「先生、うちの子が...」その電話、私ならこう受ける(完結編)
現場でのトラブル対応における「聴き取り後」の重要性を解説します。
教師が持つ暗黙知を形式知化し、共有財産とする意義を考察します。
児童への継続的な声掛けや振り返り、保護者への連絡を通じた再発防止策を具体例で説明します。
目黒区立不動小学校 主幹教諭 小清水 孝
聴き取り後にもポイントがある
前編では聴き取り前、後編では聴き取り中のポイントについて考えてきました。
そして完結編となる今回はは、聴き取り後のポイントをお伝えします
ハンガリーの科学哲学者マイケル・ポランニーは「暗黙知」(tacit knowledge)を提唱しました。暗黙知とは、実践の中で培われる、言語化されていない知識です。現場での正解のないトラブル対応に奮闘される先生方は、膨大な暗黙知を蓄積しています。うまく言語化することができれば、教師の貴重な共有財産となるでしょう。
完結編では、残る2つの段階について記します。
【第9段階】 0,1,3,7,14に褒める
0日目(話し合い当日)
話し合いをした日の下校前後のタイミングで、いじめを受けたとされるAさんと、相手を傷つけたとされるBさんを個別に呼びます。
「あれから(話し合いをしてから)は、何もなかった?」と聞きます。
指導した当日ですから、子どもたちも言動に気を付けているはずです。このタイミングで褒めることができます。
「お互いに気を遣って生活していたのですね。思いやりがありますね」
話し合い初日、つまり「0日目」で、言動を振り返ることが重要です。
細かいことですが、時間差で下校させます。
1日目(翌日)
次の振り返りは、翌日です。
昨日の今日で、あんなに話し合ったのに、忘れているのが子どもです。ふとした瞬間に、以前の言動を繰り返すことがあります。このようなことがあると、昨日の聴き取りや話し合いが水の泡と化します。ですから、AさんとBさんが登校したら、すぐに個別に呼びます。
「昨日は、思いやりをもって生活することができて立派でしたね。今日もがんばれたことを下校の時に教えてください」
このように伝え、しかし、担任である私は気を抜かず、可能な限りAさんを注意深く見守ります。下校時、「0日目」と同じように振り返りをさせ、褒め、時間差で下校させます。
3日目
トラブルがなければそのことを褒めます。正直なところ、子どもに「どんなことに気を付けて生活しましたか?」と聞いても、「別に」「何もない」と返ってくることがほとんどです。すっかり忘れていることさえあります。それでも「気を付けて生活していたのですね」「思いやりがありますね」と価値付けます。
7日目・14日目
同様に、トラブルがないことを振り返り、褒めます。
何度も「気を付けていますね」「思いやりがありますね」と伝え続ける必要があります。こうした言葉を聴き続けることで、AさんもBさんも「自分は気を付けている」「思いやりをもって生活している」と思うようになります。
一度伝えただけで確実に伝わるほど、教育は単純なものではありません。
年端も行かぬ子どもたちに1回言って分かってもらうのは至極困難なことであると言えるでしょう。
私が主催する教育サークルの先生方の感想を引用します。
「0、1日目は意識していても,その後の3、7日目,さらに14日目まで、フォローを入れることは考えられませんでした。本当に自分のことを見てくれていると、児童は先生のことを思うはずです。何度も思いやりがあるということを価値づけることこそ、次への未然防止にも繋がるのだと思いました」
「自分自身の実践の振り返りをしていると、その日や翌日は声を掛けますが、その先というと疎かになってしまっているなというのが実際でした。0,1,3,7,14に褒めることで、児童に『自分は気を付けている』『思いやりをもって生活している』の意識をもたせることが大切だと学びました」
【第10段階】 0と7に保護者へ連絡する
0日目(話し合い当日)
対応初日「0日目」に、Aさんの保護者へ連絡を入れます。
(前編)で記載したように、電話する時刻をお約束していますので、すぐに電話は繋がります。放課後のBさんの様子を伝えます。そして、今後もBさんと振り返りを継続し、経過観察していくことをお伝えします。1週間後にもこちらから連絡することを約束します。
7日目
このタイミングでの報告に、保護者は安心感と信頼を寄せてくださいます。「来週末も報告いたしましょうか?」とこちらが提案すれば、ほぼすべての保護者が「もう大丈夫です」と仰います。
果たしてここまで細かくやる必要があるのか?
この問いへの私の答えは、「ここまで細かく再発防止に努めるのが現場のプロフェッショナル」です。「何もそこまでしなくとも」「失敗をするのが子どもだから」と,若き日の自分は思っていました。
しかし、教育現場は理想論では語れません。トラブルが再発すれば、保護者対応に追われます。授業準備に影響し、長時間勤務にもつながります。授業に力が入らなくなれば、他の子どもたちの不満も徐々に溜まります。
「組織的に対応して」「学校全体で相談できる体制を」などとよく言われますが、実際に最前線で対応するのは学級担任です。だからこそ,細かすぎるぐらい丁寧に対応します。私の場合、端末のリマインダー機能を利用して「Bさん○日目Reflection」と入力し、必ず忘れないように工夫しています。
サークルの仲間の先生の言葉記します。教師の思いが伝わってきます。
「聴き取り後のポイントですが、自分だったらと考えても『即日、当該児童の帰宅よりも前に保護者への連絡』くらいしか思い浮かびませんでした。私は授業が好きです。その自分の「好き」を守るために、どう立ち振る舞うのか、どんなルールをもっておくのか、プロフェッショナルとしてどう仕事と向き合うのか、生活指導という切り口から、単なる仕事術ではなく『生き方』について問われたように感じました」
暗黙知を形式知に,そして教師の共通財産に
3回にわたって、小学校におけるトラブル対応のリアルを綴りました。残念なことに、多くの大学やセミナーでは取り扱わない内容だと思います。なぜなら,現場で奮闘する教師の「暗黙知」が問題解決の糸口であるからです。
私は全国の先生方の暗黙知が言語化・共有化され、それが「形式知」となり、やがて教師の共有財産となることを強く願っています。しかし、それは安易にインストールできるものではなく、全国どこでも使える万能なものでもありません。

小清水 孝(こしみず たかし)
目黒区立不動小学校 主幹教諭
フープ1本でできる運動を3つ以上言えますか?
現場で使える技術、できる実践、リアルな指導法を日々追究しています。
現場の先生方、共に考え、指導法の選択肢を増やしていきましょう!
NPO教育サークル「GROW5th」代表。
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