2020.06.26
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子どもをムキにさせた、教師の「無言の発問」(発問研究 Vol.5)

ゲーテとの往復書簡で著名なイギリスの思想家、トーマス・カーライルが残した言葉がある。
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雄弁は銀、沈黙は金。
雄弁であることも大切だが、沈黙すべきときや、沈黙の価値を知ることはさらに大切である。沈黙のほうが、時としてすぐれた弁舌よりも効果的であることをいう。(『故事ことわざ新辞典』三興出版 2009)
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ついつい必要以上に話してしまう。話せば話すほど、子どもが理解すると思い込んでしまっている。
子どもの発言が少なくなると、発問の言葉を何度も何度も修正してしまう。
そんな悪い癖を、私は最近手に入れてしまった。このままではいけない。だったら、話すのをやめてみよう。極端だが、やってみた。教師が話さないで、発問と同等の効果を子どもの中に生むことはできないだろうか。そう思い、実験をしてみた。すると、子どもがムキになった。

そこで、話すことなく発問の効果を生む教師の働きかけを、「無言の発問」と銘打った。

高知大学教育学部附属小学校 森 寛暁

アレがあると、大事故になっちゃう!?

それでは、「無言の発問」の事例を1つ紹介する。3年生の算数「大きい数のたし算」。3年生の子どもたちが、3桁+3桁のたし算に出会う場面である。

私は子どもたちの筆算に対する価値観を揺さぶろうと思っていた。同時に、子どもたち一人ひとりの既習事項の定着を診断しようとも思っていた。つまり、たし算の筆算の仕方が十分に身についているかを見取りながら、2年生で学んだ筆算の仕方「①位をそろえる②一の位から順に計算する」を一度崩してしまおうと思ったのである。理由は、当たり前を疑う機会をつくり試行錯誤することで、筆算のよさを実感してほしいと思ったからである。ここでの筆算のよさとは、計算の手順を指す。

実際の授業
子どもたちは、問題文「315円のドーナッツと423円のヨーグルトを買います。代金はいくらになりますか」を書き終えると、いかにも筆算での解決に自信がある表情で、今にも鉛筆を動かそうとしていた。そこで私は、「筆算リレー」をしよう、と持ちかけた。一人ひとりが黒板に1数字ずつチョークで書いていき、筆算を完成させていく。

筆算リレーの始まり
1人目が、百の位に3を書く。2人目が、十の位に1を書く。3人目が、一の位に5を書く。上段は315となる。次に4人目が、+を書く。次に教師の出番。プロレスリングに乱入するかのように突然、私が位をずらして十の位の下に4を書いた。子どもたちは、ざわつき始める。教師は、無言。次の5人目の子どもは迷いながらも、一の位に2を書く。6人目が、さらにその右隣に3を書く。位がずれた階段のような3桁+3桁の筆算が出来上がった。すると、7人目が、出来上がった筆算に大きくバッテンを書いた。「先生がやったことは、おかしい」と子どもたちは連呼。

仕切り直し
教師の出番は、位同士の数を足し始める場面。315+423と見事に位がそろった筆算が出来上がった直後、私は動いた。百の位に7を書いた。子どもたちは「もおぉおっー!」と少し怒り始めた。教師は、無言。子どもたちは「百の位から計算しちゃダメ!」と反論。しかし、教師は無言で書き進める。十の位に3、そして最後に一の位に8。315+423=738。完成すると子どもたちは少し静かになった。「あれ!?答えはあってるよ」「でも、習った方法と違うからダメじゃない!?」
子どもたちの中には、私のやり方に納得感を抱き始めた者が数名出て来たのだ。しかし、「アレがあると、大事故になっちゃうよ!だって」と言い始めた子どもによって、納得感が反論に変わる。「そうそう、アレがあると困るよね」「そうそう、ぜったいにね」

その後、もうひと山あったが割愛する。

反論、納得、反論、発展・統合、よさの実感

このように、教師の無言の働きかけ(=教師の誤答)によって、子どもたちは一気にムキになって反論してきた。一度、納得しそうになるが、再度反論してきた。対教師のやり方と自分たちのこれまでのやり方という構図の中で、子どもたちは「2年生で習った筆算の基本(①位をそろえる②一の位から順に計算する)は、今日の3桁+3桁の計算にも使える!!まあ、基本中の基本だからねー」と統合的な考え方を働かせた。

筆算の計算の手順のよさを実感できたことを伝えるには、割愛したもうひとつの山場を書く必要があった。

無言の発問。それは、「言葉を書いて発するという視点」を教師が持つことから始まる。

森 寛暁(もり ひろあき)

高知大学教育学部附属小学校
まっすぐ、やわらかく。教室に・授業に子どもの笑顔を取り戻そう。
著書『3つの"感"でつくる算数授業』(東洋館出版社

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