2023.12.10
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

多様性について アメリカの「学校」から考える(vol.1)

「令和の日本型学校教育」で述べられている「多様性」について考える時,以前訪問したアメリカ合衆国のいくつかの学校を思い出します。
大事なのはわかるけど,実際に学校現場でどうしたらいいのか。
過去の話ですが,アメリカの様々な「学校」のカタチから,今求められている多様性の具体像を考えてみました。

鹿児島市立小山田小学校 教頭 山口 小百合

ダイバーシティ&インクルージョン

シカゴの様々な「学校」のカタチ 日本の学校のこれから

ダイバーシティとインクルージョンというワードをよく耳にします。
ダイバーシティ(diversity)は「多様性」という意味です。
異なる背景や価値観を持つ多様な人々の「個」が尊重され,それぞれを認め合って共存することを表します。
「表層的ダイバーシティ」と「深層的ダイバーシティ」の2種類があります。

表層的:年齢,性別,国籍,人種,言語,障害の有無,職業などの多様性
深層的:宗教,信条,性的指向,価値観等,内面のアイデンティティの多様性

インクルージョン(inclusion)は「包括」「包含」「包摂」と直訳されます。
多様な人々の「違いを受け入れる」ダイバーシティから発展して,誰も排除されず一体となって全員が参画し,それぞれの「違いを活かす」状態を目指します。
ダイバーシティとインクルージョンは,つながっている概念なのですね。

ノーマライゼーション(normalization)も似ています。高齢者や障害者などを特別視せず,誰もが同等に生活できる社会を目指す考え方で,それを具体化するのが,バリアフリーやユニバーサルデザインです。ノーマライゼーションは「障害者が健常者と同等に」を重視し,インクルージョンは「障害者,健常者に関わらず,あらゆる人々」です。つまり,インクルージョンはノーマライゼーションの概念を含み,より広義な人々の共存だと捉えます。

ダイバーシティとインクルージョンは,価値観の多様化やグローバル化など急激に変化する社会の中で,個人のウェルビーイングと社会のウェルビーイングを実現していく大切な考え方です。
では,学校の教育現場でどのように具現化していくのでしょうか。

シカゴの様々な「学校」のカタチ

20年以上前に文部省の教員海外派遣事業で訪れたイリノイ州のシカゴは,人口の80%以上が移民でした。多種多様な民族が一様ではなく,民族ごとに集まって住み,生活環境や習慣,言語,宗教等のそれぞれの文化を大切にして独自性を保ったまま生活していました。
同じ市内の数ブロック先でも,異国に来たように感じました。様々な言語の新聞や各民族の人形を同じ市内で買い集めることができるくらい,属性の異なる多種多様な人々の混在が日常としてありました。
私はイリノイ州の地域社会事情の異なる公立小学校をいくつか訪問して,比較しました。

A小学校では,9割がヒスパニック系の移民で英語を話せず,ほとんどが貧困層で,薬物や暴力という社会問題を身近に抱えた環境の中で生活していました。食堂で朝食が提供され,近くで銃撃事件もあるので門扉は常に施錠。親も英語を話せず,母国で十分な教育を受けないままで,学校の教育に無関心な親も多いのが課題とのことでした。
スペイン語と英語の両方を話せる教師もいて,異文化理解の授業や掲示物が印象的でした。スクールカウンセラーや図書館で授業を受け持つ教師が常駐していました。

B小学校では,ほとんどヨーロッパ系白人が通い,充実した施設・設備の中,英語のみで授業を行っていました。他にも,アフリカ系アメリカ人の多い学校もありました。

米国教育行政は連邦・州・学校区という分権的システムで,当時は国5%,州45%,学校区55%で教育費を負担していました。学校区は独自に教育への追加支出が可能で,富裕層と貧困層が住み分かれる米国では,公立でも子ども一人当たりの教育費に地域間格差が生じるという事実を目の当たりにしました。

78もの国から来た子どもたちが一緒に通う学校もありました。教室には英語話者とスペイン語話者とボランティアの複数がいて,子どもたちのサポートをしていました。

C校では,パソコンを用いた授業開発に先進的に取り組んでいました。少人数のクラスで,二人の教師のT・T(チームティーチング)でした。当時は違和感を覚えたのが,オープンスペースで,子どもたちは自由な姿勢で座ったり立ち歩いたりしていました。授業中にキャンディーを配る場面もありました。
当時の私には「学習のしつけができていない」と映りましたが,今になって理解できるのは,その子に合ったコンディションで学ぶという考えで,子ども自身が選択・自己調整できる環境だったのかもしれません。

私のホストファミリーは学校に通わず,ホームスクールでした。壁に世界地図を貼った自宅の部屋で,母親が教えていました。ネガティブなイメージではなく,その子の事情や教育目的に合わせて,ホームスクールを選択しているとのことでした。
アート・体育・音楽の授業だけ学校に行って集団で学ぶことを選ぶ家庭もありました。

アーミッシュの人々の居住地もありました。現代技術の導入を拒み,旧来の技術や文化水準で生きる宗教集団で,電気や自動車を使わず,質素な服を着て自給自足の生活をしていました。見学はできませんでしたが,コミュニティ内で教育を行うことが認められていました。

D小学校では,幼児クラスの体育の授業で,今でも忘れられない光景を目にしました。
耳の聞こえない子が,椅子に座ってぽつんと一人で見学していた所にある子がかけ寄って,手話で話しかけました。二人は楽しそうに手話でやりとりをしました。その自然なコミュニケーションに,耳が聞こえないことは二人にとって問題ではないのだと教えられました。
この学校にはdeafの子とbilingualの子とgeneralの子が通っていました。
deafの子だけの授業とbilingualの子だけの授業の時以外は,「一緒に学ぶ」というのが基本方針。この「Inclusion」は当時の新しい取組として米国で話題になり,ヒラリー大統領夫人も訪れていました。
校長の話では「米国には養護学校はなく,障害をもつ子は家庭内保育か,同じ敷地内で他の子と分かれて学習するか,私立学校か,教会かの選択肢しかなかった。Inclusionはどんな障害をもつ子もみんな,できる限り一緒に学べるようにする」とのことでした。
この取組のために,子どものニーズに合わせて学習を補助する各種のアシスタント教員が配置され,必要な用具や設備等も設置されていました。
例えば,一つの教室の中に,必ずマイクを付けた英語を話す教師と,スペイン語を話す教師,手話で伝える教師が配置されていました。どの子も同じように教育の機会を得られるように努力・工夫するの実践に,「平等」の精神を感じました。
人種の違う子も,話す言葉の違う子も,障害を持つ子も,みんな同じなのだという考えが,子どもたちの内面にも根付いており,誰もが明るく自然に接していました。互いにわかり合える喜びや,助け合う思いやりの心を感じました。

日本の学校のこれから

アメリカと日本は文脈や背景が違うという声が聞こえてきそうですが,そうも言っていられない世の中になりました。

「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~」(中央教育審議会答申 令和3年1月 26 日)では,「子どもたちの多様化」への対応と,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し,多様な人々と協働する「子どもたち自身が身に付ける資質・能力」の育成が求められています。

アメリカで見聞きした様々な「学校」のカタチは,今後の日本の学校教育現場で「多様性」を受け入れていく上での示唆を与えてくれるように思います。

山口 小百合(やまぐち さゆり)

鹿児島市立小山田小学校 教頭


鹿児島県内公立小学校で、地域素材・人材を活かした体験的な授業づくりや複式学習、遠隔授業の実践を積んできました。 
鹿児島大学教育学部附属小学校では、家庭科を中心に全教科における思考方法・技能の育成をテーマに研究に取り組み、現在も続いています。
教職大学院では、学校運営や学級経営、教員研修、授業分析、ICT活用などについて学び、小規模校の教育の質の維持向上を考えています。
教頭になり、アメリカのバーチャル学校のリモート授業や地域と連携した特色ある教育活動を楽しみながら、情報化推進などで奮闘しています。
女性のからだのこと、子育てしながらの悩みなど、失敗談も含めて飾らずにつれづれを語っていけたらと思います。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop