2022.10.04
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学びの過程を「見える化」すれば授業研究が変わる(前編) 共同研究「子どもの学びの見とりと授業デザインを支えるFuture LS Roomの開発」の取組事例

この連載では、全国の教育委員会・小中高等学校と連携して学習科学に基づく協調学習の授業づくり実践研究を展開するCoREF(一般社団法人教育環境デザイン研究所CoREFプロジェクト推進部門)と、内田洋行教育総合研究所の共同研究「子どもの学びの見とりと授業デザインを支えるFuture LS Roomの開発」のコンセプトやシステムを活用することで、実際の授業研究がどう変わりうるかを学校現場の先生方のお声をいただきながら紹介してまいります。

連載の初回は、リーフレットでもご紹介した埼玉県川口市立高等学校附属中学校での授業の記録を用いて、多様な校種・教科の先生方を対象にワークショップ形式で行った授業研究会の様子と参加者の声を前後編にわたってご紹介します。

1.授業の概要

「雨粒の落ち始めから地上にとどくまでの運動のようすはどうなっているのだろう」

課題を提示する川口市立高校附属中学校 堀公彦先生

対象の授業は、中学校1年生1クラスが課題活動として取り組んだ科学教室です。力と運動について学習するために、「雨粒の落ち始めから地上にとどくまでの運動のようすはどうなっているのだろう」という課題に、「知識構成型ジグソー法」(教育環境デザイン研究所 知識構成型ジグソー法 (ni-coref.or.jp))という手法を用いて取り組みました。授業の概要は下表のとおりです。生徒たちは最初にメインの課題について個々で考えた後、3つのエキスパート資料の担当グループに分かれ、小グループで与えられた視点の専門家になります(エキスパート活動)。この授業では、それぞれ1枚の資料をもらって、資料中の課題について自分たちなりに説明できるように考えました。次に3つの異なるエキスパート活動で学んだ生徒が集まって、学んできたことを活用してメインの課題に改めて答えを出します(ジグソー活動)。その後、それぞれのグループが考えた答えを全体交流し(クロストーク)、最後にもう一度個々人で答えを出します。

メインの課題 「雨粒の落ち始めから地上にとどくまでの運動のようすはどうなっているのだろう。」
Pre-Post(選んで理由を記述)
① 落ち始めから地上まで同じ速さで落ちてくる。
② 落ち始めからだんだん速くなりながら落ちてくる。
③ 落ち始めからだんだん遅くなりながら落ちてくる。
④ 落ち始めからだんだん速くなるが、ある速さからはその速さを維持して落ちてくる。
⑤ 落ち始めからだんだん速くなるが、ある速さからはだんだん遅くなりながら落ちてくる。
※空気の密度や気圧は、雲から地上まで変わらないと仮定して考えよう
エキスパート活動 <A>運動と空気抵抗
・ 宇宙空間での物体の運動
・ 物体の速さと空気抵抗の関係
<B>物体にはたらく2つの力
・ 2つの力が一直線上で逆向き同じ大きさであればつり合い、合力は0となる。
・ 合力が0のとき、力がはたらいていないのと同じ状態
・ 2つの力がはたらいている物体の運動
<C>重力による落下運動
・ 地球と物体の間の万有引力
・ 重力によりずっと力が加えられ続けているため、だんだんと速くなる運動になる。
・ 雲の高さから雨粒が落ちてくると、その速さは1000mの場合500㎞/時

授業者が期待したメインの課題の答えは④ですが、この授業ではクロストークの段階で7グループ中5グループが⑤を選択しました。そこで授業者は、クロストークの後、(どちらが正解かは示さずに)さらにグループで相談する時間をとり、その結果すべての班が正解の④を選びました。

2.活用したシステム

独自開発の機器(水平方向360度ビデオカメラ・個別マイク4つ)
+システム(音声テキスト化、音声・映像の再生)

独自開発の機器「学瞰レコーダー」でグループ活動を記録

この授業では、水平方向360度ビデオカメラ・個別マイクを組み合わせたCoREFによる独自開発の機器(「学瞰(がっかん)レコーダー」)を使って、グループ活動の様子を記録、生徒一人一人の表情が見え、一人一人のつぶやきが聞き取れる映像・音声記録を作成しました。今回のワークショップでは、同じグループ学習の場面について、一般的なビデオカメラを使ってグループのすぐそばで記録した映像・音声とこの機器で記録した映像・音声とを聞き比べていただきましたが、他のグループの発言なども重なる中で前者ではほとんど生徒が言っていることが聞き取れなかったのに対し、後者では生徒一人一人の発言やつぶやきをはっきりと聞き取ることができました。

この音声記録を既存の音声認識エンジンを活用してテキスト化(※現時点でグループ場面の書き起こし精度は70%程度)し、音声、映像とリンクさせ、発話データをキーワード検索したり、発話データをインデックスにして特定の場面の音声・映像を見直したりすることができるCoREFによる独自開発のシステム(「学瞰システム」)を活用することで、生徒の対話を可視化し、見る人が重要だと思う場面を中心に見返すことができるようになります。今回のようにグループ活動の後、全体で発表してもらったとき、あるいは個人で最後にまとめてもらったとき、先生から見て「どうしてこういう答え、考えになった?」という状態になることはしばしばあります。その原因をグループ活動での生徒の思考や対話から手軽に探しにいけるのがこのシステムの強みです。

3.授業者の声

気になる対話の場面を繰り返し再生して、新たな気付きを得る

(川口市立高校附属中学校 堀公彦先生より)

川口市立高校附属中学校 堀公彦先生

授業を作る際は、子どもたちが課題をしっかりと受け取ってくれるか、資料をねらい通りに理解し活用してくれるか、期待する解答の要素を満たした答えをつくってくれるかなど、子どもたちの活動や思考を想定しながら作っています。しかし、実際の授業では、全体的な雰囲気を感じたり、班活動の一部の様子を観察したりすることはできても、子どもたち一人ひとりをじっくりと観察しながら、想定通りか・想定外かを観察することは難しいです。「知識構成型ジグソー法」の授業の場合、授業前後で課題の答えを記述させていますが、記述だけでは授業中の思考を想像することが難しい場合もあります。

「学瞰システム」は、グループ活動の記録を取ることが容易にでき、一人ひとりの発言から、子どもたちがどのような対話をしながら資料を読み取ったのか、どれくらい理解したのかをある程度正確に判断することができます。また、生徒がどの知識を活用したのか(しなかったのか)、答えをつくるための思考はどのように行われたのかを知る手掛かりを得ることができます。そのため、授業作成時に想定した子どもの思考や様子と比較して、自分の想定していた学習を見直し、課題の見直しや資料を修正することができます。

独自開発のシステム「学瞰システム」の画面

今回の授業では、ジグソー活動で雨粒が重力で加速する→空気抵抗が大きくなる→減速する→空気抵抗が小さくなる→加速するという運動を繰り返すと考えていた子どもたちが、ひとりの「つり合う瞬間はないの?」という一言から、重力と空気抵抗がつり合って、そこから等速で落ちてくるという答えを議論している場面がみられました。授業研究において学瞰システムを活用して、子どもの思考を複数人で推測していると、録音した音声とともにテキストで確認できるため、気になる場面を繰り返し再生することで、授業中には気づかなかった「なるほど、そういうことか」という発見があったり、「やっぱりそうだったのか」という確認ができたりして、これからの授業づくりや授業研究に生かせる見方や考え方を得ることができます。また、子どもの思考と同じように、授業研究に参加された先生方の子どもの見とりの仕方や対話の受け取り方が違うことに驚かされることもありました。しかし、この多様性から気づかされることが多く、これまでの教材の見方やとらえ方、子どもの思考や様子の想定の仕方を見直すことができました。

後編では、参加者(他教科の教員)の感想を紹介します。

文:一般社団法人教育環境デザイン研究所 CoREFプロジェクト推進部門 主任研究員 飯窪真也

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