「荒れ」と向き合う詩の授業≪実践編≫(6)
子どもたちの「自尊感情」を高め、少しでも「荒れ」が見られる学校の現状を改善しようと、全校全職員で「詩の指導」に注力することが決まったA小学校。その指導法については、校長から「先生方の創意工夫で」という指示のみでした。
今回は、「作戦(6)」の実践となります。
また、今後本文中で採り上げる児童の作品等につきましては、成年した元児童のものにつきましては基本的に本人に、未成年の元児童のものにつきましては本人および保護者の掲載許諾を事前に得ておりますこと、あらかじめ申し添えます。
大阪府公立小学校 主幹教諭・大阪府小学校国語科教育研究会 研究部長 杉尾 誠
改善が見え始めたものの
授業成立が困難だった学校も、赴任当初の4月に比べて、全体的に落ち着きを見せ始めていました。先生方の「学校をよくしたい」という強い思いが、子どもたちにもしっかりと伝わってきたようです。幸い、私の担任する4年生のクラスも、これといった大きな事件や事故もなく、穏やかに過ごせる時間が多くなっていました。
とはいえ、狭い教室の中に子どもたちが29人も集まって生活しているのですから、些細な行き違いからけんかに発展し、問題解決に向けて話し合うため学級会を設けたり、保護者の方の理解や協力を得るために家庭訪問をしたりするような事案は、しばしばありました。
そんな様々な事案において、当事者となることが多かったのが、Cくんです。
Cくんのこと
Cくんは学習が全般的に苦手で、また授業に集中することが難しく、時には授業妨害のような行為に及んでしまうこともあり、私によく注意されていた子どもの一人です。ただ、個別に呼んで話をするととても素直で、なぜそのようなことをしてしまうのかわからない、と正直に打ち明け反省の態度を見せてくれていました。
しかし、他の子どもを傷つけるようなことがあった場合は、家庭訪問をし、保護者の方に事実を伝えなければなりません。お母さんは「あの子の気持ちがわからない。あの子を産んだのは、間違いだったのかもしれませんね。」とまで言い放つほど、子育てに悩んでおられるようでした。
Cくんも「おれは『いらん子』やねん」と私に言うほどでしたから、家庭でも直接、お母さん(か、もしくはお父さん)がCくんにそのような言葉を発していたであろうことは、容易に想像がつきます。
「子どもたちの自尊感情を高める」ことが必要だと、校長が繰り返し職員に説いていましたが、私はそのためにはさらに「保護者の自尊感情も高める」ことも必要ではないかと、Cくんのお母さんのお話を聴いて考えるようになっていました。もちろん、私たちが直接保護者を指導するような、おこがましいことはできません。
そこで、今回は「作戦(6)」を実行し、詩の力をもって、保護者の自尊感情を高めるためのアプローチに挑むことにしたのです。
作戦(6)「保護者の自尊感情も高める」
連載(4)でお伝えした、Aさんの詩「大好きな父」を手掛かりに、今日は道徳の時間を使って「おうちの方へ『ありがとう』の気持ちを伝える詩を書こう」と子どもたちに呼びかけました。
普段の道徳の授業で扱うような仮想の出来事ではなく、実際に毎日の生活を共にしている家族が対象となる課題ですから、張り切って書くこうとする子どもが多かったように思います。母の日や父の日はもう過ぎていましたので、もしかしたらそのタイミングで、すでに感謝の言葉を伝えたり、お手紙を書いた子もいるかもしれません。一方、照れなのか「え~!」と困った声を上げて悩む子どもも少なからずいました。
さて、Cくんはというと「何書いたらいいかわからへん」と、鉛筆すら持とうとしませんでした。彼の席の横に行き、詩を書くヒントになるものを一緒に探しました。彼の否定的な言葉が並ぶ中でふと思いが巡り、私は彼の「誕生日」がキーワードになるのでは、とアドバイスしました。隣にいた女の子も「そうやそうや、それはすごいことやで!」と後押ししてくれました。「そうかなぁ」と言いながらも、一時間かけて作った詩がこちらです。
Cくんの詩
「クリスマス」
ぼくは
クリスマスの日に
うまれたよ
とうさんありがと
かあさんありがと
うんでくれてありがとう
互いに「高め合う」自尊感情
彼の言葉足らずな表現は、詩という世界において逆に深い味わいを生み出しています。さらに、これが1時間悩みに悩みぬいた末にようやく綴られたという点も、よりこの詩の価値を高めているように思えました。
私は早速、その詩をお母さんに届けました。家庭訪問をするような事案はなかったのですが、その日は校区巡回の当番だったので、その道すがらです。お母さんは私の突然の訪問に「また何かありましたか」と怪訝そうでした。
失礼をお詫びし、彼の詩をどうしてもすぐにお見せしたかったと説明すると、お母さんはほっとした様子でCくんの詩をご覧になっていました。「最近が親子げんかばかりで、昨日も売り言葉に買い言葉で、ひどいことをCに言ってしまいました。でも、こうやってCが本当に思ってくれていたのなら、私も心から反省しないといけないですね。」と感極まった様子でおっしゃいました。
後日談で、奥にいたCくんは、2人の会話に聞き耳を立てていたそうです。「かあさんがやさしくなった」と、Cくんははにかみながら教えてくれました。「けんかするけど、すぐおわるし、かあさんもあやまってくれる」とも教えてくれました。
子どもが過ごす時間は、学校よりも家庭や地域の方が圧倒的に長いです。したがってそれらの連携がうまくいかないと、子どもの自尊感情は高まっていかないでしょう。Cくんの詩は、Cくん自身と、Cくんのお母さんの自尊感情を互いに高め合うだけでなく、私の教師としての自尊感情までも高めてくれた、かけがえのない作品となりました。
(続く)
杉尾 誠(すぎお まこと)
大阪府公立小学校 主幹教諭・大阪府小学校国語科教育研究会 研究部長
子どもたちの「自尊感情」を高めるため、「綴方」・「詩」・「短歌」・「俳句」などの創作活動を軸に、教室で切磋琢磨の日々です。その魅力が、少しでも読者の皆様に伝われば幸いです。
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