2020.04.28
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未来の発問(発問研究 Vol.2)

教師になったわたしには、口癖のように言うある言葉がある。「なんで?」と「どうして?」。子どもの理由や根拠、今の思いを引き出すために。時には強く、時には穏やかに、時には鋭く。上手く引き出すことができることもあれば、できないこともある。引き出すことができないときの子どもの様子は、「......」と無言か、言い訳じみた言葉(特にトラブル対応の際)といつも決まっている。そこには問題解決をしたい教師と、その場をしのぎたい子どもがいる。
言い訳を聞きたいわけじゃないのになあ......、子どもの素直な思いを引き出せる他の問いかけの言葉はないかな......。
──なっ。

高知大学教育学部附属小学校 森 寛暁

あなたへの2つの問い

どうして? なんのために?

突然だが、 読者の先生に2つの問いを投げかけたい。
同時に投げかけるため、両手でキャッチしてほしい。

A【 どうして 】教師をしているのだろうか?
B【なんのために】教師をしているのだろうか?

──AとBとで答えは変わっただろうか。
──それとも同じ答えだっただろうか。

わたしの場合、答えが変わる。
Aの答え
音楽活動やバーテンダーをしていたが、東日本大震災を機に、教育の世界に足を踏み入れてみようと思ったから。
Bの答え
目の前の子どもたち一人ひとりの今と未来の笑顔を守るため。

答えが変わったのは、思考の向きが違ったからだろうと思う。
思考の向きとは、頭の中で無意識に働く時間の流れである。
つまり、Aでは意識が過去に向き、Bでは未来に向いている。

Aは原因志向、Bは目的志向と言える。
どちらともに意思は感じられる。

「未来の発問」とは

「なんで?」「どうして?」の原因志向も「なんのために」の目的志向も、問題解決には大切だと思う。しかし、原因を必要以上に追求する言葉になりかねない。子どもによっては萎縮してしまう恐れもある。ならば、「なんで?」「どうして?」を多用することは避けたい。本末転倒になってしまう。

そこで、目的志向の「なんのために?」で問題解決にズバッとつなげたい。
そう思ったわたしは、「なんのために?」というありふれた言葉を「未来の発問」と呼ぶようにした。

「未来の発問」とは目的をもった解決志向の発問である。
「なんのために?」と子どもへ問いかけるのだ。

子どもたちとの出来事(失敗談)

解決志向の未来の発問である「なんのために?」を意識し始めた頃のわたしと子どもたちとの出来事を2つ述べる。

1つ目は、休み時間に起きたトラブル対応の場面。
A男が、「B子がやめてって言っても背中を押してくる!」と言い寄ってきた。彼の顔は赤く、目は少し濡れていた。いつもと違う様子を感じたわたしは、A男とB子と話し合う場をつくることにした。

落ち着きを取り戻したA男もこわばった顔のB子も口を開こうともしない。しばらくして、A男は自分の気持ちを「何度も何度もやめてって言ってもやめず、押されて嫌だった」とはっきりとB子に伝えた。
しかし、彼女は何も伝えず沈黙する。少し気が立ってきたわたしは、依然として口を開こうとしないB子に、「なんで、何も言わないの?」「どうして、そんなことをしたの?」と言ってしまった。癖はなかなか取れない。あれだけ意識していたのにもかかわらず、また「なんで?」と「どうして?」と追い詰めてしまった。案の定、彼女の頬がどんどん赤くなっていく。わたしは反省しながら彼女が落ち着くまでしばらくA男と待った。
そして、「なんのために、背中を押したの?」と投げかけた。

すると、「一緒に遊びたかったから……」と弱い声で言った。
「わたしはA男が楽しんでいると思っちょった」と彼女は続けた。
タッチ遊びが好きな彼女は、自分が好きなことは当然相手も好きと思い、よかれと思って背中をタッチしていたのだ。
わたしはやっと彼女の気持ちを理解した。
──「なんのために?」が、彼女の背中を押してくれた。

2つ目は、3年生との算数授業の場面。
4月、「12×3を2つの式に分けよう」と問題を提示した。子どもたちは、「分けた式は九九の中にあることが条件であること」を全体で確認し、ノートに向かう。縦に8、横に3のアレイ図を書くことは全員ができている。ところが、次の一歩が踏み出せない。どちらも笑わないにらめっこ状態。

すると、後方にいる男の子の鉛筆が横に動いた。
わたしは、その子(C男)に近づきながら、「あぁ、線を引いた人がいるよ」とあえて大きな声で言った。周りの者は口々に、「なんで?」「なんで?」とハテナを飛ばす。キョロキョロと見渡す。だったらC男に直接聞いてみようと言うことになった。
「ねえC男、なんで線を引いたの?」
「え!? なんでって言われてもなあ……」
彼の思いは伝わらない。そこで、わたしは「なんのために?」を思い出した。今の文脈だったら使えそうだ。そして、

なんのために、C男は線を引いたのかな? 適当にやったのかな?」と全体へ投げかけた。すると、「適当じゃないと思うよ」「何か考えているはず」と子どもたちは勢いを取り戻す。そこで、もう一度直接C男に聞いた。
「ねえC男、なんのために線を引いたの?」
「だって、いいことがあるから!」
彼はそう発すると意気揚々と黒板の前に出て来た。チョークを持ち、一本の線を引いた。
「あぁーっ!」「九九が使える式が2つできる!」
彼の一本の線を見た者全員がC男のアイデアを理解した。結局、子どもたちは12×3を8×3と4×3の式に分けることができた。
──「なんのために?」が問題解決への道筋を一直線に照らした。

タイムマシンのように

授業や休み時間を問わず、子どもたちが問題解決の意思・目的をもつ。これまでに手に入れたアイデア(見方・考え方)を働かせる。素直な思いを伝え合える。タイムマシンのように、未来に行ったり過去に行ったり今に立ち返ったりしながら問題解決の過程を経験する。「どうすれば解けそうかな? あのときのアイデアが使えないかな? 結局、今の問題はなんだっけ?」と自由自在。そんな時間が教室につくれたらと願う。
きっと──。

森 寛暁(もり ひろあき)

高知大学教育学部附属小学校
まっすぐ、やわらかく。教室に・授業に子どもの笑顔を取り戻そう。
著書『3つの"感"でつくる算数授業』(東洋館出版社

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