2023.09.04
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主体的に探究する心を育む(後編) 幅広く種をまき、見守る

主体的に学ぶ力を身につけさせる「探究コース」を2019年にスタートした大阪高等学校。前編では、大阪北部地震の震源を調べる授業をリポートした。後編では、岩本信久校長、Knowledge Managementセンター長の玉川輝久教諭、「地学基礎」授業者の谷脇鉄平教諭、彦野冬馬教諭へのインタビューをリポートする。

探究の種まき

岩本 信久 校長

―大阪高等学校の特色についてご紹介ください。

岩本校長 1927年(昭和2年)、旧制中学校(日本大学大阪中学校)からスタートしました。戦前の教育と現在の教育とはもちろん内容こそ違いますが、人間とは?教育とは?といった教育の根本的な要素を真正面から捉え、その時代に合わせて日々の教育現場に反映するという理念は変わっていません。歴史は何にも代えがたいものだと感じますね。

文理特進コース、総合進学コース、探究コースの3つのコースで編成していますが、どのコースにおいても共通するのが、生徒たちのマインドを尊重することです。これは、言い換えれば生徒に対して信頼を持っているということです。人間というのは一人で生きているわけではなく、集団の中で育つものだと私は考えていますし、コミュニティの中で磨かれていくのだと思います。

―「クラス文庫」の選定はどなたが行っているのでしょうか。村上春樹から写真集、英語で書かれたミュージシャンの伝記、フランス語検定の問題集、レシピ本まで、非常に個性豊かですね。

岩本校長 学級担任が自由に持ち寄っています。ですから、教室によって置いてある本もバラバラです。何が興味・関心のスイッチになるか分かりませんので、このような種まきを積極的に行なっています。最近はインターネットが主な情報源なので、新聞をとる家庭も減っていますが、本も大事にしてほしいと考えています。

興味を持った生徒たちは教員に質問しますし、教員は自分の好きなジャンルのことを聞かれるわけですから、何時間でも話しますよね。そこでまた新たなコミュニティが創造され、生徒たちのマインドセットにつながると考えています。

―大阪高等学校の個性ある「夏期講座」について教えてください。

岩本校長 これも、子どもたちの意欲、興味、関心のスイッチを少しでも押せたらという思いで行なっている取組のひとつです。学年もコースも関係なく90講座近く用意します。最大3日間、あらゆる内容に向き合います。内容は本当に多岐にわたり、「やる気のスイッチはどうやったら入るのか」「お伊勢参り」「ラーメン道」「恋愛小説の読み方」「哲学カフェ」など気になることであれば何でも構いません。自主的に学ぶ姿勢を育むことができる機会だと思います。

2019年にスタートした「探究コース」について

―まず、開設の経緯を教えてください。

岩本校長 京都市立堀川高等学校の2017年当時の校長の恩田徹先生の取組に感銘を受け、「うちでもやりたい」と考えたことがきっかけです。堀川高等学校と大阪高等学校の進学実績には差がありますが、共通点も多くあり、同じような課題を抱えていました。恩田先生に相談役としてご協力いただき、連携をとりながら大阪高等学校でも探究コースを立ち上げました。

※京都市立堀川高等学校……1999年に「探究科」を設立し、探究科の1期生が卒業した2002年、国公立大学への現役合格者数を前年の6人から106人に増やし「堀川の奇跡」として注目された。2002年にスーパーサイエンスハイスクールに指定され、2004年以降、京都大学にほぼ毎年30人以上の現役合格者を出すなど、その後も優秀な進学実績を上げ続けている。

―立ち上げ時、他の先生方の反応はいかがでしたか。

岩本校長  当たり前のことなのですが、今までにないことをやろうとしましたので生徒が集まるのか、という不安の声もありました。大阪府教育庁にカリキュラムを持っていったときに「本気でやるのですね」と言われたことが後押しになりました。中学校側も入って3年後どうなるかの見通しがない中では生徒を送り込みにくい状況だったと思いますが、オープンスクールなどを積極的に行なって試行錯誤を繰り返し、今年度受験生が倍増しました。同時に他校からの見学者が増加するなど嬉しい限りです。

玉川 輝久 教諭

―他のコースとのカリキュラムの違いは何ですか。

玉川教諭 教科書通りではないという点が挙げられます。課題設定、深みのある授業、パフォーマンス課題、こういった点を実現するには何よりも教員の創意工夫が求められます。

―他のコースの生徒さんと違いはありますか。

玉川教諭 「探究コース」の卒業生が、自分が卒業した中学校で講演をしたことがあるのですが、中学生の時の内向的な彼を知る先生方はあまりの変貌に「一体何をしたのですか?」と驚いたそうです。

在学中にはゼミ活動などを通じて深い学びを体得する生徒が多く、卒業時には即戦力となるための準備期間を経た状態になり、進学先、就職先での親和性が高くなっています。

―独自科目「探究基礎」「探究ゼミ」の内容を教えてください。

玉川教諭 1年次に「探究基礎」の時間があります。ここでは探究的な活動を行うために必要な3つのキーワード:メタ認知、クリティカルシンキング、心の理論(他者の心を類推し、理解する能力)を学びます。また「探究活動のプロセス」を学ぶことにより、自律学習に役立てることができます。2年次、3年次には「探究ゼミ」を通して、「論文を読む力」「根拠をもって伝える力」「知りえた疑問に対しての一つの解決法と、新しい疑問を生む力」等々…、様々な力を身につけながら、より深い探究活動を実践していきます。

―課題や、構想中の新しい取組などがあれば、教えてください。

玉川教諭 まずは、知ってもらうことですね。「探究」は裾野は広がり「名前」は知られはじめていますが、実際の「本質(中身)」はまだよく知られていないので、ゆっくりでもいいので大阪高等学校の取組を知ってほしいと思っています。そして、探究コース以外を選択した生徒たちにも探究する力を広げる活動をしていきたいですね。

地学と探究

谷脇 鉄平 教諭

―地学の授業が開設されていない高校も多いので、「地学基礎」が必修になっているのは貴重なのではないでしょうか。「地学基礎」によって、どのような力を育成していますか。

谷脇教諭 自然災害が多い日本において、地学基礎を通じてさまざまなことを学んでほしいと思っています。地学は生物、物理、化学といったジャンルを越えるだけではなく、被災地への対応はどうあるべきか、建物の構造はどうあるべきか、といった社会的な問題も擁しています。どの生徒がどのポイントで興味・関心を持つか分かりませんので、教科書の内容だけではなく、幅広く話を展開するように心がけています。

彦野教諭 地学の面白さは、非常に幅が広いことにあると思います。例えば、地球の成り立ち、地震が起こるメカニズム、地震が起こったあとの対応、被害を最小限に抑えるためにとれる手段などさまざまな要素が絡み合って成り立っている学問なので、生徒にも当然考える幅を求められます。どのポイントで生徒が興味を持つかも含めて教える側にとっては興味深い面もあります。

谷脇教諭 探究コースができた翌年頃に私の中で「学力」という言葉を使うことに抵抗を感じるようになりました。これは、対外的に話をする際には避けられないのですが、「学力」という言葉を別の言葉に言い換えられないかと考えた結果、たどり着いたのが「学びの定着力」でした。略せば学力になりますよね。

自転車の乗り方を一度覚えたら忘れないように、暗記して覚えたその場限りの知識ではなく、生活の中で活用できる「学びの定着力」になるまで鍛えるのが「探究コース」の授業だと思っています。学びの実体験から、実生活に役立つ知識を得てほしいです。

―新学習指導要領が始まって、変えたことはありますか?

谷脇教諭 座学で終わらせないことをさらに意識して、実習活動を増やしました。今年では、6月までに4回の実習を行っています。例えば、入学して間もなくグラウンドを往復して、地球の1周はどれぐらいか調べるという実習を行いました。

実験を定期テストにすることもあります。初見のテーマで、必要な道具を選択して実験し、結果を考察できるかを採点しています。

―探究コースの2クラスを合同授業として、2名の教員でTT型授業を行なっているとのことですが、どのような効果がありますか?

谷脇教諭 2名の教員がチームを組んで、教員同士で教え合うということは貴重な体験だと思います。対話調で授業を進めることもあります。また、実験中などは見守る視点が増えるのは良いポイントだと思います。あと、興味深い点として、テストの平均点が0.5点しか違わなかったこと、授業進度がほぼ揃えられるという点なども挙げられます。

彦野 冬馬 教諭

彦野教諭 先輩後輩であっても遠慮なく意見を戦わせることもあるし、生徒を巻き込んでディスカッションすることもあります。生徒にとって、チームプレーを学ぶ機会にもなっていると思います。

―探究ゼミで生徒が設定するテーマは、地学分野ではどのようなものがありますか。

彦野教諭 こちらからはテーマの提案をしないので、3年目の今の段階ではまだないですが、これから地学をテーマに探究していく生徒が増えていけばいいですね。

―高校卒業後も地学分野を学びたい生徒には、どのようなアドバイスをしていますか。

谷脇教諭 島根大学の地球科学科の実験・実習を重視したカリキュラムや、京都大学にも地球惑星科学専攻があることなどについて雑談、対話レベルで伝えてヒントを与えています。押し付けになってはいけないので、あくまでも興味があるなら自分ごととして調べる姿勢を生徒たちには持ってほしいと考えています。

大学との共同研究

―谷脇先生が顧問を務められている科学探究部は、日本水産学会や環境DNA学会で発表し、高校生による研究発表最優秀賞も受賞しています。高大連携活動についてもご紹介いただけますか。

谷脇教諭 2015年に、教科書に載っているような実験、身の回りにある簡単な実験をやってみたいという生徒たちが集まって、科学同好会ができ、顧問になりました。その後、2017年に京都産業大学の先生から、環境DNA※を調べてみませんか、という提案をいただきました。環境DNAを調査することは僕自身生物を専門としないので不安はありましたが、大阪府内でまだどこの学校もやっていないということだったので、やりたい!という気持ちで始めました。

軌道に乗ってきた翌年、生徒が環境DNA学会が設立されたという情報を見つけてきました。「先生、これ…僕たち出られないですか?」と聞かれたので、問い合わせも生徒自身の声でするように促しました。結果、私も学会のご担当者と話をさせていただき、正式な招待状をいただきました。

この話には続きがありまして、生徒たちの発表の様子を写真に収めていたところを富山大学の先生にお声がけいただき、2020年から共同研究をすることになり、その後、この研究に携わった生徒は富山大学に進学することになりました。生徒にとっては学びの場がつながった瞬間でしたね。

※環境DNA……海・川・湖沼等の水、土壌、大気といった環境の中に存在する生物の糞や体表粘液等に由来するDNA断片。これを解析することで、生物を捕獲せずに特定の生物種の生息数を推定できる。

記者の目

「探究」は「探求」ではない、と大阪高等学校のパンフレットには明記されている。主体的に学びたいことへの知識を深めていくことは、社会に出てから必ず役に立つシーンがやってくるだろう。グローバル化が進む世の中で、世界で活躍する人材の育成は教育現場において急務で、特に対話力は非常に重要だと記者は考える。どの国の人が相手でも、堂々と意見を述べ合い、渡り合える芯の強さはいわゆる受験勉強では培われない分野の、生きる力そのものだ。大阪高等学校での探究コースではその生きる力を豊かにし、学びの定着力を身につける土壌がある、と授業の見学と校長をはじめ、教育現場に関わる教員の皆さんへのインタビューを通じて感じた。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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