ある学級の出会い~教室における「多様性の包摂」について考える~(1)
今回から、次期学習指導要領の「論点整理」にも明記された、「多様性の包摂」というテーマを考えていきます。
ある一人の児童とクラスの変化、そして教師としての苦渋の決断の先に見えた学びについて綴らせていただきます。
埼玉県公立小学校 石井 雄大
遊びの変化が教室の人間関係を壊した日
強い愛着障害と発達障害のある子がいました。
その子は長らく、クラスや学年の人間関係の中心にいました。休み時間は決まって鬼ごっこ。彼がルールを決め、周りがそれに合わせる。そんな彼を中心とした調和が、これまでの日常でした。
しかし、12月を境に、教室の空気は変わり始めました。
きっかけは、遊びの主流がサッカーへと移り変わったことでした。
遊びが変化したことで、サッカーを習っている児童が中心になりました。
彼は、サッカーでも主役でありたいと思っていました。
「自分が中心でいたい」という想いから、わざとふざけたり、ファウルを繰り返すようになりました。かつて従順だった友人たちから「それはダメだよ」と毅然とした声が上がるようになりました。
集団が成熟するにつれ、周囲の子どもたちは「彼に合わせる」段階を卒業し、ルールや公平性を重んじるようになります。
自分が周りを動かす関係から、自分が周りに合わせなければならない関係へ。
彼にとって、教室は「自分の居場所」から「居心地の悪い、予測不能な場所」へと変貌してしまったのです。
「ノートが書けない」子どもが発するSOSのサイン
異変は学習面にも現れました。決して騒いだり、暴れたりするわけではありません。ただ、あんなにスムーズに動いていた鉛筆が止まり、白紙のノートを前に彼が固まる時間が増えていきました。
フードを深くかぶり、顔を出さないように自分を守っていました。
休み時間には、遊び相手がいなくなり、一人で寂しそうに過ごすことが増えました。
私は、なんとか彼を集団の中に留めようと、さまざまなサポートを続けました。しかし、集団の成長スピードと、彼の自己変容のスピードの解離は広がる一方です。
彼にとって、同級生たちの正論や成長そのものが、目に見えない刺激となり、教室という環境そのものが、彼のキャパシティを超えてしまったのです。
その後、私は、完全別室登校という判断を下しました。周囲の教職員と連携し、対応に当たるようにしました。
まず、環境面で刺激を減らすことを考えていきました。周囲の児童と距離を置き、人間関係のトラブルを一度起こりにくくすること、学習を別室で行い、遅れを防ぐことが狙いでした。
これまで「包摂=教室に入れること」と信じて粘ってきた私にとって、それは敗北感に近い、痛みを伴う決断でした。
「1,2学期まではうまくいっていたのに…」という悔しさでいっぱいでした。
3学期という、学級が成熟に向かう段階での、難しい決断でした。
別室登校が導いた多様性の包摂の本当の意味
彼は複数名の教員による手厚いサポートのもと、別室で学習を進めました。教師との関係性は良好なままでした。
むしろ、「自分に合っている」と別室での環境を好むようになり、心の充電ができたのです。
次第に、問題の解決に向かい始めました。
保護者が話を聞いてくれたことで、不満を持つ児童としっかりと話し合いができました。
それを機に、再び教室に戻ることができるようになりました。
また、友達との関わり方が変わり、しっかりとコミュニケーションが取れるようになりました。
この経験は、私に「多様性の包摂」の真意を突きつけました。
無理に一つの箱(教室)に押し込めることが包摂なのではありません。集団が健全に成長し、かつ個人も尊厳を保って学べる場所を確保すること。そのために、時には物理的な距離を置くことが、結果として双方のよりよい形を生むこともあるのではないか。
彼を教室から切り離したことへの悔しさは今も消えません。しかし、彼との出会いがなければ、私は集団の成熟が個にもたらす光と影に気づけなかったでしょう。
包摂とは、画一的なゴールを目指すことではなく、その子がその子らしくいられる最適解を、対話を通して更新し続けるプロセスそのものなのです。

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