、学びを楽しいものに変えていくのではないでしょうか。

子どももまた人的資産である

一方で、人的資産は教師だけに限りません。子どもたちこそが学校にとって最大の資産でもあります。スティーブ・ジョブズがAppleを再建した際、暗黒の時代を乗り越える希望を見出したのは「製品」ではなく「人」でした。ビジョンを共有し、情熱を持ち続ける社員たちが、アップル再生の原動力となったのです。

学級においても同じことが言えます。子どもたちはそれぞれに可能性を秘めています。どう生かすかは、教師の経営手腕にかかっています。子どもを「受け手」としてのみ位置付けるのではなく、学級という組織の中核を担う存在として尊重し、その主体性を引き出していくことが、学級経営の大きなテーマとなるでしょう。

教師自身の価値観を言語化する

以上のように、組織経営には、文化(Culture)と人的資産(Human Asset)という視点が欠かせないことを論じてきました。最後にお伝えしたいことは、「この二つの行方は、経営者の価値観が方向づける」ということです。

教師が大切にする価値観は一人ひとり異なります。私たちは日々の実践において、暗黙の価値観を前提に判断しています。それを言語化し、同僚や子どもと共有することが、学級の大きな力になります。

たとえば「自由・平等」という価値観を掲げるなら、学級は必然的に多様性を尊重する文化へと向かいます。教師が自らの根幹にある思想を見つめ直し、それを学級経営に生かすことは、教育実践を一貫性のあるものにし、子どもたちにとっても明確な指針を与えるのです。

では、価値観の言語化はどのように行うのでしょうか。一つのヒントとしてライフストーリーがあります。私は、幼少期から現在に至るまでの自分のライフストーリーを想起し、書き出しました。自分でも気づかなかった「自分」に出会えます。自分は何に助けられ、怒り、悲しみ、苦しみ、喜んだのか、出来事と共に書き出します。そのストーリーは、妻子にも親にも親友にも決して見せられないものです。書き出したノートから、価値観が浮かび上がってくることでしょう。私の価値観は「差別を許さない」です。

これは生成AIにはできない作業です。じっくりと腰を据え、一人でいられる時間に、ゆっくりと人生を振り返ってみてはいかがでしょうか。

小清水 孝(こしみず たかし)

目黒区立不動小学校 主幹教諭


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現場で使える技術、できる実践、リアルな指導法を日々追究しています。
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NPO教育サークル「GROW5th」代表。

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