2025.01.13
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千葉県市原市GIGAスクール「IChiHaRaスタイル」(後編) 環境を整え、いい実践例を見せる

GIGAスクール構想の実現に向けて、市独自の段階的な目標「IChiHaRaスタイル」を策定し、2020年11月に県内でいち早く、市内62校の全普通教室にPC一体型の65インチの電子黒板を設置し、2021年1月からキーボードを分離できる2in1型のWindows10の1人1台タブレット端末の使用を開始するなど、教育の情報化を牽引してきた千葉県市原市。
後編では、菊池龍太朗教諭、菅野裕太教諭による授業の振り返りと、長年、市原市の教育情報化を推進してきたMicrosoft Innovative Educator Expertの生田勲校長へのインタビューをお届けする。

授業の振り返り

具体物で学習意欲を高める

菊池 龍太朗 教諭

―授業のねらいと工夫についてお聞かせください。

菊池教諭(以下、菊池) 今回の3年生の授業では、同じ分母の分数の計算を取り上げました。1Lマスの現物を見せ、また、そのイラストを電子黒板に表示することで、視覚的に捉えやすくし、児童の学習意欲を高めました。

また、児童の考えが書かれたノートをタブレット端末で撮影し、電子黒板に映すことで考えを共有できるようにしました。考えが浮かびにくい児童の助けにもなったと思います。

菅野 裕太 教諭

菅野教諭(以下、菅野) 私は6年生の立体模型の体積を3人グループで考えさせる授業を行いました。少人数で協力して課題解決させることで、主体的に表現する様子が見られ、普段は発言が少ない児童も発言が増えたように感じました。

また、普段から授業で使用しているPadletで他の班の友達とも考えを共有できるようにしました。

ICTで自分の考えを表現し、共有

―児童の反応、授業後に行われた協議会での評価はいかがでしたか。

菊池 実物の1Lマスを2つ用意し、一方の色水をもう一方と合わせて、計算の答えを視覚的に分かりやすく示しましたが、教室の後方に座っている児童からは、やはり見えづらかったようです。その動きをPowerPointのアニメーションで再現し、電子黒板に表示したところ、児童全体の表情から理解した様子が伝わってきました。このことは、協議会でも評価されました。

菅野 協議会では、「Padletでの共有の有効性を感じた」というお声をいただきました。また、「立体模型の実物があり、それに触りながら考えることで学習への意欲につながった」という意見もありました。

―ICT活用の課題、今後やってみたいことなどを教えてください。

菅野 ICT活用については、今日は課題とまとめだけを黒板に板書し、その他は電子黒板にPadletを映して授業を進めましたが、どう共存するか悩むこともありますね。

子どもたちが簡単に立体図形を作成できるアプリがあれば、体積の学習の幅が広がるのではないかと考えています。

菊池 私は菅野先生の授業を見て、グループワークの成果をタブレット端末で共有するような使い方を別の単元で取り組みたいと思いました。

生田校長インタビュー

教育委員会と市役所が二人三脚で情報化を推進

生田 勲 校長

―生田先生の経歴についてお聞かせください。

生田校長(以下、生田) 私は市原市の教育情報化とともに教職員人生を歩んできました。大学の教育学部では理科専攻でしたが、CAI(Computer Assisted Instruction、コンピューターを活用した教育)を卒業研究のテーマとして選択し、教材をレコメンドするアプリを開発しました。

大学を卒業した1991年、市原市の小学校に1校だけコンピューター教室が初めて設けられ、そこに教諭として着任。PCを自作し、普通教室にも設置しました。2校目では、研究助成を受け、全普通教室にPCを設置し、公開研究会も行いました。フロッピーディスクカメラ「デジタルマビカ」を使用し、1人1人異なるデジタル卒業アルバム動画を作成する授業など、ICTを教育に取り込んできました。

そして、2014年から2017年まで、また2020年から2022年まで市原市の教育委員会で、教育の情報化を推進。そして、2023年に市原市立国分寺台西小学校に校長として着任しました。

―2014年から2017年までの主な取組と、苦労をしたことを教えてください。

生田 市原市が教育の情報化を牽引するようになった背景には、2013年より以前は市原市の小・中学校のICT整備率は千葉県の中でも最下位に近かったという事情があります。2013年に市長の呼びかけで、教育委員会と市役所の情報担当者が二人三脚で情報化を進めることになりました。まずは、全教職員に1人1台の校務用パソコンを整備。さらには、今後の展開の足掛かりとして、小規模学級特認校である国府小学校に、1人1台タブレット端末を整備しました。

私は2014年に指導主事として教育委員会に入り、まずは導入したばかりの校務支援システムに関する問い合わせ対応などを担当しました。校務を効率化し、教職員が児童生徒と向き合う時間を増やすというねらいがありましたが、慣れるまでは大変でした。校務支援システムの開発元のヘルプデスクにも1年間で1500件ほど問合せがあったと聞いていますが、そこで解決できなかったものなどが1100件ほど私のところに来ました。マニュアル通りではなく、1人1人の教職員の力量や感覚に沿った回答の仕方が必要だと実感しました。導入から1年は、その対処に苦労しましたね。

以降、私が一度教育委員会を離れる2017年までに、各校2、3台の研究研修用タブレット端末、小学校のコンピュータ教室にタブレット端末、中学校に授業用タブレット端末と大型テレビ、小・中学校共通で指導者用電子教科書を整備し、情報化先進自治体になりました。

市内全校に同じ環境を整備し、教員がまず慣れる

―2020年度から始動した市原市GIGAスクールの概要ついてお聞かせください。

生田 市原市ではGIGAスクールを「これまでの教育実践にICTを掛け合わせ、ICT活用の日常化と、主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善につなげる新たな学習と授業スタイルの構築」と定義しています。これを達成するために、2022年に段階的な目標「IChiHaRaスタイル」を策定しました。これは、

  • 「Innovative、Introduction」(導入)
  • 「Class-Use」(授業での活用)
  • 「Home-Use」(自宅での活用)
  • 「Re-Innovation」(新たな教育)
    の略で、シームレスな教育の情報化の工程を示しています。

    県内では最も早く、2020年12月に1人1台のタブレット端末を整備しました。スピーディーな導入の背景には、市役所サイドとの連携があります。教育委員会が単独で指針の策定を行い、電子機器等の導入を決断し、市議会に予算を申請する場合に比べて、市職員が必要性を予め認識してくれているので、スムーズに進みました。

    市原市では児童生徒用のタブレット端末導入に1か月程度先行して、市内全普通教室にPC一体型の電子黒板を、小学校1年生から3年生までの全普通教室には書画カメラも整備しました。教員に先に慣れてもらうためです。児童生徒へタブレット端末を配布しても、教員が慣れていないと使わせないでしょう。また、市内全ての教室に同じ機種の電子黒板を設置することで、教職員が異動先の学校でも操作に迷うことなく使えるようにしました。

  • オフラインでも家庭学習できるAI型ドリル

    ―現在は「IChiHaRaスタイル」のどの段階にありますか。

    生田 現在は「Home-Use」の段階です。実は、緊急事態宣言が発令された2020年5月には、すでにこの段階にありました。まだ、全児童生徒にタブレット端末を配布する前のことです。家に端末やインターネット環境がない児童生徒には、コンピュータ教室に整備したタブレット端末と、校外学習用に整備していたモバイルルーターの貸し出しを行いました。

    現在も、家庭内でタブレット端末は活用されています。市原市が採用しているラインズ株式会社のAI型ドリルはオフラインでも利用できることが特徴です。学校で、児童生徒が勉強したいものを自分で選んだり、教員が宿題にしたいものを児童生徒のタブレット端末に送ったりすると、その問題がダウンロードされます。そうすると、家でインターネット環境の有無にかかわらず、学習することが可能です。登校すると、解答がアップロードされます。

    無理強いせず、いいなあと思わせる

    ―2023年に市原市立国分寺台西小学校の校長に就任して以来、どのような取組を行っていますか。

    生田 教育の情報化へのモチベーション、スキルレベルは教職員によって異なります。やり方を大きく変えると現場の混乱を招くため、2つだけ新たな取組を導入しました。1つは、毎週金曜日の朝学習の10分間に、全学年でラインズのAI型ドリルに取り組むことです。これによって操作を学ぶだけでなく、学習の習慣化を図っています。下学年の問題を復習することも可能です。もう1つが、年に1回、県、市の職員を招いて、全クラスで市原市GIGAスクール「IChiHaRaスタイル」に則った授業を行い、指導を受けることです。

    あれこれやれと指示する必要はなく、いい実践例を見せれば、自分でやるようになります。電子黒板にはzoomアプリがインストールされていて、それぞれアカウントもあるので、教室間をつないで全校集会をしたり、市の音楽発表会やリレー大会の会場の様子を生中継したりしています。

    ―先ほどの授業では、3年生では教員が、6年生では児童がICTを活用していましたね。

    生田 3年生までは教員が主に使う形で構わないと考えています。高学年では、主体的に表現・発表するツールとして活用できるようにと考えています。

    教育DX・校務DXの鍵となる共助

    ―教育情報化に悩む学校へのアドバイスをお願いします。

    生田 いまだにどのOSを導入すべきか議論をしている自治体も多いですね。私はOSそのものよりも、誰でも使えて、どの端末からも同じようにアクセスできる環境づくりの方が大切だと思います。今は、OSを問わずにブラウザで使用できるコンテンツがたくさんありますから。熊本市教育センターが提供しているWeb教材や、オンラインふせんアプリ「ふきだしくん」などを紹介しています。

    ―今後の展開についてお聞かせください。

    生田 現在、最も負担になっている校務の1つが不明点に関してヘルプデスクなどに問い合わせをすることです。この解決には、特定の機器やツール、インターネット速度の向上といったハード面ではなく、共助という考え方が必要です。例えば市内61校の教務主任が情報共有できる掲示板を作り、そこに「年間計画」「校外学習」「卒業式」などのチャネルを作成し、解決事例を蓄積・検索できる仕組みを作りたいと考えています。

    記者の目

    校内授業研究会を取材し、教職員、児童の両方がICTの使用に慣れていることを確認できた。これは、生田校長を中心とした市原市教育委員会による効果的なICTの導入の成果だろう。そして、教育の情報化が現場の負担にならず、真に効果をもたらすためには、単に機器を導入するのではなく、それをどのように使うかが大切だということ学んだ。

    取材・文・写真:学びの場.com編集部

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