2022.08.08
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これからの日本の教育と、授業研究による教育の質向上を考える 理科カリキュラムを考える会 夏季シンポジウムリポート

カリキュラムづくりを通して日本の科学教育への貢献を目指す、理科カリキュラムを考える会。今回は、同会主催の2022年夏季シンポジウム「未来を見据えた理科教育の創造-教育の質の向上と授業研究-」の模様をお届けする。教育を取り巻く社会状況が変化する中、教員が教育の質を向上させていくための環境づくりについて考える。

「未来を見据えた理科教育の創造-教育の質の向上と授業研究-」
提案「新しい授業研究への取り組みを」滝川洋二氏(理科カリキュラムを考える会理事長)
講演「日本の教育のゆくえと教育改革のあり方」鈴木大裕氏(教育研究者・土佐町議会議員)
講演「Lesson Studyと授業研究」土佐幸子氏(新潟大学教育学部教授)
授業研究のワークショップ(ブレイクアウトルーム使用)
報告「授業研究・教材研究のススメ」高橋和光氏(理科カリキュラムを考える会理事)
意見交換

司会:小川慎二郎氏(理科カリキュラムを考える会理事・早稲田大学高等学院教諭)

提案

ICT時代の授業研究

滝川洋二氏(理科カリキュラムを考える会理事長)

「学校教育でのICT活用は急速に広がっています。しかし、子どもが自分で学びたくなる動機付け、深く考えるための種まき、集団で考え切磋琢磨を促すことなど、対面で子どもに向き合って指導する先生の役割がICTにとって代わられることはありません」

冒頭、理科カリキュラムを考える会の理事長を務める滝川洋二氏はこう述べ、改めて教員という存在の大きさを強調した。

とはいえ、手っ取り早い教材ですませざるをえないほど、今の教員は多忙だ。若い世代には、これまで日本の教育が積み上げてきた優れた授業があることを知らない教員も少なくない。一方、ベテラン教員の多くは、学びの幅を広げるツールとしてICTをうまく使いこなせないでいる。滝川氏はこうした課題を指摘し、リモートで会議をしたり、情報をリアルタイムに共有したりできる今の時代だからこそ、「ベテランと若手が協力し、ICTも活用した新しい指導案をつくっていくこと」の必要性を訴えた。

講演①

教員の地位向上が真の教育改革

鈴木大裕氏(教育研究者・土佐町議会議員)

最初に講演を行ったのは、土佐町議会議員で教育研究者の鈴木大裕氏。アメリカで学び、日本の中学校で教壇に立ったのち、現職に至った鈴木氏は、著書『崩壊するアメリカの公教育~日本への警告』(2016年発行・岩波書店)の中で、在住時に見たアメリカの教育の実態をレポートしている。当時のアメリカでは、新自由主義的な教育政策による市場原理の導入で公教育がビジネス化し、様々な問題が表出していた。そして今、アメリカを後追いする形で新自由主義教育改革を進めてきた日本でも、同じような問題が起こりつつあると鈴木氏は警鐘を鳴らす。

例えば、教職の単純労働化がそれだ。マルクスのいうように、資本主義下では本来1人の職人が担っていた労働過程が「構想」と「実行」に分離され、創造的な「構想」の部分はマネジメント層が独占し、職人は細分化され単純労働と化した「実行」のみを担うという事態が生じているが、これは教育現場にも置き換えられる。

「GIGAスクール構想により、学校では操作さえ覚えれば勝手に教えてくれる『便利』な教育コンテンツの導入が加速しています。ICTの普及は児童生徒の理解に長けた先生からICTを自在に使いこなせる先生へと『よい先生像』を変え、それに失望したベテラン教員の離職も起きていると聞きます。教育イノベーションは先生を多忙から解放してくれる反面、長年積み重ねてきた職人的なスキルを奪い、教職を代替可能な単純労働へと変えていっているのではないでしょうか」

「もし学校における働き方改革が、このような新自由主義的な価値観に基づいて行われるのであれば、教員の仕事は合理化され、公教育の民営化を招く恐れがあります。学校では、教員の労働者としての権利を守るだけでなく、子どもの学ぶ権利を保障することも必要です。大事なのは働き方改革そのものの是非ではなく、それを取り巻く教育観を論じること。学校の働き方改革を本気で進めようと思うなら、『学校とはどのような場所で、教員とはどのような仕事か』という本質的な問いと向き合わざるを得ないと思います」

ところが、深刻化する教員不足の解決に向けて、国は外部人材の採用を促す動きを強めている。教育現場において「構想」と「実行」が分離されていない数少ない領域の一つである部活動でも、地域移行という名の民営化が進められている。そうではなく、国が必要な人員と予算を整備して教員の過重労働を解消すれば、部活動は学校の中で存続できるのではないか、と鈴木氏は言う。また、多様な経験をした人がセカンドキャリアとして教職を目指すのはよいこととしながらも、「2000年代から度重なる規制緩和によって作り上げられてきた教員不足を、特別免許状の乱発というさらなる規制緩和で解決しようとすることには矛盾を感じる」とし、「教員の社会的な地位の向上なしに真の教育改革はありえない」と訴える。

「日本では教員の社会的地位が低く、尊敬されない職業になってしまっています。例えば、フィンランドでは教員は大学院を修了しなければなれない狭き門ですが、給料も待遇もよく、子ども達に人気の職業です。その尊敬すべき教員から学ぶのですから、子ども達はスポンジのように多くのことを吸収します。日本も教員不足を外部人材で補うのではなく、本当に優秀な人材を集めるための対策を講じる必要があると思います」

学校を「人を育てる」場に

「個別指導」を受けるRocketship Education(公設民営学校)の子ども達

続いて、鈴木氏はコロナ禍で浮き彫りになった日本の教育の問題点を指摘した。全国で臨時休校が進む中、経済産業省は小中高等学校の児童・生徒や教員が無償で利用できる教育サービスや製品を紹介するWebサイト「学びを止めない未来の教室」を開設した。しかし、「学びを止めない」という言葉が使われたのは、学校の閉鎖によって子ども達の学びがいとも簡単に止まってしまったからにほかならない。

「教育関係者は教室や学校という狭い範囲の中で答えを探そうとしがちですが、教室や学校で起こっている問題を通して、社会のあり方を問い直す視点が必要なように思います。そこで大事になるのは、自分で議論の幅を決めること。『いかに学びを止めないか』ではなく、『なぜ子どもの学びは止まってしまったのか』を議論することが必要です」

また、鈴木氏はコロナ禍における子ども達の声ーー「給食を食べたい」「修学旅行には行けるの?」「運動会はどうなるの?」「部活動をやりたい」ーーを聴き、学校は子どもにとって大切な場所だということ、そして、授業は学校教育の一部に過ぎないということを再認識したという。

「家の外で同年代の子どもと出会い、徐々に家族より友達と過ごす時間の方が長くなっていく……そんな子どもの巣立ちのプロセスにおいて、学校はなくてはならないもの。学校から授業だけを抜き出し、オンラインで提供するだけでは十分ではないのです」

こうした中、求められているのは「学校を人を育てる場所として、教員を人を育てる仕事として再構築する」ことだと鈴木氏は言う。

「本来、教育の意義は、進学や就職など人生の次のステップの「準備」にあるのではなく、学ぶことそのものにあるはずだ。学校は子どもに学び方を教え、学ぶ喜びを分かち合う場であってほしいと思います。答えを教えるのではなく、子どもと一緒に答えのない問いに向き合うことにこそ、授業のおもしろさがあるのではないでしょうか」

講演②

Lesson Studyと授業研究

土佐幸子氏(新潟大学教育学部教授)

日本で始まった授業研究は、1990年代後半に「レッスンスタディ」の名でアメリカに紹介され、今日では多くの国で実践されている。新潟大学教育学部教授の土佐幸子氏は、アメリカで研究に従事した経験を踏まえ、まず授業研究とレッスンスタディ、それぞれの手法や有効性、課題点を比較した。

授業研究は通常、①授業者による授業案の検討→②授業実践と参観→③授業者と参観者による授業後協議会(指導者や管理職の参加も含む)という順で行われる。

一方のレッスンスタディは、①グループ(授業者、他の教員、指導者、管理職も含む)による授業案の協同立案→②授業実践と参観(子どもの学びのデータ収集)→③授業後協議会と修正案の検討となっており、多くは④授業の再実践→⑤2回目授業後協議会も加えて、1つのサイクルとして行われる。

「授業研究で参加者が関わるのは授業参観からですが、レッスンスタディでは授業案を検討するところから授業者を含めた参加者全員で行い、皆が授業案に思い入れをもった状態で子どもの学びを見取っていきます。また、協議会で授業改善の具体策を協議し、修正案を作成するところも授業研究とは大きく異なります」

両者に共通する有効性としては、「授業改善に向けて具体策の検討・検証ができる」「学習指導要領(アメリカではスタンダード)に新たに盛り込まれたポイントの具現化に役立つ」「世代を超えて教員同士の指導技術・知識の共有ができる」「指導と子どもに関する価値観や意識を共有することで同僚性が育つ」という点が挙げられる。

ベテランと若手が一緒に授業案検討

共通する課題は、 「研究授業が通常授業と切り離されて効果が波及しない」「初任者、中堅、ベテランの意思疎通が円滑にいかない」という点。このほかに、授業研究では「強制的な参加になりやすい」「指導者や管理職の助言が一方的で問題解決につながらない」、レッスンスタディでは「子どもの学力が向上しない」「的確な助言を行える指導者が少なく根本的な問題解決につながらない」という課題が指摘されている。

これらを踏まえ、土佐氏はレッスンスタディの手法から「授業案検討をグループで行う」「子どもの学びをデータとして収集する」「研究者がすべての段階に参加して助言する」「授業後協議会にプロトコル(特定の参加者に偏ることなく全員が発言できるように協議の手順を示したもの)を利用する」の4点を取り入れた新たな授業研究を提案した。

※このスライドの内容を利用する際には出典「S. Tosa & A. M. Farrell, Impact of the Use of Discussion Protocols on Teacher Discourse in Lesson Study, World Association of Lesson Studies, International Conference 2011, Tokyo, Japan (2011)」を必ず明記してください。

「ベテランと若手が一緒に取り組み、学び合うことで相乗効果が高まります。教員の科学概念や実験方法の学習の機会、子どもの深い学びを実現するための手立てとして有効なのはもちろん、新しいICT機器や手法を試す機会にもできます。学校や学年、教科を限らず、仲間を集めてぜひ実践してみてください」

授業研究のワークショップ

講演の後は、土佐氏の司会進行により授業研究のワークショップが行われた。

  • 小学校6年「てこのしくみとはたらき」の単元全9時間のうち5時間目の授業について、サンプル指導案を基にグループに分かれて話し合い、それぞれ修正案を提案する。
  • 本時のねらい:実験用てこでおもりの重さやつるす位置を変える実験を通して、てこが水平につりあうときは(おもりの重さ)×(支点からの距離)が左右のうでで等しくなることを理解する。

上記を念頭に各グループで活発な議論が繰り広げられ、以下のような意見が出された。

  • まず、てこがつりあうときのきまりを子ども達がどこまで把握できているかの確認をしたい。先生が実験用てこでやって見せるのではなく、子ども達に確認させる時間が必要ではないか。
  • 実験では、てこの左のうでの支点からの距離とおもりの重さを固定し、右のうでだけ距離や重さを変えている。法則を理解するためには、それだけでは不十分ではないか。
  • 左のうでを固定すると法則がみつかる、というところから子どもに考えさせたい。自らそれに気づける子ばかりではないので、子どもの気づきを促す問いかけも必要だろう。
  • てこのうでにどのような棒を使用するか、実験器具として条件を統一することが必要。

「子どもが自然事象の規則性に気づくことは、大人が考えるほど簡単ではありません。いろいろな授業の作り方を試し、協議して、最も効果的な授業案を考えてみてください」

報告

他校の教員と教科書の比較検討

高橋和光氏(理科カリキュラムを考える会理事)

最後に、理科カリキュラムを考える会理事の高橋和光氏から、同氏が主宰するArk11(新しい理科教育を考える研究会)の活動報告が行われた。Ark11は2012年度の中学校教科書の全面改訂を機に、理科教員が中心となって2011年9月に発足。以来、月1回ペースで活動を続けている。現在は、主な教科書会社が発行している中学校理科の新しい検定教科書の比較検討に取り組んでおり、今後は複数の教員による指導案作成を予定している。

教科書の検討は改訂部分を中心に、コンピテンシー・ベースへの転換や探究的な取り組み、STEAM教育、主体的な学びなどの旬のトピックも取り上げながら、新しく加わる実験や文言について話し合ったり、実際に実験を試したりしている。

例えば圧力がテーマであれば、言葉の定義や太文字の重要語句など、各社の表現を表にまとめて比較しながら、どのように教えていくべきかを考えていく。「1気圧という言葉の定義ひとつとっても各社で表現に違いがあり、そこから改めて定義を調べていくことで、理解が深まるきっかけになります」と高橋氏は語る。また、新学習指導要領ではこれまで3年生で学習していた放射線の単元を2年生と3年生に分けて学習することになっているが、教科書の検討によって、こうした変更点を改めて確認することにもつながるという。

「中学校の教員は、自分の専門分野以外の教材研究や授業研究は浅くなりがちなので、立場の異なる参加者が集まって理解を深めることはとても有意義です。また、複数の教科書を調べることで観察や実験についての視野が広がり、『こうでなくては』という思い込みから解放されるという利点もあります」

学校が小規模化する中、都市部では理科教員が1人しかいない学校も出てきている。忙しさから話し合う機会が減ってきているうえ、若手教員とベテラン教員とのコミュニケーションが希薄な現場も少なくない。高橋氏は、だからこそ研究会を開くことには意義があるとして、現状では多くない若手の参加に期待を寄せた。

記者の目

理科が専門でない教員にとっても実りの多いシンポジウム。日米双方の教育をつぶさに見てきた鈴木氏の講演は示唆に富み、学校で起こっている問題を通して社会のあり方を問い直すことの必要性をひしひしと感じた。また、土佐氏や高橋氏の提案する授業研究や教材研究は、世代の違いのみならず、学校や学年、教科を超えて教員が学び合える環境づくりの大きなヒントになると思われた。

取材・文:学びの場.com編集部

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