2021.08.27
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魅力的な学習課題への道程~5~(第9回)

今回は、国語科の授業で文学作品を扱う意義について書きました。

明石市立錦が丘小学校 教諭 川上 健治

今回は、魅力的な学習課題を創るためのいちばんの土台である、「文学作品を学ぶ意義」について少し勉強をしたのでここで考えてみようと思います。というのも、この一番根本となる土台の部分を抜きにして、子どもたちにとって本当の意味での「魅力的」にはならないと考えるに至ったからです。

まず、令和2年度の教科書会社2社(M社・T社)を比較すると、6年間を通して、M社は27の文学作品が、T社は37の文学作品が教科書には掲載されています。年間に換算すると平均4~6つの文学の作品を児童は読んでいることになります。では、児童はこの6年間で文学作品を通して何を学んでいるのでしょうか。そして、先生方は、文学作品を教材化して子どもたちにどういう姿を求めているのでしょうか。       

2003年のPISA調査により日本人の読解力低下が顕在化し、「PISAショック」と騒ぎ立てられたことは記憶に新しいと思います。また、日本で行われている全国学力・学習状況調査では、特に「活用」に関する問題が出題されるB問題の正答率が低いことも指摘されています。これらについて、石井英真氏は、「現実世界の文脈に対応して個別の知識・技能を総合する『使える』レベルの思考力を発揮する機会が独自に保障されなければならない。PISAの読解リテラシーが日本の国語教育に提起した課題もまさにその点でした。PISA以前の従来の日本の読解指導は、与えられたテキストの内容理解(解釈)を深めるために、指示語の指す内容や段落構成や本文の要点を答えさせるものでした。」(『授業づくりの深め方』)と述べておられます。つまり、従来の国語教育は内容を読み取るための手段としての学習が行われてきており、その読み取った力を他教科はじめ現実世界にも転用できない教育をしていたというものなのです。その結果、文学作品の授業でも、文学作品そのものを味わうというより、次なる文学作品を読む際に転用できる文章の「読み取り方」や作品の「主題」の押さえ方の指導が中心になってきているのではないでしょうか。

また、平成29年版学習指導要領では、「言語活動の充実」に代わり「アクティブラーニング」の視点からの学習過程の改善や「資質・能力」の育成がキーワードに挙げられるようになってきました。これらの改定により、文学作品を読むことは次なる作品を読み取るための手段になっていき、目的になっていくことが考えられます。小学校6年間で20~30もの文学作品を読むにも関わらず、果たして文学作品を読む目的がそれでよいのでしょうか。

文学作品を読む価値は、もっと人間形成に寄与しうるものでなければならないと私は考えました。このことについて、例えば、田近洵一氏は、「幼児の時から特に文学的な世界でこれまで経験したことがないような異質な他者と出会い、新しい世界を体験していくことの重要性が教育に求められている。」(『文学の力×教材の力 理論編』)と述べておられます。
また、石森延男氏は、「文学作品は、もともと人間の生きた世界を描こうとしたものであり、かかるときに、かかることを考え、行動するものであるという場面と心理を表現したものである。児童・生徒の直接経験を豊かにするとともに、文学鑑賞により生き生きとした間接経験を与え、豊かな、人生経験を得させることは、大きな価値をもつと考えられていた。」(『国語教育基本論文集成第16巻』)と述べておられます。浜本純逸氏も、「文学作品を読むことは、読み手が形象的手がかりに、意味を発見し創造していく営みである。その過程で人物(他者)と出会い、自己をとり巻く状況をとらえ直して、自己を豊かにしていく営みである。」(『国語教育基本論文集成第12巻』)とされています。文学を読む意義について、この3人の見解からは、文学を読むことで、虚構の世界に生き、その虚構の世界での間接的な出会いを通して、経験値を増やしたり、人生を豊かにしたりし、それがひいては、人間形成に役立つという共通点を見出すことが出来ます。

つまり、文学作品を読む価値というのは、本来、読書を通して、虚構の世界に入り込み、そこで未だかつて経験したことのないようなことを経験したり、異質な他者と出会い、その他者の心の変容に共感したりしながら人生を豊かにし、人格を形成していくという点にあると思うのです。

それを、「中心人物の心情の変化」や「主題の読みとり方」などに焦点を当て、そこで未だかつて経験したことのないようなことを経験させたり、異質な他者と出会い、その他者の心の変容に共感させたりする機会を奪うような授業は、勿体ないと思います。そこを抜きにして、魅力的な「主題の読みとらせ方」と謳ったところで、子どもたちには本当の学力がついていると言い難いと思います。ただ、作品を深く読み取るには、「中心人物の心情の変化」や「主題の読みとり方」などを押さえることも、また必要な知識です。

従って、これらの知識をどう活用させるか、そこに「魅力的な学習課題」が生まれると思うのです。それのヒントになるのが「逆向き設計」論です。
次回は、「逆向き設計」論を紹介したいと思います。

川上 健治(かわかみ けんじ)

明石市立錦が丘小学校 教諭
クラスの全員が楽しく学び合い「分かる・できる」ことを目指して日々授業を考えています。また、様々な土台となる学級経営も大切にしています。

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