愉しい授業を創る 子どもが本気になって学ぶ編(2)
「愉しい」授業とは、どんな授業かということの答えは、一つではないと思います。その一つとして、挙げたいのは、子どもが「本気になって学ぶ」授業です。前回に続き、この「本気で学ぶ授業」について、算数科の授業の具体をもとに考えたいと思います。算数の授業では、「算数って愉しいな。面白いな」と子どもが算数という教科の愉しさ・面白さを感じてくれたらいいな、課題にどっぷりとつかって深く追究していけるといいなという願いをもって授業づくりをしてきました。
浜松学院大学 現代コミュニケーション学部 子どもコミュニケーション学科 教授 前浜松学院大学短期大部 幼児教育科 特任講師 川島 隆
Aさんの学びを見ていくと
今回は、6年〇組の教室で学ぶ、Aさんの学びを見ていくこととします。
算数の授業でのAさんは、決して積極的に発言をする方ではないので、目立つ存在ではありません。
しかし、じっくりと課題に向き合う子だなと思っていました。
ただ、「学び合い」には、あまり積極的ではないように思いました。
「平均」や「単位量あたりの大きさ」の学習で何を求めるのかがはっきり分からないときもあり、「先生、ここが分からないんだけど、…」と言って、私に手助けを求めることもありました。
九九表に数の分だけ1円玉を並べていくと、いくらになると思う?

さて、その日の授業の課題は、「九九表のマスに同じ数の1円玉を積み重ねると、いくらになるか。それをどのように求めたらよいか」というものでした(実際は、10円玉で実施)。
既習内容をどのように生かせるかに注視しながら、かかわっていきたい。
一人学びでは「平均」の考え方には及ばないかもしれないけれど、友達との学び合いの中で、気付きが生まれることを期待していました。
授業の冒頭、「今日は、これが問題です」と言って、10円玉が詰まった缶を振って見せます。
缶の中で10円玉がふれ合う音に、「お~」と歓声を上げる子ども。
「800円はありそうだ」とつぶやく子ども。
Aさんもにこにこしながら、注目しています。
そして、九九表を黒板に提示しながら、
「この九九表に数の分だけ1円玉を積み重ねていくと、いくらになると思う?」と問い掛けました。
さらに、実際に1円玉を積み重ねた写真も見せました。
山のように積まれた1円玉は、先ほどの音と同様に、子どもたちを引きつけるのには十分な材料のようでした。
Aさんは、何を考え、何をしているのだろう

子どもたちなりに、予想をもって、自力解決が始まりました。
私が、真っ先に声を掛けたのは、Bさんです。
一人では、解決が難しいと思いましたし、どこまで彼が問題を理解しているのか確認しておかねばと思ったからです。
Bさんに声を掛けながらも、私は、Aさんは、何を考え、何をしているのだろうと気に掛かっていました。
子どもたちの机を巡りながら、Aさんのところまで来ました。
授業が始まって10分ほどたった頃でした。
Aさんは、どんなふうにしているのかな、と楽しみにしながら近付くと、ノートに細やかな字で計算しています。
私が近付いたのも分からないくらいに集中しているようでした。
ノートには、たくさんの筆算が並んでいました。
彼は、九九表の数字を何やらたしていっているのでした。
そこで、彼にやり方を聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
「一番左側の縦の列の数字を1+2+3+…7+8+9と合計すると、1+9=10、2+8=10、3+7=10と続く。
2列目は、2+18=20、3+17=20…と続き、次の列は、30,40,50、…となる。その数×4+余った数で、1列分の数(合計数)が分かる」
つまり、彼の説明によると、縦列の合計は、左から45,90,135、180、225、270、315、360、405となるということでした。
私は、「面白いね」と声を掛けながらも、少し当てがはずれたような思いもしていました。
これでは、既習事項を生かすという解き方ではないし、時間がかかってしまいます。
とても「平均」の考え方を生かすところには行き着かないかもしれないと思ったのです。
しかし、ここでやたらに助言しても彼は受け入れないのかもしれないし、むしろこのやり方がこの先の考えに生かせることもあるかもしれないと考えました。
そこで、「もっと簡単に求める方法ってないかなあ」と声を掛けるだけにとどめ、隣のCさんのところに行きました。
本気で学ぶAさんならではの解き方

しばらくして、Bさんの
「一番左の縦の数字、1+2+3+…8+9=45。1+9、2+8、3+7、4+6は、全部10で、それに真ん中の5をたせばいい」という考え方を全体の場で、確かめ合いました。
これを聞いた後、Aさんは、また、1人でノートに向かい、追究を続けていきます。
隣のCさんやDさんがしきりと声を掛け合いながら解決方法を探っているのを横目に、自分の考え方を突き詰めたいというAさんの気持ちが伝わってくるようでした。
そして、次に彼のところに足を運ぶと、こんな説明をしてくれました。
先ほど出した、縦列の合計を端同士で足していくというのです。
左端の45と右端の405をたすと、450、同じように、内側の列に向けてたしていくと、答えはすべて450になるというのです。
そして、余った真ん中の列は、450の半分、225になるというのです。
彼の考えをさらに、突き詰めれば、450×4+225で答えが求められます。
私の構想にあった「平均」を活用するという考えではないのですが、「いくつかの数量を等しい大きさになるように『ならす』」という本来の「平均」の意味にかなった、彼ならではの解き方でした。
結びに
この子どもは、こんなふうに考えるのではないか、という勝手な教師の思惑など、本当につまらないものであるということをあらためて感じました。
同時に、子どもの思考って素晴らしいなと思いました。
私の構想に子どもの考えを押し込めるのではなく、もっと広く、豊かに子どもの考えをイメージできるようにならないといけない、Aさんの発想に学ばなくてはならないと思いました。
そして、子どもは、私の固い頭では到底及びもしない柔軟な発想ができるのだと思いました。
そのように私が感じたのは、子ども自身が「本気」で課題に向き合い、探究している姿に出会えたからだと思います。
Aさんに限らず、一人一人の子どもが、「本気」になれる授業を創ることが、私に課せられた大きな課題であることもあらためて感じ、その授業こそ追究していきたいと思うのでした。

川島 隆(かわしま たかし)
浜松学院大学 現代コミュニケーション学部 子どもコミュニケーション学科 教授
前浜松学院大学短期大部 幼児教育科 特任講師
2020年度まで静岡県内公立小学校に勤務し、2021年度から大学教員として、幼稚園教諭・保育士、小学校・特別支援学校教員を目指す学生の指導・支援にあたっています。幼小接続の在り方や成長実感を伴う教師の力量形成を中心に、教育現場に貢献できる研究と教育に微力ながら力を尽くしていきたいと考えております。
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