ショッピングサイトのプログラミングで伝える情報社会の光と影(後編) 「ものづくりの楽しさ」を伝える技術教育をこれからも

前編では、技術の教科書・指導資料執筆者であり、長年デジタル教材の開発にも取り組んできた、元校長で岩手県一関市教育委員会ICT指導員の奥田昌夫氏が同市立萩荘中学校で行ったプログラミングの授業の様子をリポートした。
後編では、教員としての業務と精力的な教材作成をどのように両立してきたのか、そして中学校の技術・家庭科(技術分野)で教える内容の変更・拡大に対し、これまでどのように取り組んできたのかなどについて奥田昌夫氏に伺った。
実在の商品を教材化することで、生徒たちに実感を

一関市教育委員会ICT指導員 奥田昌夫氏
―今回の授業のねらいを教えてください。
奥田氏(以下、奥田) 「ショッピングモールを作ろう」では、ネットショッピング利用の注意点、データの流れを考えたプログラミングを仮想ショッピングサイトの制作を通じて学習しました。店名の決定や扱う商品選び、みんなが作ったショッピングサイトで買い物をする楽しさを体験してもらいながら、「さらに付け加えたい機能」について、生徒自身で考えさせる時間を設けています。
今の中学生は生まれた頃からスマートフォンがある「スマホネイティブ」です。あらゆるサービスを日常的に使いこなしています。ただ、普段私たちが電気を使える仕組みに無自覚なように、便利なサービスがどのような仕組みになっているかは知らないままです。授業では、便利な技術の利用だけでなく、利便性の裏側にある落とし穴も伝え、考えさせていかなければなりません。
―実在する商品を選べるせいか、生徒たちは楽しそうでしたね。
奥田 実は、最初にショッピングサイトの教材を作ったときは「ノート」、「えんぴつ」といった仮のイラストでした。ただ、生徒たちに実感が湧かなかったのか、真剣さが足りない気がしました。そこで、2022年にローソンに利用許可申請を行い公開したのが「コンビニサイトを作ろう」です。実際に販売されているコンビニスイーツ、アイス、ドリンクの商品画像と説明、価格データを使ってショッピングサイトを作るプログラムは、全国の授業で活用していただきました。でも、コンビニは毎週新商品が発表になるため入れ替わりが激しく、対応が大変でした。
そこで、2023年から「ショッピングモールを作ろう」を開発し、10社以上に申請したうちの5社に使用許諾を得て、公開しました。
1990年代から教育用アプリを開発
―「コード」を入力せずに操作できるのも印象的でした。
奥田 以前は、生徒にコードを入力させたこともあります。でも、いくらシンプルなコードでも半角と全角の違いといった入力ミスは起こるので、なかなか先に進めませんでした。大切なのは、プログラムの仕組みをできるだけ簡単な操作で理解してもらうことです。正確にコードを入力させることは、今回の本質ではありません。
―これまでの教材作りの積み重ねが活きているのですね。2023年度に定年退職されるまで校長を務められていたと聞いていますが、教員としての業務と精力的な教材作成をどのように両立されていたのですか。
奥田 教材作成は趣味からのスタートで、Windows95が出る前から作っています。2000年頃に「理科ソフト開発委員会」のWebページを作成し、プログラムを掲載していました。学校での仕事を終え、帰宅後はプログラミングに朝方まで没頭する日々でした。単身赴任時代も長く、夜にやることがなかったのもあります。教材作成はボランティアですから、仕事とのメリハリは常に意識してきました。

―中学校技術・家庭科(技術分野)で教える内容の変更・拡大に対し、どのように取り組まれてきましたか。
奥田 2003年からの「情報B」では、Word、Excel、PowerPointの活用を中心に授業を行ってきたのですが、2012年からの「プログラムによる計測・制御」では、生徒に身近なゲーム機を取り入れた教材づくりにも取り組みました。
岩手県立総合教育センターでの勤務時には、インターネットの普及や変化に伴う情報モラルの研究・教育にも取り組み、作ってきた教材として、携帯電話型情報モラル指導教材「スタモバLAN」や、ゲーム会社に許可を得て本物そっくりに作った「ゲーム機です」などがあります。
―2020年度学習デジタル教材コンクールでは「ねそプロ」で文部科学大臣賞を受賞されました。
奥田 新学習指導要領に「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミング」が記載されたことは当時驚きでした。「コンピュータは不得意、プログラミングはできません」と話す技術科教員がいる中で、どのように研修を行っていくか悩みました。さらに岩手県は小規模校が多く、中学校の技術分野担当教員の30%が免許外、または臨時免許で授業を行っています。「この30%の先生方でも扱うことができる教材」を目指して、できるだけ簡単に利用できるようにしたのが「ねそプロ」(ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツによるプログラミング)です。
深刻な技術科教員不足
―技術科の正規免許を持つ教員は全国的にも不足しています。
奥田 不足している要因はいくつかあります。1つ目は、他の教科に比べての授業時間数の少なさです。中学校における技術の授業時間は、1・2年生が70時間、3年生が35時間なので、1・2年生は週に1回、3年生は2週間に1回となります。これでは、小中規模校で免許所有教員を置くことが困難です。
2つ目は、「技術」という教科が中学校のみであることです。家庭科は、小学校と高等学校にもあり、免許取得のとき、中高の免許を取得する人も多いですよね。他の教科も同様に中高の免許を取得できます。しかし、「技術」は中学校のみしか取得できません。免許を取得する大学生からは「コスパが悪い」と思われるのでしょう。大学によっては、実技教科の免許を取得する学生に複数免許を取得させるようになりました。このような取組が広がり、採用時にも複数免許を所持する学生を優遇してほしいと思っています。私も、理科と技術の免許を所有しており、どちらの授業も行ってきました。生徒を別な面で見ることができ、とてもよかったと思います。
3つ目として、そもそも「技術の免許」を取得できる大学が少ないことです。隣の秋田県には技術の免許が取得できる大学はなく、岩手県内でも最近、取得できなくなりました。
―地方ではより深刻な状況なのですね。
奥田 全ての教科で急速にデジタル化が進んでいます。本来であれば、各校でデジタル化の核となる人材が必要で、それこそ技術の教員が担うべきです。しかし、地方では人材不足だけでなく設備の不十分な小規模校も多く、時代の変化に追いつけていません。課題はなお山積していますが、情報技術を学び、身につけることは、都市部に比べて産業の乏しい地方の子どもたちにとって、より大きなチャンスです。地元を離れなくても活躍できるチャンスがあることを多くの生徒に知ってもらうためにも、ITの面白さを伝える教材をこれからも作っていきたいと考えています。
「ものづくりの楽しさ」を伝える

―これからの抱負をお願いします。
奥田 これからも「ものづくりの楽しさ」を伝えられる教育に取り組んでいきたいです。2025(令和7)年度から教科書の内容も大きく変わり、AIの活用など、最新技術との付き合い方や主体的な問題解決の手法についても教えていく必要があります。AIを活用した教材も作りたいですね。
ただ、時代によって技術の形は変わっても、「ものづくりの楽しさ」を伝え、生徒と共有するという教育の本質は変わらないはずです。まずは楽しさを知ってもらうことを通じて仕組みを理解させ、「もっとやってみたい」を後押しするという方向性が望ましいのではないでしょうか。今後も全国の教員の皆さんからフィードバックを受けながら、より面白く学べる教材を作っていきます。一緒に技術の学びを盛り上げていきましょう!
記者の目
スマホネイティブである今の中学生は、高度な情報技術の恩恵を「当たり前」のように享受している。だが、身近すぎる分、仕組みやリスクを十分理解して利用しているかは疑わしい。奥田氏は、SNSなどで高時給を謳って犯罪に加担させる「闇バイト」問題とも結びつく、と指摘する。
技術を学ぶことは、現代の「当たり前」である情報社会の仕組みを作り手の視点から見つめ、「光と影」を理解することである。奥田氏が授業に込めたメッセージが社会に浸透し、技術教育の地位向上と発展を願うばかりだ。
取材・文・写真:学びの場.com編集部
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